第四話 お母さんごめん。僕人を殺したかもしれません。
「はぁ? どこ行った?」
どこを探しても少女はいない。少女がいた場所にはアイテムが散っている。ポカスと思しき胴色の硬貨が五枚ほど。あと、空瓶と飴色のビードロや碧い玉。
なんでこんな所にばらまいているのだろうか? だらしなさすぎだろ? 一応回収しておくことにした。
「あのー? ゴブリン倒しましたけどー」
やはり応答がない。これは…… いよいよ尻尾出しやがった。
つまりこうだ。彼女はすたこらさと一目散に退散したのだ。理由はそうだな。体験型VRアトラクションによる最大の演出、上杉学園工学部、科学部の技術総結集人工知能ロボット『ゴブリン君』との戦闘。しかし、途中プログラムが暴走してしまうという異常事態が発生、アトラクションの参加者に流血させてしまうという事故を起こしてしまう。企画者であり、エキストラの一員でもあった少女は怖くなり、逃走。
そう予想するのだが、おかしい点がひとつ。 ――立ち去る足跡がないということ。
ここは地面が湿っているから足跡がくっきりとつく。ゴブリンの足跡は小さいから人間のそれとは違うのは明らか。この場所に向かう足跡はあっても、ここから立ち去る足跡がないのだ。
ポケットからスマホを取り出す。あの少女に電話 ……とも考えたがそういえば連絡先を交換していなかった。もとより女の子の連絡先を聞くという高等スキルを持ち合わせていない。うん。死にたい。
さあ、どうしたものか。当てもなく先ほど電源を切ったスマホを起動させる。
しかし、開いたはいいが、なにやら警告文が画面に映っている。
【『りゔあれこれ』によりテーマが変更されています】
最悪だ。ヤツの浸食を阻止した筈だったのに。
「……護れなかった」
悲痛の声が漏れた。あいつ! 闇の組織の手下か? やはりだ。変なウイルスに感染させている。 遅かったのだ。あいつは俺の生きがいを犯した。
ダメージはどれくらいだ? 復旧は可能なのか? タップして画面を進め一通りいじってみるが、今のところそれほど大きくなにかが変更されている訳ではない。普通に動くしデータの破損もない。変化点としては、最近滅多に見ることのない圏外マークが表示されており、その代わりに違うデザインの電波マークがあったこと。それと、画面上のバーにお知らせマークが出ていること、くらいだ。
そのお知らせマークを試しにフリップしてみた。
【平助さんが【りゔ】に舞い降りました】
この世界のトピックを表示させる機能だろうか? 名前が分かるってことは、先ほどのキャラデザが反映しているのか? トピックには続きがある。
【ああああさんがゴブリンの小石に葬られました】
【平助さんが ゴブリン×3 を倒しました。】
ゴブリンの小石? ってか『ああああ』って誰だよ!? これって、もしかしてさっきの少女の事じゃ?
対ゴブリン戦序盤。木陰から投擲された小石。確かに少女に命中していた。『はうーーー!』とか言ってぶっ倒れていた。
死んだ? あれで? ……いやいやいや。意味が分からない。誰が予想するあんな攻撃で人が死ぬとか。これ警察に連絡した方が。 ……いや、死んだって決定した訳ではない。 ……もう一回探すか? あぁー、もう! どうしたらいいか分からない。
少女が葬られた。と文章にはあった。しかし、そこに少女の死体はなかった。この世界での死亡。先ほどのゴブリンで実証された。そこにはヤツの装備品と所持品しか残らない。
その時、開いていたスマホに新たなお知らせがきた。タップして内容を確認してみる。
【ああああさんがコメットタウンにリスポーンしました。 残り1/2乙】
リスポーン? ゲームで倒されたり死亡したりしたキャラがある所定の位置で再スタートする ……あのリスポーンのことか?
色々と推測を巡らせながら『りゔのあれこれ』アプリを色々いじくってみる。すると、MAPなるものを発見した。しかし、そのMAPはある一部を除いて靄がかかっていて良く見えない。そのある一部はどうやら俺達が歩いてきた道と、さきほどの村を示している。
行ったことある所しかMAPに反映されないとか、やはりゲームみたいだ。
そして、MAPの中に赤いビーコンが光っている。さきほどの村の位置だ。スマホをタップすると『ああああさん』と名前が出た。ここにああああさんがリスポーンした ……と。そう考えるのが普通だ。
元々当てはないのだ。行くしかない。
その前に気になったのでゴブリンの周りをもう一度探索してみた。革で作られた小さい小汚いバック。その中には、何に使うのかよく分らない棒だとか、何かの種だとか瓶だとかごちゃごちゃしていたが、数枚の銀色の硬貨も見つけることができた。表面には百ポカスと刻印されている。ゴブリン消失跡から合計三枚の硬貨を手に入れた。
「お! なんか知らないけどポカスゲット」
先ほどの村の名前は『コメットヴィレ』というらしい。元来た道を戻るだけだったので迷うことなく辿り着くことができた。ああああさんは先ほどの宿屋にいるらしい。
「おじゃましまーす」
宿屋のドアを開けて中に入った。すると、あのゴブリンの草むらでいなくなったはずの少女がエントランスの椅子に座っている。そして、なにやら機嫌が悪そうだ。
「お、おう。生きて ……いたんですね」
ひとまず安心した。死んでなどいなかった。あー本気で心配して損した。この短いようで長い人生で『人殺したかも感』を二度も味わうとか思ってもいなかった。
『俺のスマホに何しやがったこの野郎』と『どうやってここまで移動したんだお前』は取り敢えず置いておこう。
「お金なくなったんだけど。 ……最悪」
明らかにムスッとした顔でボソッとつぶやく少女。
「それはあなたがあんな所に置いてどっか行くから悪いんですよ? ちょっと心配して損しましたよ。ってか、ほら。拾っときましたよポカスとアイテム。あとゴブリンからもポカス失敬して色付けときましたから。百万には程遠いですけどこれ足しにしてください」
ポケットからポカスとアイテムを取り出すと少女に差し出した。お金を欲しがっていたし、少しは機嫌が良くなるかもしれない。
「お、おおおおおう! おおおおおうポカス~~~!! ゴブリン倒したんかお前?」
少女はポカスを受け取ると、水分が枯渇した砂漠地帯に数か月ぶりの雨が降ったみたいに空中に硬貨を掲げポカスを崇めた。予想以上のお金への執着心だ。
「そ、そんなに喜んでもらえるとか。いや~大変でしたよ? 噛まれて血出るし。これなんかの出し物だったら訴訟ものですからね」
首と足首の傷跡を見せようと思ったが、少女は聞いているのかいないのか、ポカスをじっと見つめながら目を潤々させていたので止めた。
(どんだけ金に飢えてんだよ!?)
つっこみたかったが、今までにない少女の反応に躊躇してしまった。
「――さて、もういいですよね。いい加減この世界のこと、説明してもらいましょうか?」
ゴブリンを倒した。ポカスも獲得した。恩も売った。やることはやった。これはもう聞く権利がある。
「……しょうがないなぁ――」
どかっ。
ようやく重い口を開けて少女が何か言おうとした瞬間。少女の右半身が大きく跳ね上がり、体勢が崩れる。
不運にも少女は宿屋にやってきた客とぶつかってしまったようだった。
「はうーーーーー!」
俺は突然のことに手を差し伸べることも抱きかかえることもできず、事の成行を黙って見るしかできなかった。
結果、そのままま踏ん張りきることができず、少女は盛大に床にずっこけた。
「HPがぁああ、HPがぁああああ‼」
コイツはいちいちおおげさだ。ただ転んだだけだ。見たところ怪我もなさそうだし。今時、園児かよこいつは?
「まったく。大丈夫ですかー? どんだけフィジカル弱いんですかー? セリエA行ったら四肢もげてるところですよー」
「……足力入んない」
「はぁ~??」
少女は床から動かなくなってしまった。立とうとしてもへなへなと腰から崩れ落ちてしまう。引っ張っても、何しても床から動けない。 ……そう、あの時のように。
嘘だろ!? 悪夢すぎる。
「あの? 説明したくなくてわざとやってます?」
「んな訳あるか!」
コイツはかまってちゃんなのか? ロックンロールが鳴りやまない系のヤツなのか? それともまた歩きたくないからとか? まあ女の子おんぶするのも悪くな―― いかん、いかん。何でこんなヤツに……。
「まぁ確かに説明も歩くのも面倒いけど」
こういうのはしつけが肝心だ。甘やかすとつけあがる。ここは俺がしっかり教えてやらなきゃいけない。社会の厳しさを。
「あほですか?」
俺は嘲笑の念を込めて頭に軽くチョップを入れた。しかし、これがいけなかった。
「――おまえ、許さん」
最後ぼそっと俺を睨みつけながらそう言い残して、少女はゆっくりと床に倒れ込む。
すると半透明のもう一人の彼女が恨めしそうな顔をしながら天に召されていった。そして実態の方も姿が少しずつ消えていく。
完全に消失した後、そこにはポカスの硬貨が散在した。先ほどのゴブリンと同じような光景。
携帯が鳴った。確認してみる。
【ああああさんが平助さんに叩き葬られました】
「俺が ……殺した?」
先ほどのゴブリンの時と同じああああさん死亡を知らせるトピック。普通あんなチョップで人が死が死ぬだろうか? それとも俺のチョップが人知を超えているのか?
思いの他早く訪れた『人殺したかも感』三回目。しかし、何か今回は胸騒ぎがしない。なんとなくだが、今回も大丈夫な気がする。少女は生きている気が――
【もう復活することができません。平助さんのしかいが闇につつまれました】
「なんだ? 今度はなにが!?」
プツん。