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第一話 見知らぬドア

これは、とある文芸部の活動記録である。

 

 上杉学園は賑やかだ。華やかな音楽が流れ、楽しげな装飾が学校を着飾っている。

「ほら一年。またボール行ったぞ。駄謝だしゃ~! ぼさっとしてんじゃねえ。ダッシュで取ってこい」

「……へーい」

 ゲームの参加者が投げたボールが少し寒い秋空に緩い放物線を描いたあと、グラウンドの上を転々と転がっていった。そのボールを俺は気だるい足取りで追いかける。

 今日は文化祭だ。校舎の方はわいわいがやがやで何やら楽しそうだ。しかし、俺ら野球部は部の出し物がある。俺はそのせいで文化祭を楽しめないでいた。

 どこの誰が考えたのか『遠投対決』なるものを行っている。ルールはこうだ。ゲームに参加したい人は参加料を払い、野球部と遠投対決をするのだ。勝ったら賞金が貰える。一応甲子園にも行ったことのある伝統ある野球部ではあるので、素人には負ける訳にはいかない。

 しかも、なにかルールは変に凝っていて野球部員毎にレートが違う。レギュラーと対決する場合は参加料五百円。賞金は三千円だ。補欠で背番号をもらっている部員の場合は参加料三百円。賞金は千円。あとの他の部員は一律参加料百円。賞金は五百円。

 なんとかこの興業を黒字にするために先輩からのプレッシャーは半端じゃない。

「はい。おめでとうございます。賞金になります」

 嫌な空気が流れる。今のはレスリング部の副部長だ。パワーに物を言わせて補欠背番号に一メートル差で勝ってしまった。

 これで三連敗。噂を聞きつけた各部活の部長や副部長、エースクラスが次々と集結してきている。上杉学園は部活が盛んでインターハイの上位入賞常連者がウジャウジャいる。身体能力は野球素人とはいえ、ずば抜けている。

 そしてこいつら、その癖小金狙いにレギュラーを狙わない。確実に勝つ方法で挑んでくるとは、さすが勝つことを義務付けられてきた男達は手段を選ばないという訳か。

平助へいすけ。次負けたらいよいよ赤字だぞ。選ばれたらどうする?」

 隣で、同じクラスの野球部一年【白倉しらくら 蒼汰そうた】が小さい声で心配そうな顔で話しかけてきた。

「たぶんこのままじゃ文化祭どころではなくなって、腹いせに俺ら一年は延々とグラウンド走らされるな」

 できるだけ目を合わせないように、こっそりと用具入れの方に身を隠す。しかし、こういう目立ったことをすると返って目に止まってしまうことに――

「駄謝平助君。指名入りました。前に出てきてください」

 今気付かされた。

 ――はい。これだよ。しかも、なんなんですかあのチート野郎は? やり投げでインターハイ出た近藤さんだろ? この分野に至っては野球部よりプロだろうが? なんでお前はレギュラーを狙わない。そんなに確実な金が欲しいのか?

 まあ一応。俺は一年ながら背番号を貰っている。俺に勝てれば近藤さんの昼飯はさぞグレードアップするだろう。部活帰りにラーメンだって食える。そう。俺達野球部の金で。

「では近藤君からお願いします」

 ホームベースからホームランフェンスまでの距離は百メートル。今日、ここを超えた奴は野球部のエース藤田先輩しかいない。しかし、近藤さんが投げたボールは悠々とそのフェンスを超え、あろうことかその向こうの校舎にまで到達させた。圧巻である。

 先輩の目線が怖い。否が応でも俺の一投に注目が集まる。

「では、駄謝君。お願いします」

 遠投対決を見守る観客たちから今日一番の歓声が上がる。どうせ俺がどれだけフルボッコにされるか楽しみにでもしているのだろう。

 その観客の中の一人と一瞬目が合った。肩までかかる秀麗な黒髪に可憐な顔立ち。赤いブレザーにニーハイを履いた女の子。その歓声の中で一人、静かにこの行く末を見守っていた。俺が見ているのに気付くと、ニコッと微笑み小首をかしげた。

か、かわいすぎんだろーーーーー!!!!


 上杉学園は全国的に見てもずば抜けて生徒数が多い。校内に二つ以上の部活があるのも不思議なことではない。それは野球部だって例外ではない。俺が所属する『上杉野球部』は普通科、体育科で構成される野球部なのだが、もうひとつ偏差値が高く、品が高い特進科の生徒で構成される『聖曄月モデストフィルズ』という野球部がある。

 その聖曄月モデストフィルズ戦の時だ。忘れもしない。最悪で最高な日だった。爽やかなイケメンばかりで、酷く苛ついたことをよく覚えている。


うわー。どうするよおい。こんなん勝てる訳ねーだろ!?

 ……なんちゃって。

 勢い良くガラスが割れる音がした。しかもかなり遠くからだ。

「勝者。駄謝平助君!」

 俺の投げたボールは近藤さんが到達させた校舎の四階窓ガラスをぶち抜いていた。正直、誰が来ても負ける気がしなかった。

俺の肩は異常なんだよ。


 あの試合の時もそうだった。Ⅱアウト一、二塁の場面。俺はライトの守備に付いていた。バッターボックスに相手高の選手が向かうのだが、それだけで黄色い歓声が割れんばかりに木霊する。イケメン軍団はファン倶楽部が存在する程の人気で、この日も三十人程の女生徒が応援に来ていた。バッターは聖曄月モデストフィルズの主将、四番。イケメン軍団の中でもとびきりのイケメンだった。

 この怪物イケメンが放った打球が俺の所に飛んできた。さらに増幅し騒がしくなるイエローチアー。

うっせぇーわ!! ぼけぇーーー!!

 俺は打球をワンバウンドで捕球すると、完全なる嫉妬心により増幅されたエネルギーを、ありったけ肩に乗せてバックホームした。ボールは、ホームを狙ったランナーがベースに到達する遥か前にキャッチャーミットに到達した。

ざまぁwww

 意気揚々とメシウマ気分でベンチに帰ってきたのだが。

「なに良いところ台無しにしてんのよ!」「底辺のくせに生意気よ!」「ゴミはゴミなりにゴミ相応な野球しろ!」

 そこに容赦ない罵声が浴びせられた。大人気芸能人の誕生祭かなんかで登場した『結婚式かよレベルのケーキ』を思いっきり爆破したようなものだ。せっかくイケメンが作った見せ場をぶち壊したのだから無理はない。

 そしてそのまま試合に勝ってしまったのだからまずかった。試合後までそのブーイングは鳴りやむことはなく、いやむしろ増幅し。その中を後にすることになったのだが、仲間は薄情で、誰一人待っていてはくれなかった。蒼汰だけは一瞬躊躇した反応をみせたが、あまりの悍ましい雰囲気の彼女達の怨念に気が触れそうになり、そそくさと行ってしまった。

 とぼとぼと足取り重く帰ろうとした時、ふと後ろから誰かに話しかけられた。

「うわっ! もう勘弁してください。もう底辺に生まれてすみません――――」

「え!? あ、あのーー」

 もはやトラウマレベルにまでなりそうな思考回路。あのイケメンファン倶楽部の襲撃かと思って身構えたのだったが、どうやら目の前の女の子の様子は予想していたのと違った。

「あ、あれ!? ……なんか用ですか?」

 特進科特有の赤いリボンを首元に巻いていた女の子に敵意はなく、なにやら少し恥ずかしそうに俯いて何か伝えようとしていた。

「バックホームとってもかっこよかったです。凄かったです。それだけ伝えたくて。あの……これからも頑張ってください!」

 女の子は小首をかしげニコッと笑った。その瞬間半径五メートル程のこの空間だけ、天から後光が差したような、この世からここだけ隔離された天国にでも空間移送されたような、不思議な感覚に陥った。それはそれは衝撃的なひと時だった。

(天使ってこの世に実在するんだな)と本気で思った。 

 

 背中越しに騒がしい声がする。

 もう。しょうがないな~。この声援に応えてあげようじゃないか。振り向いた瞬間。

「ごらぁ~。なにやっとるんじゃ駄謝~!」

 そこには鬼がいた。


監督にこってり怒られた俺は、割れた窓ガラスの処理に校舎に猛ダッシュしていた。

なんなんだよ? 俺は全力でボール投げただけだろ? 悪くねぇ。

 ……知っている。世の中は不条理なのだ。

 せっかくまたあの子と出会えたというのに、話すきっかけが持てたかもしれないのに。台無しになってしまった。俺は心の中のもやもやをぐっと噛み殺した。

 校内は文化祭を楽しむ大量の人達でごった返している。お化け屋敷にクレープ屋さん、焼きそば屋にメイド喫茶。体育館の方では軽音楽部のバンド演奏の真只中で歓声が飛んでいる。

 そのどれもが俺を誘惑したが今はそれどころじゃない。窓ガラスの修理代で今回の野球部の出し物の赤字が決定した今、楽しむ余裕などないのだ。

 と、廊下をぶつぶつと走っていると目の前におっさんを発見した。

 おっさんはけだるそうだ。

 くたびれた上下セットのジャージにぼさぼさ頭。これは寝癖だろう。今にも壊れそうなサンダルをペタンペタンいわせてやる気なさそうに廊下を歩くその後ろ姿には哀愁が漂っている。

「よお藤原。今日も気合入ってねぇーなぁ。しゃきっとしろよ、しゃきっと」

「あー。なんだ平助か。てめぇ声でけーんだよ。二日酔いに響くだろ。こっちは朝の四時まで飲んでんだぞ。少しは労われよ」

「仕事舐めすぎだろ藤原。これ以上アホしてっとクビになるぞ」

 このだらしない大人は【藤原ふじわら 兼徒けんと】。俺のクラス担任だ。とにかくやる気がなく、いつも眠そうで目が半分以上見開いたのを見たことがない。しかし、その先生と思えないオーラから一部の生徒からは親しみを込めて『藤原』と呼び捨てにされ、友達みたいな関係にある。

「俺をクビにできたら大したもんだよ。なあ平助、飯おごるからちっとやぼ用頼まれねぇか?」

「またかよ。大人の権力でガキ使ってんじゃねぇよ」

「いや、なんでもな。この学校に鎧を着た不審者が連日うろついてるらしいんだ。そいつを誰だか調べろとか言ってくんのあのクソ教頭。俺は探偵かっつうの。そういうのは探偵●イトスクープに頼めっつーのな」

「そんな奴知るか。俺は今忙しいんだよ。てめぇでやりやがれ」

「あ、くそこらぁ。どこ行く?」

 先生とは思えない雰囲気を持った藤原を軽くあしらい目的の場所を目指す。


 当の教室がある場所は、その雑踏からは相当離れた場所にあった。総勢四千人を数えるマンモス高である上杉学園。その大きさも尋常じゃない。入ったことのない教室は数え切れないほどある。実際この棟だって踏み入れたのは初めてだ。閑散としていて、人っ子ひとりいない。

 だが、その静かな光景に一つ。明らかな文化祭モードを醸した教室を発見した。さっき通ってきた賑やかな教室のように色画用紙とか紙花で着飾ってある。そして入口にはなにやらポップが色々貼り付けられている。

『部員急募』 『君も明日から勇者』 『つまらない現実とサヨナラ』

 絶対悪徳商品買わせる気だろこれ? うさんくさっ!

 しかし、残念ながら窓ガラスが割れた教室はここらしい。野球部のグラウンドからの角度をみても明らかだ。

……入りたくねー。ってか、なんでこんなところで出し物してるんだ? 誰が来るんだよこんな所に。

「失礼しまーす。あのーこの度は……」ひとまず中に入ることにした。

 中に外観の勢いはなく、ただの部室だった。テーブルの上には山積みにされた文庫本らしきものがあり、「好評発売中!」と張り紙があった。その脇には、表にもあったような悪ノリの延長か、「勇者登録受付」とかいう事務手続きでもするのかという場所も設けられている。

その中、まず目に飛び込んだのは床にひれ伏す少女だった。

「(やべっ)あ、あのーーー! 大丈夫ですか? もしかして俺投げたボールに当たってしまったとか?」

 これは、いよいよやばい。全身の血の気が引いていくのが分かる。キャメル色のダッフルコートを着て、ポーチを下げたその少女は仰向けで目を閉じたまま応答がない。俺は少女に近づくと必死に声をかけた。

「もしもーし。あのー聞こえてますか? え!? シカトしてんすか? 嫌だなー。そういう嫌がらせ。小学生までにしてくださいよ~」

 脳みそは現実を逃避する方向に進んでいる。

「いや。ほら昼寝する部活ですよね? こうやって誰もいない静かなところで精神統一を図って……」

 妄想はあらぬ方向に向かい始める。

「ほら、俺のせいとは限らない訳だし ……証拠はどこにも……」

 その教室には硬式野球ボールが一個、すました顔して転がっていた。そのボールにはしっかりと栄光ある我が上杉野球部の名前が刻まれている。

神様~! お願いします。なんでも言うこと聞きますし、嫌いな人参だって食べますからどうか、どうか。この若さで人殺しなんて…………。

 完全に少女に意識がない。顔が引き攣る。

そういえばニュースでやっていた。

『怪我を負わせた被告人が加害者に慰謝料一億円を請求』

それとも責任を持ってお嫁さんにしなきゃいけないのか? まぁ顔は可愛いし、この際それでも。イエス。イエス。 ……。いや、やっぱり無理だァ~~~~~。詰んだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!

「家貧乏なんで一億円なんて無理です。なので俺が今から、とある海賊を倒してきますから。そしたら四億ですよね。それなら十分足りますよね。あれ? ベリーって日本円に換算した何円なんだよ。ってか海賊ってどこいんだよ? ……なんでもしますから大丈夫ですって言ってくださいよぉ~!」

泣きそうになった。こんなしがない野球部の出し物で本気出しただけで人生詰むとか悲惨すぎるだろ?

「……う、うぐぐ」

 精神が崩壊しかけた時、少女がかろうじて目を開けた。

「あ、あの大丈夫ですか? 今回はうちの野球ボールが迷惑をお掛けしたみたいで。もうホントこのボールったらほんとやんちゃで――」

 少女は弱々しく右手を持ち上げる。そして、この部屋にある一つのオブジェクトを、小学生のように小さくて細い人差し指で振えながら指差した。

 彼女が指差した先にあったのは ……ドアだ。

 部屋の中央に佇むそれはドアであるだけで。どこに繋がっているわけでもなく、ただただドアだ。ドアの展示会があって〔ニューモデルのドアが出ました!〕と宣伝文句が掲げられているような。ただのドアなのだ。

「あそ……こ…………」

 それだけ言うと少女はまた床に崩れた。

「わぁ~~~。やっぱだめだぁあああああ。つんだぁああああああああああ!!」


 それから何度も彼女を起こそうと、大声で声をかけ続けたが一度も目を覚ますことはなかった。

保健室に連れてくか? いや。これは救急車か?

 時間が経過し段々冷静になるにつれ、現実的な思考がようやく巡ってきた。

 しかし、気になったのは先ほどの彼女の行動。彼女が指差した『ドア』のこと。

 どこにも繋がっていないドアの先に何があるというのだろうか。

くぐってみるか? それで何もないのなら救急車を呼ぼう。

 このドアをくぐったからといってなにが起こるっていうんだ!? ドアをくぐれば少女が突然意識を取り戻すのか? はたまた、時間が遡ってなにもなかったことになるのか?

なにか奇跡でも信じるかのように……

 《ゲームみたいな展開を期待していた》

 ひとまず、俺は女の子を背中に担いだ。すると背中越しに女の子特有のあの何とも言えない柔らかい感触と柑橘系の良い匂いがした。

――っと。照れてる場合じゃねえっての。

ドアの前まで進む。そして、その変なドアに手をかけドアノブを回した。



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