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岬に住む少女・3

新書「岬に住む少女」3(リーン)


とにかく、エールは、「我慢のならない子」だった。


妹なのに、双子だって言い張った事は、別にいい。良くはないけど、これに関しては、ジェムとジェスの母親が悪い。うちは母がラッシル系、父がコーデラ系、元々は島の外から来た。父は、ひいおじいさんの頃だから、島古来、と言ってもいいけど、最近きた母は、島の伝統、という言葉に弱く、ジェムの母親から「双子と年子は、なんでも平等に育てるべき。それが伝統。」と、嘘を吹き込まれ、信じこんだ。双子のことは、伝承に「キャビクの双子王」の話もあったし、平等っていうのは、本当。でも、年子に関しては、ジェム母のでっち上げ。

ジェム母は、とにかくめんどくさがりで、双子でもそれぞれ違いがある、とか、子供にも個性がある、とか、そういうことの考えられない人だった。だから、平等教育なんて言っても、喧嘩したら「双子なら仲良くしなさい」と言い、理由も聞かずに、「両成敗」していた。ジェム父は、自分が持ってる二つの会社を、どっちをどっちに継がせるか考えて、性格や能力を見ていたから、ジェム母より、多少はましだった。でも、基本、会社の間を飛び回ってる人だったから、子供の事は、母親に任せきりだった。

双子は、二人とも、子供の頃は、凄く太っていた。病気になる所だった。これは、母親のせいだと思う。

ジェスは一足早く痩せた。二人はよく似てたけど、兄の彼のほうが、そういう所はしっかりしていた。お医者様と学校の先生と、医局の役人さんの言うことをよく聞いた。ジェムは母親の言うことを聞いた。だから、思春期まで、なかなか痩せなかった。

そのせいで、ジェムは、女子に好かれなかった。甘えん坊で泣き虫な所も、受けが悪かった。私やポッペアは、昔からの遊び友達だし、体型は気にしなかった。リーナもだ。でも、他の女子は、痩せて格好良くなったジェスと比較して、かなり悪し様にからかっていた。

私は、ジェムを馬鹿にしたりはしなかったが、誰かが馬鹿にしても、止めなかった。庇って他の女子との付き合いにヒビを入れるほど、ジェムが好きじゃなかったから。でも、エールは違った。ジェムが女子にからかわれたり、馬鹿にされたりすると、必ず口を出した。だけど、自分は、周囲に他人がいない時は、平気でからかった。他の子と違い、ジェムが親や兄に相談したくなるほど、酷いことは言わなかった。でも、ジェムがエールに好意を持つに連れて、だんだん扱いがぞんざいになっていった。まるで女王みたいに振る舞うこともあった。

私は両親に、目に余ると相談したのに、二人はエールに甘いから、無駄だった。母は、

「あなたも恋をすればわかるわよ。」

と、とんちんかんな事をいう始末。たとえ恋でも、自分の娘が、恋を利用して、早くから男を翻弄して喜ぶような態度をとってたら、あわてて注意するのが、ちゃんとした親だと思う。

だいたい、エールは、ジェムに気を持たせるような態度を取り続けてたけど、彼の事なんて、好きじゃなかった。彼女が好きなのは、ノワードだった。ノワードもエールのことは好きだった。ならさっさとくっつけば、ジェムが被害に合わなくてすんだのに、エールの都合で、そうは行かなかった。

ノワードの妹のリーナは、小さい頃は、凄く臆病で、体が弱く

、気を使わない同年代の子供とは付き合えなかった。だから、ノワードが連れ歩いて、色々、年上の私達が気を付けていた。ノワードは、リーナを本当に可愛がっていて、いつも妹優先だった。それに、エールは

「お姫さま扱いじゃ、将来に良くないわよ。自分で出来る事は、自分でさせないと。」

と言った事もある。どの口が、だけど。こういう時、ノワードは返事に困っていた。一応、エールの言うことが正しいからだ。

「それじゃ、あんた、ジェムに算数の課題やらせたり、お母さんに絵を手伝わせたりするの、止めなよ。」

と言ってやった。すると、エールは、泣きわめいて、手がつけられない状態になった。

父からは、

「ノワードの前で言うなんて。お前は悪い子じゃないが、女の子として気配りがないなあ。」

と言われた。

貴方の妻は、ジェム派ですよ、わかってるはずなのに、ああ、夫婦で二股推奨ですか。

今なら、こう言い返してやれるのに。

母に至っては、エールの絵の課題を、自分が描いてやったことに対して、「エールが苛められないため」と言い訳しているていたらくだ。

エールは、美術のクラスで、ライバルの女子と、課題勝負をやることになっていて、自分じゃ負けるから、母に頼んだ。これは、きっかけは相手が悪かった。皆で外で風景画を描いていたら、いきなり、ライバルの女子が、突っかかってきたそうだ。

エールは絵はそこそこ上手いが、相手のダリアナのほうが、少し上手かった。彼女は、自分より下手なはずの、エールの絵が誉められるのが、我慢できなかったらしい。

エールは勝負に勝ったが、先生に「子供の絵じゃない」とばれて、後で相手に、母と一緒に、謝りに行かされた。相手の親御さんは、娘の絵の才能は認めていたが、それを自慢し、友達を馬鹿にしたのは問題だ、と、エールを怒らず、娘を怒った。ダリアナは、男子は解らないけど、女子には嫌われていた。エールも同性には好かれないと思うけど、こういうことを繰り返し、島の社会を生きていった。でも、この絵の件で、自分が支持された事に、思い上がったエールは、反対に、ダリアナに、ねちねち言うようになった。さすがに絵の事ではなく、容姿の事だった。彼女はこの辺りではありふれた、銀髪に

グレーの目をしていて、太ってはいないが、女子にしては、「ごつい」体つきだった。島の民話のモンスターに、「雪呼び獣」というのがいて、それに似てる、と言われていた。

ある日、それを見かねて、算数の先生(幼馴染みのカラロスの父)が叱った。でも、エールは、先生が、

「君も人のことは、言えないだろう?」

と言った時に、誰かクスクス笑ったせいで、

「先生のせいで、東のお屋敷のお嬢さんは死んだのに、人に言えるの?!」

と逆上して、言い返してしまった。先生は無関係なのだが、当時は、奥さんが、カラロスを連れて出ていってしまったので、一部にやいやい言う人はいた。うちの親は、軽薄な所はあったけど、そういう悪口を子供に吹き込んだりはしない。でも、エールも、お嬢さんの件で一時過食症になっていたし、わざわざ蒸し返して、彼女に話す人が、他にいたとも思えない。彼女はジェス兄弟と、カラロスの家に行った事があったから、そこで何か聞いていたのかもしれない。

この時は、エールは、両親から、酷く怒られた。先生は、態度は変わらなかったけど、次の年には、街を出てしまった。厳しすぎる先生の授業は不評で、出ていった時に、「エールのおかげ」なんて言う人もいた。次は明るいタイプの若い男の先生だったが、皆の成績は、全体的に下がった。


こうして、エールは、嘘を重ねて、周囲を貶めて、自分を飾って、成長した。増長と言った方が、いいと思う。そのカーブが、クリスンとの事だった。


あれは、エールが全面的に、最初から悪い。母は、子供の飲酒に厳しく、寒冷地では特別免除になっていても、子供には一滴も飲ませなかった。母はラッシルの、もっと寒い地域の出身で、そこは酒の年齢制限がなかったが、そのせいで、早死にする人が多く、母の両親もそうだったらしい。父は酒好きで、特にそういう社会的な事は考えてなかったから、キャビクの法律に従えばいい、と思っていた。でも、母が、「子供達に飲ませた分だけ、あなたの分から引きます。」と言ったら、一転して母の方針にしたがった。

この当たりの話を、皆でした時に、ノワードが、

「砕氷師の父の仕事についていった時は、少し飲まされるけど、すぐ酔っぱらってしまう。凄く明るくなるらしいけど、あまり覚えてない。」

と言った事がある。エールは、これを覚えていて、ノワードに飲ませるつもりで、ワインを持ち込んだんだと思う。

私はベリーワインの真っ赤な色が苦手で、薄いピンクになるまで薄めて、一杯だけ飲んだため、酒だと解らなかった。証言を取られた時も、素直にそう言った。でも、もともとベリーを使った、やたらに甘い味付けでのワインだったから、同じく一杯だけとはいえ、濃いまま飲んだポッペアもノワードも、解らなかった、と言っていた。リーナは甘いから3杯のんだが、それで気分が悪くなっていた。ノワードが妹を連れ帰るついでに、ポッペアを送った。エールは、彼が行ってしまうと、急に機嫌が悪くなり、ジェムに当たりはじめた。ジェスが、彼女の機嫌を取るために、さらに飲み物を薦めた。私は、自分のお祝いなのに、こんなエールの態度に嫌になり、最後は皆を残して、先に休んだ。エールの取り巻きのジェス兄弟が帰らず、ポッペアの彼氏のクリスンが、何故か残って、上機嫌なのが変だ、とは思った。


夜中に、叩き起こされた。


母が、私が先に休んだ事に気づき、エールを注意しに行った。一応、母は、

「リーンのお祝いでしょ。貴女がはしゃぎすぎてどうするの。」

と、注意するつもりだったらしい。だけど、ジェムとジェスが伸びていて、エールとクリスンがいない。ドアは開いていて、外に出たらしい。

岬の周囲は、岩勝ちで足場が悪い。明かりはあるし、道は平坦だが、「酔っぱらって」(ジェムはそうでもなかったが、ジェスは危うく急性アルコール中毒になる所だったから、その様子から、両親にも、ようよう酒だとわかった。)出ていって、脇にそれると、かなり危ない。

灯台の職員の人や、ジェス兄弟やノワードの両親、学校の先生まで駆り出して、捜索した。酔いの醒めたジェムも手伝った。すると、灯台の機関室の隅に、ようよう二人が見つかった。

ジェムが最初に見たときは、いなかった、と言っていたが、いつ入り込んだかなんて、問題にする大人はいなかった。


エールのしたことは、軽はずみで馬鹿で、自分勝手な行為だけど、目的はノワードとの仲を発展させるためだった。ノワードは真面目で、リーナの世話を見る都合もあるし、エールと付き合ってても、なかなか進展しなかった。(このため、エールがあちこちに、いい顔をしていても、気づかなかった。)

だから、女子の大部分が噂していたように、「ポッペアに対する当て付けから、クリスンをわざと奪った。」、と言うのは、

違う。エールは、クリスンもポッペアも、格下認定していたので、「当て付け」をやる必要がない。エールはバカでも、そこまでやるほど、クズではないし。

でも、こんな噂が流れたのは、かわいそうだけど、自業自得。ノワード狙いの子が、わざと誇張して広めたのは同情するけど、私は関わりたくなかった。当面の問題は、自分の進路、両親の問題は、家の格が下になるクリスン達を、親戚にしなくてはいけない事だった。

私は、直ぐに音楽学校の宿舎に行ったので、次の事件までの、エール達の様子は知らない。三年間で、実家に帰ったのは二回、新年の休暇だけだった。のんびり帰っている間に、どんどん自主的に練習しなくては、ただでさえ田舎者で後ろ楯のない私には、機会すら無くなる。

それに、帰ったら帰ったで、エールの離婚計画を、長々聞かされるのは、うんざりしていた。


そして、三年たった、第二の事件の年。


私は、なんとかラッシルの帝国音楽院に滑り込んだ。コーデラの音楽院には落ちた。私の声質でソプラノなら、コーデラよりはラッシルの方で活躍できるだろう、と、教官には言われた。でも、一番で合格した人の声質は、私に似ていた。単に、向こうのほうが、音域が広く、技術が上だった。

ラッシルに行く前に間があるので、久しぶりに帰省した。船で少しだけよい席をとって見た。

キャビク島に近づくに連れて、風が冷たくなる。デッキから中に入ろうとした時、

「おや、美人がいると思ったら、リーンかい?」

と、男性の声がした。振り向くと、白っぽい服の男性と、青いドレスの女性が立っていた。

「まあ、ルースン。ポッペアも。」

私は驚いた。クリスンの兄のルースンと、クリスンの元彼女のポッペア。知らない仲ではないが、一緒に歩くのは妙な取り合わせだ。

「三人セットだと、割引になるからね、この船は。ほら、ノワードも一緒なんだ。」

と、ルースンが言ったと同時に、

「十分かな、やっぱり、遅れているそうだよ。アナウンスないけど。」

と言いながら、ノワードが奥から出てきた。

ノワードは、ずいぶん変わっていた。ひょろっとした感じだったのが、二年間で、騎士らしくなり、背も延びていた。

「ああ、リーン。久しぶりだね。」

と、嬉しそうに笑った。

その後、三人で話しながら、島に向かったが、ノワードは、とにかく愛想良く、明るかった。彼は、結果的にエールに裏切られた男子の一人、私はエールの姉。姉妹の仲は良くないが、彼の立場で、愛想良くしたい相手ではない。昔から軽口の得意なルースンはともかく、ポッペアも少しぎこちなかったと言うのに。

私は、リーナから手紙をもらっていたので、その話をノワードに言い、お礼を言った。ポッペアが、自分のところにも来た、と言った。

「リーナも、すっかり丈夫になったみたいで、良かったわね。」

と彼女が言うと、ルースンが、

「本当にな、ノワードが家を出る時、リーナを置いていくなんて、大丈夫か、と、ご両親が心配していたのに。」

と継いだ。ノワードが、それに答えて、

「ああ、あの時は、両親に口添えをありがとう。」

と言った。

そのうち、到着のアナウンスが聞こえてきた。

「あら、遅れの言い訳は無しね。」

と、ポッペアが呆れたように言っていた。


この時の空気は、嫌なものではなかったけど、凄く「不思議」な感じがした。組み合わせが、私を含めて奇妙なものだったけど、それだけじゃなかった、と思う。

例のパーティの始め、私は酒は断った。根拠はないけど、声に響く、という説が流行っていて、特に同年代では、飲まないのが主流だった。

「お高く止まって…。」

と誰かの小声が聞こえる。気に入らないなら、出なきゃいいのよ、半分は私のお祝いだってわかってるのに。これだから、田舎は嫌だった。

リーナと、ポッペアと一緒に、お菓子とジュースで大人しく、適当なファッションの話をしていると、ノワードがジェス兄弟に挟まれてやって来た。話題も確認せずに、

「俺たちも混ぜてくれよ。」

と言った。

「お兄さん、クラシック・リボンスタイルと、モダン・ロータスフレアーの違いもわからないのに。」

と、リーナが笑った。ジェスが、服飾用語は、言語学で扱うべきだ、と言った時だ。

ホールの反対側で、歓声が上がった。十人くらいが乾杯していて、ルースンが音頭を取っている。杯を高くあげるクリスンと、彼にもたれて、笑うエールがいた。離婚を共に目指している夫婦の、最後の乾杯。だが、なんだか、新婚のお祝いのように見える。

「注意してくるよ。あんなに飲んだら。」

と、ノワードが席を立つ。リーナも、

「あら、珍しい。あんなに。」と、付いていった。ジェスが、

「酒で一度、失敗しているはずなんだがなあ。」

と、「夫婦」を見て、呆れたように言った。ジェムが、慌ててジェスを小突いた。

私と「エール被害者の会」で、話題が続くはずもなく、どうしようかと思っていたら、母が、ジランさん達とやって来て、

「お父さんが酔いつぶれてしまったから、いったん先に帰るわ。」

と言った。何となく、私にも手伝いに帰って欲しそうだったが、代わりに、

「エールも連れ帰ったほうが、いいんじゃないの?」

と言ってみた。母は、納得したような事を言っていたので、その時は、私は彼女がエールを連れ帰ったと思ってしまった。

私とノワードは町長夫妻と、港湾総監督の夫妻のテーブルに呼ばれた。その後で、しばらくして戻ると、エール夫婦も、母達もいなかった。


家には程なく戻った。父の世話は、母とシャルビさんがやっていた。彼女は、元看護師で、ジランさんの伯母に当たった。ジランさんは、病院の会計士だった。

シャルビさんは、エールを嫌わない、数少ない老婦人だが、母は、なんとなく苦手なようだ。だけど、私とエールが産まれる時に、彼女には凄くお世話になっていて、頭が上がらない。この時も、私が戻ったから、母はシャルビさんを帰宅させようとしたが、彼女の、

「まあ、あんた、いくら親でも、結婚前の娘に、男の人の世話なんて、させるもんじゃないわよお。しかも酔っ払い。」

との、からからとした一言に、素直に言うことを聞くしかなかった。

それから直ぐに休んだので、エールが帰ってこない事には、気づかなかった。

翌朝、早くに、母とシャルビさんに叩き起こされた。母は動揺していて、シャルビさんは落ち着いていたが、

「エールが見つかったわ。」

と言われただけでは、何の話かわからない。そういえば、いなかったわね、くらいの考えしかなかった。

エールは、パーティ会場になった組合ホールの、二回の歴史資料館にいた。クリスンと一緒だ。帰らないのを心配して、みんな、母を筆頭に探しに出ていたらしいが、シャルビさんが、気遣って、父や私を起こさなかった。父は酔いつぶれて、捜索の役には立たないし、私は疲れているだろうから、ということだった。

皆は、以前のことがあるから、灯台回りを中心に探したらしいが、組合の火気当番の人が、早朝点検で、資料館の二人を見つけた。朝から「現地要り」した教会の聖職者も、市民ホール入り口に、ちょうど集まっていた。

結婚無効(離婚とどう違うか解らないけど)の審査が、事実認定に、一瞬にして変わってしまった。

私は、エールには、

「あんた、私のお祝いが、よほど気に入らないのね。どんなことでも、自分中心で騒ぎを起こさないと、気がすまないの?」


と、皮肉をぶつけた。母は何か言っていたが、知った事ではない。実際、エールが、私に対して、そこまで考えていたとは思わない。離婚計画は、クリスンも協力して、練り込んでいた事もある。ただただ酒の失敗だった。

そういえば、父と母が結婚したきっかけも、酒だ、と聞かされた覚えがある。それで父は酒好きなのに、母は嫌いなのが不思議だったが、エールの顛末を見て、ようやくわかった。礼儀作法以外の点で、エールに対して甘く、私に対して厳しいのは、顔は私が父に似て、エールが母に似たからだった。


私は、それから休暇を切り上げ、ラッシルに向かった。早く行って、慣れておくのが基本だが、それ以上に、この手のごたごたに関わりたくないからだった。

帰りの船で、ノワードとポッペアと一緒になった。話上手なルースンがいないと、挨拶しか会話がない。ポッペアがシレルで降りて、ラズーパーリまでノワードと二人になってから、彼が初めて踏み込んだ話をした。

「ずっと、別居してたんだってね、エール達は。」

「ええ、そのはずよ。二人とも、離婚か結婚無効にしたかったらしくて。」

「そうなんだ。それは本当なんだ。」

ノワードは、船で会ってから、初めて少し笑ったが、今まで見たこともないような、寂しそうな笑顔だった。

ラズーパーリで私はラッシルへ、ノワードはコーデラへ。

たぶん、もう会うことはないような気がした。変な例えだけど、今まで生きてきたぶんのゴミを、全部島に棄てて、船出したような気分だった。


ラッシルでは、とにかく忙しかった。母の他は、筆まめなリーナくらいしか、故郷の様子を手紙にしてくるものはいなかった。田舎の日常なんて関係ないし、リーナには返事をしていたが、母にはたまに出すだけだった。

リーナは、16になった時、ポルトシレルの、公立の学校に進んだ。将来は教師になるためだった。ノワードはコーデラの学校を薦めたらしいが、島を離れるのは不安だったようだ。リーナの行った学校は、カオスト公爵の管理らしく、騎士のノワードは、それが引っ掛かっていたようだ。(何故か騎士は公爵が嫌いな人が多かった。)


エールは、あきらめて、クリスンとやっていく事にしたようだ。お祝いを台無しにして悪かった、と、エールから一通手紙が来て、それに書いてあった。クリスンは、頼りないけど優しいし、母が思うほど、育ちも悪くない。最初からこうすれば良かったのに、なんでこんな、ややこしい話になったんだか、と、今までを思い返して見た。

父は家の格とかは、あまり気にしなかったが、同い年のクリスンの父親とは、ほぼ交流がなかった。性格が合わなかったらしい。

母は、酒の上での仲、というのが、とにかく嫌いだった。クリスンの、ひいお祖父さんが、酔うととにかく乱暴になる人だった、とも言っていた。

クリスンは子供の頃からポッペアと仲が良く、真面目に付き合いだした矢先だった。エールは、クリスン以外の男子は、みな、自分の崇拝者だと思っていたようだけど、たぶん、本命はノワードだった。ジェス兄弟のように、エールに夢中なのが丸解りではなく、彼は妹第一で、やや素っ気なかったからだと思う。でも、ジェムは、エールと自分が付き合ってると思っていたようだし。事件の時も、最初はそれでもいい、みたいな話をしていた。たぶん、まだ子供脳で、あれこれイメージ出来なかったからだと思う。でも、エールは病院に行ったけど、結局、何も無かったのは確かだから…。

そう、何もなかった。確かに裸で一晩過ごしたのだから、みっともない真似には違いないけど、クリスンにそもそも意識がなかったのだから。無理に結婚

することはなかった。お年寄り達は結婚あるのみ、と騒いでいたし、結婚しなかったら、色々、田舎社会からは爪弾きかもしれない。でも、私やエールと同年代の人々は、こだわらない派も少なくない。

なんで、お互い他に好きな人もいたのに。

思い出してみる。確か、役所のソルトスさんと、警察のメガダさんが、エールが処女であれば、島の慣習なら、結婚しなければ、クリスン側から多額の慰謝料を払うことになるかもしれない、と言っていた。コーデラの法律では違うが、もし、クリスンの父が、お金を払った場合はどうなったろう。

クリスンの父は、監督官だけど、収入はうちには及ばない。うちも両親の無駄遣いで、実はぎりぎりだったが、地主と漁師ではそもそものレベルが違う。それで、私は、ない所からお金とるのも卑しいし、結婚したら、と言うには言った。エールが泣きわめいて、罵ってきたから、

「あのねえ、あんた、近所の評判、知らないの?これでお金なんか貰ったら、『詐欺』扱いよ?」

と言い返した。最悪の喧嘩になった時に、クリスンの父と、兄のルースンがやってきた。


そう、ルースンだった。普通に結婚するか、慰謝料はともかく終わりにするか、の二者択一だったのを、「相談」しながら、いつの間にか、彼の薦めた、おかしな条件の結婚生活になったのは。


そういえば、二度目の時も、ひっきりなしにお酒を薦めていた。主賓の私とノワードが、飲まない状況で。


でも、実の兄のルースンが、弟を「檻に閉じ込める」ような真似をする理由は?年は離れていても、兄弟仲は良かったはず。

お金を払うことになれば、彼の家は、確かに困るけど。エールもエールだし、家が傾くほどは取れない。だいたい、クリスンはデラコーデラ教で、私たちはエカテリン派だ。島の古い宗派じゃない。こういう問題で、「石を持って打つ」教義は、とっくに無くなっている。


どう考えても、ルースンが画策したように思えてきたが、新しい生活に忙殺されたのと、エール達は違う考えだろうし、と、暫く、これは考えないようにしていた。そのうち、すっかり忘れただろう。姪も産まれて、今更だった。


だけど、再び思い出す日が来た。そして、忘れられなくなった。

ルースンが、クリスンの恋人だったポッペアと結婚し、彼女の伯父の跡取りになったから。



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