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雪夜の王子・2

新書「雪夜の王子」2(サンド)


会談は、次の日も、その次の日も、大荒れに荒れた。

ジャントとリルクロウは、一向に引かない。デラクレスは、会談そのものが面倒なのか、口数は少なかった。エイドルも負けず劣らず。

三日目、エイドルは、

「会談の席につく随行者は二人までにし、午前と午後で交代制にしませんか。あと、彼らにも椅子を。」

と提案した。ジャントはアージュロスとターリの他は八人の護衛、リルクロウは、六人、いつも同じ面子を連れていた。デラクレスは、一度に二人しか連れていないが、十人程度で、交代制にしているようだった。

みな、反対する理由がないので、エイドルの意見が通った。デラクレスが、

「俺も提案しようと思っていました。表に兵士を揃えてるんだから、中まで揃えると、むさ苦しい。」

と、笑いながら便乗した。

俺達は、グーリ、俺、ゲルドルを交代で一人ずつ、もう一方は、連れてきた兵士かゲルドルの部下から、一人出した。これを内番とすると、表にいるのは外番、宿舎に詰めているのを、留守番とした。

この外番の時に、リルクロウ陣営の連中が、小声で話しているのを聞いたが、これで、エイドルの評判は上がったようだ。

また、デラクレス側には、女性が混ざっていて、小さい子供を連れてきていた。デラクレスの妻か愛人か、そうじゃないのか、までは分からない。女性と子供は、外番の兵士たちと一緒にいることもあり、子供は事情は分からないため、はしゃぎ過ぎて、たびたび、走り回り、出入りする者にぶつかった。エイドルにぶつかった時、母親らしい女性は、直ぐに謝ったが、彼は、その時、会話したデラクレス陣営の、顔と名前をすべて覚えてしまった。二回目からは、見分けて名前を呼んだので、さらに、好感度が上がる。

そのせいか、エイドルには、面会を求める者(近郊の地主や、貿易関係など)も出て来た。

エイドルのためなら、喜ぶべきだが、ジャントのためには、引っ掛かる。俺は、エイドルのために蘇った事は、承知していたが。

そんな中、二つ、問題が持ち上がった。

一つは、エイドルが替え玉ではないか、という噂だ。アルトキャビクで見た顔が混ざっていたので、出処は分かるが、そのうちの誰、までは、特定できない。

「たぶん、あっちの、ターリあたりからだろうね。」

と、二人きりの時に、ゲルドルが言った。顔は隠して、喋らないようにしている(顔にマニクロウから受けた拷問の跡がある、と設定)ため、彼がいるのには気付かれていないはずだ。だが、エイドルに瓜二つの少年がいることは、ターリは知っていた。ターリがその話をジャントなり誰かに話していたら、確かに有り得る。だが、ゲルドルは自分で言っておいて、

「それより、有りそうなのは、耳飾りかな。」

とターリ説を打ち消した。

「王様に近づく商人なら、毛皮や宝石には目ざといからね。舞踏会で、注意して俺を見てたんだろ。でも、直ぐ付け替えたのに。」

少し悔しそうにしていたが、これの対策は、エイドルも交えて、話し合った。いきなりエイドルにピアスを空けるのも不自然だ。当然、ゲルドルに交代しても、今度は、ピアスの穴が、あったりなかったり、を見咎める奴も出てくるだろう。

とりあえず、正面切って指摘する者もいない事だ。今、会合に出ている方が本物なら、問題はない。この件は、こちらは何もしない事にした。

もう一つの問題点は、エイドルの要求が耳に入ったのか、エルキドスから、「帰還」を要請された事だ。自分の思惑と違うから、席を立って打ち切りにして帰れ、が本音だろうが、そんな事は、「王」には言えない。

アルトキャビクに残った「同盟者」「支持者」達に、動揺が広がっている、だから戻って、「長」としての権威を示してくれ、という書き方をしていた。

グーリは、報告書をありのままに書いたようだ。

これは、相談の結果、ゲルドルが戻ることになった。

会談が「同意なし」で流れそうなこと、事由はジャントとリルクロウの対立であることから、それが適当だ、とゲルドルが押した。エイドルは、自分でないと、ゲルドルの身に何かあるのでは、と思い、俺を一緒に返そうとしたが、それは俺もゲルドルも、反対した。俺までいなくなるのは目立つ。それに、俺には、ジャント達と、なんとか話し、出来れば同盟確立までできないか、と思っていたからだ。


戻る前夜、ゲルドルは、明日は帰るだけだから、と、俺と過した。彼は、去り際に、

「王子様が戻るより、俺が戻ったほうが、良いからね。寂しいだろうけど。」

と笑っていた。彼によると、エルキドスは、ハッタリの効いた説明ができれば良いのであり、それはエイドルよりも、自分が適任だ、もしエイドルが戻り、会談に出ている自分が本物、と言うことになれば、この会談は諦めても、次回に備えて、エイドルは「始末」してしまうかもしれないから、と言うことだ。

「それなら、君が危険だろ。」

と言うと、微笑みながら、

「向こうにいる間は、将軍様の言うようにしてるよ。だから、さっさと切り上げて、帰ってきてくれよ。」

と言い残した。


そして、会談は平行線のまま、永遠に踊り続けるかと思えたが、ちょうど、ゲルドルが向こうにについたか、という頃、「事件」が起きた。

リルクロウの兄弟分にあたるグルゴルドーが、アルトキャビクに攻め込んだ、と、知らせがやってきた。リルクロウは、自分の関与は否定したが、デラクレスが、卑怯者とは同卓したくない、自分の仲間が心配だから、と、いち早く帰った。残りは揉めたが、会談の主催者の顔を立てた。リルクロウは俺達がキャビクに着くまでコースルとトージェフが監視、その後、送り返す、と約束した。

エイドルとジャントは、手を組んだ。両陣営は、フィルスタル・キャビクと叫びながら、大きく盛り上がった。

ジャントとアージュロスと久しぶりに話し、ターリとグーリが再会する。エイドルもホッとしたようだった。俺も嬉しかったが、ゲルドルが心配な気持ちが強く、気が気では無かった。エイドルにも伝わったようだ。

船がキャビクの港町シーラスレに着いた時、シルスがシーラスレにいた。グルゴルドーの報を受けたが、俺達を迎えるために、シーラスレを確保していた。彼は、偵察を数名、アルトキャビクに向かわせたそうだ。俺達が到着する直前、一瞬だが、強い地震があったから、まず少人数を先に出したそうだ。


シルスは、一定以上の身分の者は、陸の宿(複数の宿に別れ、ジャント陣営と、エイドル陣営は別宿)で休めるように、と手配もしていた。作戦は、明日の朝、戻る予定の偵察隊を待つことにしよう、とアージュロスが主張した。兵士は今のうちにと休ませる。

俺は、すぐ眠れず、宿の酒場で、考え事をしていた。ここの酒場は、各階にあり、一階は食堂も兼ねていたが、作戦会議場にした。二階は、品不足で、客には閉鎖していたが、宿にいる者(エイドル、グーリ、俺)の食堂になった。三階は、といっても、屋上があるだけだが、コーデラ風の屋外酒場になっていた。俺は二階の酒場にいた。人はおらず、飲むなら自由に、と、水の樽があるだけだ。そこに、エイドルも来たので、二人で少し話した。

「心配か?」

と尋ねられた。

「ああ。ああは言っても、耳飾りで気付いてしまう奴が、海を渡った場所に、いたくらいだからな。お前とゲルドルは、確かに似てるが、支援者の中には、お前に先に会ってて、昔から知ってる奴もいるだろ。そういう連中が、誤魔化せるかどうか。

ゲルドルなら、ばれても、上手く逃げてくれるとは、思うけとな。」

と答えた所、エイドルは軽く笑って、

「ああ、なんか、変わったなあ。」

と言った。多分、カイオンが、部下であるゲルドルを、はっきり心配したからだろう。この頃、俺は、カイオンらしさを気にせず、自分のやり方でやるようには、していた。だが、

「何だか、サンドと話してるみたいだ。」

と言われた時には、かなり驚いた。エイドルは、勘違いして謝り、

「お前も、サンドには、一目置いてたみたいだったから。」

と添えた。

「ああ、違うよ。少し前にシャルリ…シャルリと、エミーナ、ルシアにも、似たような事を言われたから。」

と言い訳した。シャルリに言われたのは、本当で、肝を冷やしたが。エミーナとルシアの名は、適当に挙げた。サンドの時は、殆ど交流の無かった二人だが、シャルリと同じく、ファルジニアの世話係だ。名を挙げても、不自然じゃない。

「シャルリ達の事も心配だ。だけど、アルトキャビクに残った部隊のほうが、数が多い。リルクロウは、主力を連れてシーラスに来た、と息巻いてた。大口を叩く奴みたいだが、たぶん、嘘は苦手そうだ。もともと、会談に向かう船がないような連中だ。主力を差し引いた余りで、野盗気分で攻め込んでも、苦戦してるだろうよ。グルゴルドーって奴の腕にもよるが。」

俺は、こう話題を切り替えた。流石に、エルキドスは野盗レベルには負けないだろう。

だが、エイドルは、まだ、しゅんとしていた。こうなったら、積極的に話題にしたほうがいいか。そう思い、

「サンドの事を、気にしているようだけど、何かあるのか?怪我をさせたからか?その件なら、気にしてない…気にしてなかったみたいだぞ。」

と(誤魔化しつつ)聞いてみた。エイドルは、

「それもあるけど、子供の頃に。」

と話し始めた。


エイドルが、ジャントと喧嘩して家出し、当時、改修中だった城壁の隙間から、外に出て、山に入ってしまった。山、と言っても、兵士が訓練に使ったり、温かい季節には市民に開放もされる、人の出入りのある場所だ。だが夜になり、モンスターに遭遇した。魔法を当て、逃げて、道沿いの洞窟に閉じこもっていた。そこに、「俺」が探しに来た。

「逃げたのはいいんだけど、モンスターのガスで、目が効かなくなってた。耳も鼻もぼうっとしてた。

探しに来たサンドが、人を呼ぶから、待ってろ、と言ったのに、俺は、置いて行くな、と言った。泣きつかれて眠ってしまったんだけど、後でノアミルが探しに来るまで、ずっと付いててくれたんだ。ノアミルから、サンドが抱きかかえて、洞窟から出て来た、と聞いた。

その礼は、とうとう、言いそびれたから。季節が季節なら、凍死してたかもしれない。」

思い出した。カイオンとして、蘇る前に見た夢。だが、エイドルは、間違って覚えている。あの時、先に見つけ、付いていたのは、カイオンだった。そう長い間ではないが、俺はノアミルと一緒に、同じ洞窟でも、訓練で何度か皆で行った、川沿いの、大きな方を、先に見ていた。川に落ちる、奥に入る、などしたら、大変な事になるからだ。

見つけられなくて、一旦戻ったが、カイオンが脇道に行って、戻ってない、と誰かが言い、俺が探しに行った。ノアミル達は、もう一箇所、山向こうに抜ける峠道を探しに行った。かなり距離があるが、廃屋がある事を、確かエイドルは知っていたはずだ、と、ジャントが言ったからだ。

俺が選んだ方に、エイドルとカイオンがいた。小さい洞窟で、二人を発見した。

確か、カイオンは、前日の訓練の時に、ジャントと対戦し、左肩と右足首を、少し痛めていた。灯りと薬は持っていったが、連絡手段の発煙筒は、エイドルにしがみつかれた時に落とし、転がってわからなくなった、と言っていた。

これは、本当の事を言うべきだろうか。だが、言っても、エイドルの気が楽になるかどうかは分からない。俺はカイオンの手柄を横取りした気分から、開放されるが。

しかし、

「この話し、お前と、ゲルドルにしか、してない。」

という、エイドルの言葉に、驚いて、目を見開いた。何か二人で話している事はあり、ゲルドルが格闘の裏技を教えたり、親しんではいたが、そういう話をするとは思わなかったからだ。カイオンならともかく、俺の話なんか。

「ゲルドルが、『カイオンはああ言ったけど、死因は、俺のウィンドカッターだ。』って、説明に来たんだ。で、『拘ってるけど、サンドって、そんなに良い奴だったのか?そう言ってる人、多いけど、対立してたんだよね?』と言うから。」

対立、本来は違う。今のように、協力して、敵に当たるのが、フィルスタル・キャビクだ。フィルスタルの理想を守るために。

だが、会談を顧みて、もし、俺が「職務」を全うする時は、理想の形で、フィルスタル・キャビクは、存在しないかもしれない、とも思えた。

なんだか、ガルデゾみたいな考え方だな。いや、そういうわけでもないか。カイオンが実は、こういうことを考える性格だったのか、それとも、まったく、別の誰か。

「ああ、ここか。」

と、別の誰か、いや、グーリがいた。彼はターリと話しに、彼らの宿にいたのだが、そこに、アルトキャビク方面に偵察に出した兵士が、慌てて帰ってきた。ジャントは兵士の話を聴いている間、エイドルと俺を呼びに行け、と、グーリに命じた。

この時、俺は警戒した。グーリを信用しない訳ではないが、もし、俺が一緒におらず、エイドルだけで行くことになったら、と。

だが、ジャントの宿に集まってみると、ジャントだけでなく、アージュロスもターリもいた。深刻な皆の中、偵察兵が一人。複数出したはずだが。

その兵士は、怪我は無かったが、真っ青になっていた。

ジャントは、俺達と入れ替えに、兵士は下がらせ、彼の伝えた内容は、ジャントの口から語られた。


キャビク山が噴火し、エルキドスもファルジニアも、グルゴルドーさえも、生死不明だ、と。




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