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狼頭の王・3

新書「狼頭の王」3(ガルデゾ)


アルトキャビクを襲撃した一派は、最終的にはリルクロウ・キャビクではなく、グルゴルドー・キャビクを名乗った。首領のグルゴルドーは、リルクロウの首領のアドモンドの兄だった。グルゴルドーは、両親の結婚前に生まれていたため、キャビク聖女会からは「婚外子」と見なされていた。兄とはいえ、「序列」は下に置かれていた。長年、それが不満だった。

この内紛話は、グルゴルドーを捉え、処刑する直前に聞いた。会談の時は、こんな事情など知る由もない。当然、リルクロウに騙された、と思いたい所だ。しかし、自分が「平和的な」会談でシーラスにいる時に、配下にこんな指示はしないだろう。リルクロウが裏切りに合ったのは明らかだが、会談に出席した者は、父を覗いて、裏切ったのはリルクロウとして、彼の言い分は聞かなかった。


ラッシルの「ピョートル派」は、エイドルを支援すると見せかけて、グルゴルドーと繋がっていた。会談のラッシル側の代表は「ニコライ派」のトージェフ伯爵だが、彼はリルクロウの鉱石採掘権に関心はあっても、中立を通していた。しかし、これでピョートル派に顔を潰された事になるため、完全にジャントとエイドルの支援に回った。コーデラのコースル伯爵も、卑怯者には味方しないと宣言し、トージェフ伯爵に賛同した。デラクレスは、会談中は静観していた。


エイドルは、会談にはカイオンとグーリを連れてきていて、アルトキャビクにはエルキドスを残していた。決して多くはない海軍は、シルスに預けて、シーラスレに待機させていた。彼等は、元々は父とサンドの部下だ。父のいる所には、連れて来たくないだろう。だが、エイドルが王権を主張していない以上、王族としての命令に、反旗を翻す訳にはいかない。

この時の、エイドルの主力はエルキドスの騎馬隊(グーリの部隊を含む)になる。しかし、歴戦の勇者であるエルキドス軍は、グルゴルドーに負けて、都を追われた。キャビク山の噴火で混乱が起きた所に、敵が攻め入ったからだ。噴火自体は何度か経験はあったが、アルトキャビクは影響の少ない区域に立地していた。それが今回は、溶岩こそないが、礫と灰が振り、川が反乱を起こした。今までの災害対策が通じ無かったのだ。


噴火に関しては、色々と噂が飛び、俺は動揺する者達を、なんとか落ち着かせ、へボルグから都を目指した。エイドルと協力体制になった事は、直ぐには分からなかった。ジャントとは直接連絡が取れ無かった。だが、このような事態になったら、シールを連れて都を目指す、という約束だった。

道中は、陸路にしても海路にしても、渦中にあるリルクロウの占領区域か、デラクレス配下の都市を突っ切る事になる。シールはいつ子供が産まれてもおかしくない。約束を違えても、置いて行くしか無かった。

街に残す責任者には、オーバルンという男を任命した。父から、「候補」として挙げられていたうちの一人だ。小柄だが、目端の聞く利発な青年だった。候補の中では年が若く、所属が海軍の者に歩兵と騎馬兵を預けるのはどうか、とも思ったが、広く人望があったので、彼にした。

「任せてください。ジャント陛下のためなら、王妃様を守り通してみせます。」

と、楕円形の顔に、明るく屈託のない笑みを浮かべて、胸を叩く様子は、確かに頼もしかった。


父が残した海軍を連れて、沿岸の街を辿って、エイダの港町まで来た時の事だ。行程にして約半分の所だ。ここで、シーラスから連絡用に戻された船と、落ち合う事が出来た。責任者は、イスルという、父が重用してきた男だ。彼から、エイドルとの協力体制の話を聞いた。

味方の兵士達は、喜んだ。エイドルと協力関係なら、シーラスレを目指せる。ここまでで、デラクレスの占領した港町の海軍(主に、商船や漁船に弓使いを乗せただけの稚拙な物だったが、元は海軍の物だった、戦艦も数隻あった。)との戦闘は、小競り合い程度の物だった。デラクレス派には、最初の勢いはすでに無かったからだ。しかし、速度優先で無理をしたため、かなり疲弊していた。出来れば、仕方なくエイドルに着いたであろう海軍を引き入れ、人員と物資を補充したい。

だが、アルトキャビク方面から逃げてきた人々が、口々に、シーラスレからアルトキャビクに行く道が、「埋まって」いる、と話していた。何に埋まっているかは解らないが、とにかく「通れない」ので、迂回してきた、と語った。

ここで行程を見直している時に、へボルグから早馬が来て、いい知らせと悪い知らせを持ってきた。

いい知らせは、シールが王子を無事に産んだ事だった。

悪い知らせは、へボルグに逆賊(おそらくリルクロウかグルゴルドーの系列)が攻め入り、

オーバルンが街を明け渡してしまったので、シールと王子は逃げ出し、行方が解らない、と言うことだった。エールとシャリーンも共に行方不明だ。


ここで揉めたが、連れてきた手勢の九割を、イスルに任せて、へボルグに返した。俺は、残りの歩兵出身の者達を連れ、森を抜ける迂回路に進み、秘密裏にアルトキャビクを目指した。


迂回路、と言っても、当然ながら、迂回用の大路ではない。どの勢力にも属さない狩猟民と農民が、点在する小さな湖を中心に、自給自足で生活している区域だ。


ジャントは、それほど都から遠くない地域に、誰にも属さない連中がいるのを嫌っていた。エルキドスもノアミルも同意見、父も良く思ってはいなかったが、前王は放置して、手出しは無用、としていた。このため、ジャントも、その方針を踏襲していた。

何を仕掛けてくる訳ではないので、忘れていたが、踏み入って、理由が明らかになった。

地域の住人達は、フィルスタル・キャビクに追放された、敵対勢力の子孫から成っていた。逃げ込んだ連中と、もともと森にいた人々が混ざって暮らしていた。

追放されたのは、前王の父親の時代で、実際にその当時の記憶があるのは、二、三人の古老だけだった。しかし、子孫を村から出さないため、経緯を誇張して伝えていた。それでも、完全に周囲と没交渉ではないので、今更、二回も代替わりをした後で、「討伐隊」が派遣される状況でないことは、大半は解っていた。

しかし、村人達には、おかしな思想が流行っていた。特に若者を中心に、「太古の自然神が蘇り、堕落の悪の都を滅ぼし、秩序を回復させ、有るべきキャビクの姿になる」と言う物で、聖女コーデリアの恩恵は、まるで無視した物だった。

アルトキャビクでもへボルグでも、俺は初耳、聞いたことはないのだが、部下に尋ねると、自然崇拝の残る北方で、そういう民話があるから、そこから来た話ではないか、という事だ。

村人達の一部が、キャビク山の噴火を、自然神の怒り、として、やって来た俺達を倒せば、キャビクに平和が来る、と煽った。彼等は、頑に立ち向かってきた。

だが、物資不足の田舎で、ぎりぎりの暮らしをしてきた者達が、疲弊していて、少人数とはいえ、軍隊にかなう訳もない。ろくな武器もないのだ。

土地勘がないので手こずり、損失も出たが、当然、俺達が勝った。

最後には、煽っていた連中は、敗走して、みな逃げ出してしまった。残った連中は、降伏するから助けてくれと哀願した。負傷者は手当もされず、食事も与えられなかったようだ。しかし、こちらも、彼等を助ける余裕がない。

せめてもの情けに、村の備蓄には手を付けず、彼等は置いて、足早に森を抜けた。報復したがる者もいたが、都も近くなり、一刻も早く戻りたがる者のほうが多かった。

このように、後味の悪い道中で、シールの事もあるが、都に到着した時、兵士達は、

「帰ってきた!」

と感嘆の声を上げた。

だが、直ぐに声一つ上げられなくなった。


アルトキャビクは、荒れ果てていた。


街の外壁付近と、辺縁に近い新市街は、それほど酷くは無かった。前の反乱の時に破壊されたと聞いていたから、その先入観があったのかも知れないが。

問題は、屋根が落ちて、半分以上潰れた王宮と、壊滅した、としか言いようのない、旧市街だ。王宮に近い俺の家、ノアミルの家やエルキドスの家も、屋根が落ちて、壁しか残っていない。噴火の時に、上から礫が降ってきたからだ。しかし、壁が残ったのは、もともと大きい家だったからで、これでもまだ、ましなほうだった。旧市街の一般の住宅は、全体が潰れた物も少なくない。川に近い所は、乾いた泥で固まっていた。礫が振り始める直前に、川が逆流して、物凄い勢いで氾濫した。そこに火山灰が降ったようだ。

川の被害なら下町のほうがありそうだが、逆流の結果、溢れたのは旧市街だけだったので、水害は無かった。

これは後になって、研究者のスディンという男(元はエイドルの配下だった)に聞いたのだが、単に噴火による被害状況としては、現象が不自然で、前例がない、という事だった。どちらにしても、復旧仕掛けていた町並みが、振り出しに戻ってしまった事になる。


ジャントは、俺達が帰還した時は、王宮にいたが、寝泊まりは、外壁の、兵士達の詰所でしていた。王宮は、主に市民の避難場所にしていたからだ。

俺達は、一度、再会を喜んだ。

シールの話をすると、彼は、直ぐに会議だ、と決断した。

会議の場で、ターリに会えた。彼から、父は出ている、と言われた。

シャルリがいるかと思ったが、いなかった。エイドルとカイオン、グーリの姿もない。

尋ねると、ターリは言葉を濁した。あまり空気を読まないほうたが、言いにくそうにしている。

俺はまさか、と思ったが、ジャントは、

「シャルリは、恐らく、無事だ。」

と言った。

敵が空から岩が降ってきた時に、エルキドスは、ファルジニアを連れて逃げた。シャルリも、その時、同行したようだ。敵が攻めてきたのは、その後、混乱に乗じてだった。エルキドスは、こういう場合の避難場所の一つ、「炎の神の神殿」に逃げ込んだ。父は、交渉のため、そこに向かった。

ジャントは、エルキドスは態度によるが、シャルリを咎めるつもりはない、と言った。それから直ぐに、見慣れない文官(スディンを含む)が数人やってきた。ジャントは、皆に、

「事情が変わった。今、ガルデゾの報告を受けたが、王妃と王子が行方不明だ。エイドルの事より、こちらを優先したい。」と言った。

俺は、エイドルのいない事に、改めて気を止めた。訝しげになっていたらしく、ジャントが俺を見て、説明してくれた。


エイドルとカイオンは、行方不明になっていた。




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