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羽の宝冠・5

新書「羽の宝冠」5(サンド)


俺は、自分に話しかけていた。


幼い俺の姿、今より、もっと金に近い髪で、目の色も薄い。今の俺は、自分自身に、

『センエレト出身の子って、君か?俺もなんだ。』

と尋ねていた。

『俺だけど、産まれたばかりで、引き取られたから、覚えてない。ごめんね、』

俺は、酷くがっかりした。

次に、エイドルが見えた。まだ幼い。泣きじゃくって、眠っている。周囲は暗い。洞窟の入り口だ。

灯りが見える。また、昔の俺の姿が見えた。成長している。

『居た。大丈夫か?』

と、 昔の俺が 言う。俺は礼を言い、

交代した。エイドルの頭を昔の膝に、今の手には灯りを。

『悪いな。』

『休んだからいいよ。戻ったら手当てする。それに、ミィルンは、お前の顔は、覚えてないだろ。』

昔の俺に洞窟とエイドルを任せ、俺は灯りを手に進み、開けた木の間から、左右に大きく、灯りを降った。

ミィルン、エルキドスの妻の小間使いだ。早死にした。読み書きを習いたいからと、費用のために女主人の腕輪を盗み、白状しなかったため、地下室に閉じ込められた。しかし、エルキドスの夫人は、ガダジーナの体調が悪くなった事もあり、それを忘れて、一月も放置した。それで死んだ。後から、小間使い仲間達が、真面目なミィルンを煙たがって、陥れたのだと解った。夫人は、自分の事は棚に上げ、彼女達を、雪の中に生き埋めにした。

『奥方付きの小間使いに、読み書きも教えてやらなかったのか。天下の騎馬隊長の家は。』

と批判した者がいたが、誰だったか。

あの後、侍女探しに難儀して、誰かいないか、俺たちにも探してくれと話が来たが、俺はわざと忘れた。兵士ならともかく、何で、小間使いになるのに、命を捨てる覚悟がいるのか。

ミィルンが生きてると言うことは、エイドルの独立の直ぐ前くらいか。兄弟喧嘩で、エイドルが家出した時の事だ。洞窟で泣いているのを発見したが、ガスモンスターのせいで、一時的に目が見えなくなっていた。怪我もして、帰るに帰れなかった訳だ。例え回復魔法が使えても、ガスは浄化出来ない。魔法の使えない俺は、念のため持ってきた薬品で、怪我の応急手当をして、宥めて、頭を撫でて…。

いや、最初に見つけたのは、俺じゃない。俺は少しだが、回復は使える。しかし、俺だ。解らない。

醜い娘が泣いている。いや、醜くはない。艶のよい黒髪に、絹目の細かい肌、小さな鼻に、神秘的な瞳。

醜い。髪はましだが、暖かみのない、青黒い色だ。色の悪い肌、低い鼻、どこを見ているか解らない瞳。

醜くない。あれは、エールだ。儚げで、ほっそりとした、美少女。

エールの姿が、暗闇の向こうに消え、代わりにエイドルが光と共に現れた。金の首飾りを眺めながら、酷く悲しそうな顔をしている。

あれは、シグランストの形見だ。まだ見ぬ息子のために、正装用の首飾りを用意していた。確か、あの誕生日の宴に、身につけていた。

エイドルの指が、首飾りの中心をなぞる。一つだけ、石が外れていた。もっと小さい頃、宴会で正装した時に、一つ無くした、とジャントから聞いていた。しかし、あの夜は、揃っていた。

いや、違う。

石は、偶然、無くなった訳じゃない。俺は知っている。だが、思い出せない。

俺は、石をつまみ上げていた。首飾りと同じ石がぶら下がった、簡素な耳飾りだ。それを、エイドルの耳に当てている。

エイドルは、驚いていた。驚きすぎて、別人に見えるくらいに。

『実際に飾った時の感じを見たくて。』

と俺は言った。

『黒髪に合わせないと意味ないだろ。』

と、誰かが笑っている。

黒髪、エールの事か。確かに黒髪には映える。しかし、金髪も、耳から生えたみたいに、妙にしっくりくる。

黒よりは金だ。

白く、輝く、美しい。

いや、違う。

違わない。

『なんて、お美しいご一家。』

俺は下から、城のバルコニーを見上げていた。明るい金髪の男が三人、やや暗い金髪の女、栗毛の女がいる。

栗毛の女が中心にいて、美しいドレスを着ていた。白い髪の子供を抱いている。隣の男は、金髪の男達の中では、一番若い。

『残念だな。』

『そう?ラッシル人と聞いた時には、どうなるかと思ったけど、子供にはちゃんと伝わったじゃない。』

『そっちじゃない。『旦那様』の天下になれば、あの美しい家も終わりだからな。』

『それじゃ、乗り換える?』

『バカを言え。』

二人の男女が話している。俺は男の肩の上にいた。

『さて、どうする。坊主は、まだ見ていたいみたいだが?』

『何よ、足手まといだと言ったくせに。』

『まあな。だが、助かったぜ、いい誤魔化しになったからな。』

栗毛の女が、子供の手を持ち、軽く振る。歓声が上がる。

『フィルスタル・キャビク!』

これは、何だ。あれは、ジャント達だ。だが、俺は、こういう形で、彼等を見上げたことはない。


この記憶は、誰の物だ?


視界がだんだん白くなる。最後に、また、俺の顔が見えた。

俺は、死にかけている。俺の目をにらみ返し、剣を、俺の胸に突き立てている。それから俺は…。


俺はーーーー。


“勇者よ、いえ、かつて勇者だった者、イドルサンドよ、起きなさい。”


女性の声がする。


“貴方は、志半ばにして、死んでしまいました。ですが、貴方次第で、新しい人生を生きる事ができます。”


俺は、死んだ事には、驚かなかった。だが、不思議な気がした。聖女信仰以前の古い神話には、人は、死んだ場所に相応しい精霊が迎えにくる、と言われていた。森なら森の精霊、海なら海の精霊。死んだ場所、死に様に合わせて、神の国での役割が決まる。戦士にとって、一番名誉なのは、勇敢に戦って死に、戦場の精霊に迎えられ、神の国でも戦士となることだ。

しかし、教会では、それは昔話で、本当は、善人であれば、聖女コーデリアと神の元で、みな平等に暮らす、と教わった。だが、これはどうだろう。古い神語りのようだ。


“貴方には、幾つか、選択肢があります。

一つは、このまま、再び貴方が必要とされるまで、悠久の時を眠ること。その時が何時かは、わかりません。”

“二つ目は、新たな勇者のために、再び、貴方の世界に戻ること。この場合…。”

俺は皆まで聴かず、二つ目を選んだ。今すぐ、戻してくれ、ジャントを守らなくては。カイオンは道連れにしたが、あいつの仲間は生き残っている。もし、ファルジニアを連れて、会いにいったなら、ジャントは会ってしまう。

『声』は何か言っていたが、俺は、理屈はいいから、早く戻りたい、と強く願った。


“わかりました。貴方の願いを叶えましょう。ただしーー”


この時、俺は、全てを聞いた。だが、目覚めて程なく、愕然とした。


そう、確かに、聞いていたのに。





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