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第七話:ぶどう酒

 寄生呪文が強力すぎる。


 それはご先祖様も倉の奥底に隠しておくだろう、というくらいに強力で便利すぎる。


 王宮と辺境にほぼ寄生し切った俺は、残りの細々した勢力への寄生のために研究を続けていた。王族と貴族周りを掌握すれば、あと対抗できそうなのは新月教と呼ばれる教会と、魔法使い研究機関くらい。まずは足元を盤石にして、その二つにも侵攻しよう。


 そのためには研究。


 久しぶりに魔法の研究だ。


 この寄生呪文を手に入れる前は、義務的に誰でも結果が分かるような魔法実験しかしてこなかった。所詮三流の魔法使いである俺に、最新の研究に触れる機会など与えられないのだ。そういう派閥や序列が、魔法使いの間にはある。


 だが、この寄生呪文は別。


 俺だけが知っている至高の秘儀。


 だから使いこなすのも、向上させるのも俺が一人でやらなければならない。


「ふむ、よし。染まって来た。ガーベラ、そっちのフラスコを取ってくれ」

「はいっ、ククルト様っ」


 厳重に隔離された地下室。


 王城の一部を召し上げて、蟻一つ入れない状態にしたこの実験部屋で俺の研究は進む。


 ガーベラに手伝わせて、寄生糸に関する実験。それはおおむね良好な結果を見せた。


 フラスコの中で泳ぐ寄生糸が、通常の薄灰色ではなく濃い紫色に染まっている。こいつの弱点は耳元や口・鼻に取り付く前に気付かれて排除されること。だから隠密性が何よりも大事だ。細さや短さはこれ以上の縮小が難しい。必要機能を持たせるために最低限のサイズが要る。


 だが、色は別だ。


 表面を染めるだけなら機能を阻害しない。他の寄生糸も次々にフラスコに落していくと、狙った通りの色合いで三十色の寄生糸が出来上がった。生存状態は全く問題なし。染料はどこでも手に入る安価なものばかり。これならば白色で目立つ場所にも自然と溶け込める。実験成功だ。


「理想は完全な透明化なんだけれど……うーん、こちらはダメか」

「萎えてしまっていますね……」


 ガーベラが手に取っているフラスコの中には、透明化寄生糸実験一号。


 残念ながら脱色の魔法操作が大味過ぎて、機能を失ってしまっている。俺の実力だと、残念ながらまだ染め上げるのが精いっぱいのようだ。どこかで大魔法使いクラスの知識に寄生しなければ、開発を進めるのは難しい。


 今のところは、この染色タイプで問題ない。


「では次、生存環境についての実験」

「はい。左からラベリングしている通りです。真水、海水、熱湯、アルコールなど」

「この辺りは問題なく寄生糸が生存している。よし、よし、水にひたせるなら使い勝手がかなり増えるぞ」

「それと一段奥が、左のアルカリ性から徐々に右の酸性へと強くしたものです」

「かなりの強酸まで生き残れるな」


 この寄生糸は相当ハイスペックだ。設計段階が優秀なのだろう。


 他にも汚泥、魔力充填環境、油中、血液中など様々な生存実験を繰り返し、限界を見極める。どこならば潜ませられて、どこは無理なのか、詳細に把握しておけば寄生の幅が広がる。


「よし、今日はこの辺りにしておくか。片付けておいてくれガーベラ。俺はこの後やることがある」

「はいっ、お任せください!」


 文句ひとつ言わずガーベラが機材を整理するのを横目に、俺は地上のダンスホールへと向かった。


――


 ぶどう酒。ワイン。


 読んで字の通り、ぶどうを材料として果汁を発酵させた酒だ。


 このジルライン王国やそのほかの西方諸国において、水と同じかそれ以上に親しまれる飲み物。何故なら、生水は採取・保管状態で衛生面に不安が残るためである。アルコールを含むビールやワインの方が安心して口にできるという事で、庶民、貴族共に親しまれている。


 そんなアルコールの安全神話が、今から俺の手で覆される。


 ワイングラスをいくつも載せた盆を片手に、王宮のダンスホールへ。このダンスホールではしばしば社交界が開かれる。他国の侵略が戦乙女アイリスによって完璧に防がれてからは、顕著に開催間隔が短くなっている。


 ホールを気だるげにうろついていると早速、


「ちょっと、あなた」


 獲物がかかった。


 声をかけて来たのは一人の女性、ジルライン有数の公爵だ。


 ヒヨドリ色の柔らかな長髪。目元は一見優し気な三十代後半の女性。優し気だが、この場にいる貴族は全員傲慢さが身に染みついている者たちばかりだ。そういう立場で暮らしてきたのだから仕方がない。彼女たちを責めるわけにはいかない。


 公爵は、手に持ったワイングラスを掲げて見せる。飲み干したらしく、既に空っぽだ。


「空」

「は、はい」

「見れば分かるでしょう。気が利かないのね。声を掛けられなくても持ってきなさい」

「失礼いたしました」


 高貴な見た目に似合わない余裕のなさ。


 それもそのはず、ここに集まったのはどちらかと言うと非主流派の貴族たちだ。ワルキューレに属していない。


 この現状には様々な政治的要因がある。アイリスが隣国を押し返した時、参戦したのは比較的新興で忠誠心の厚い、裏を返せば王家が無ければ立ち行かない貴族ばかり。しかも参戦に駆けつけるだけあって全員かなり若く、十代二十代が大半。三十を超える者はほとんどいない。


 それに対してここに集まっているのは王家が無くても割となんとかなる、中途半端に実力がある者たち。歴史はかなり長いが、それ以来ワルキューレとは区別されて冷遇されている。既得権益が多くて逆に窮地に立たされてしまったのだ。主流と対立してしまうとは可哀想な奴ら。そんな彼らを取り込み終えれば、このジルライン王国上層部は全て俺のものになる。


 だから叱責のことは許してやろう。


 さっきの空グラスのやり取りは、俺が狙って怠慢を演じたことだしな。


 俺を叱責してひとまず気分が良くなったのか、女公爵は微笑みながらワイングラスを傾ける。


 濃紫に染めた寄生糸が泳ぐワイン。それを何一つ疑うことなく喉に流しこむ。


 当然、寄生糸は胃まで落ちることなく鼻穴の内側に取り付き、耳穴の時と同様に速やかに脳みそへ。公爵が震えて立ち尽くす三十秒、あっという間に寄生を完了した。


「……? ……っ!? お”! ひ、ぃ、て、手足が……う、ごかな……」

「大丈夫、すぐに動きますよ。俺の思い通りにね」

「?! ……だ、だれか……!」

「誰も逆らえません。全員飲みましたから」

「あ……あ……!」

「俺は憂いていたんです。あなた方宿主が内部で対立していることにね。でも大丈夫、これからはワルキューレも旧貴族も全員、仲良くしてもらいます。仲良く養分になって貰います」

「……! ……! ……お”!?」


 宿主が健全であるように働くのは寄生者の義務だ。


 他の者たちはほぼ全員気絶。少々年が行き過ぎていて好みに合わない。ただ、この女公爵や何人かはギリギリ三十代だし、しばらく寝室で飼ってやってもいい。


――


 俺の膝を枕にして、気持ちよさそうに眠る公爵の頭を撫でる。


 王宮の完全支配を実感しつつ、俺は側に控えていたガーベラを呼びつけた。


「ガーベラ」

「はっ!」

「寄生糸入りのワイン、速やかに量産して瓶詰にして」

「はい!」

「ワインは年代物でなければ贈呈用に向かないのが難点だな……飲ませるのに時間がかかってしまう。ビールにした方が良いかな」

「それならば、今年の初物ぶどうをワインにしたブランドはどうでしょうか? 価値は下がりますが、その年の出来を測る意味で広く人気があります」

「それにしよう。出来る限り量を確保。高品質なものは各国の上層部へ贈呈。全て君の通商力の任せるよ」

「こ、こ、光栄ですっ!」


 宿主特有の虚ろな瞳でガーベラは笑う。


 何が正しくて何が間違っているか、聡明だったはずのガーベラは何もかも分からなくなってしまった。

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