第三話:謁見
アイリス・ジルライン。ジルライン王家の王女にして、第二王位継承権者。
容姿端麗。頭脳明晰。王国を統治するところ公正明大で、民からの支持率は百パーセント。
自身の直属である常備軍三千を率い、凄まじい指揮能力とカリスマ性で隣国の侵攻を撃破し続ける生きる伝説・神話。
『盾の乙女』の異名通り、大槍と大盾を携えて突撃する様は、まさに神話の守護女神。男性の平均身長よりも一回り高い体格、切れ長の瞳と、地の底から噴き上がるような濃い赤髪は、時として相手に畏怖すら抱かせる。まさに王国を守る盾、まさに完璧超人だ。
それほどに絶大な力を持ちながら、身体がやや弱い姉(つまり第一王位継承者)を親身に支える優しさを持つ。
それがアイリス・ジルラインである。
迸る魔力と、良く鍛えられた筋力で、堅牢な鎧も軽々と着こなしている。
わずかに青みがかった上品な灰色、大理石で一面を作られた謁見の間。その中央にある紅の絨毯は幾つかの段差にまたがっており、俺とガーベラは段差の下。アイリス王女は上だ。言わずもがなだが王族の地位は絶対のもの。その上下関係が覆ることは、ない。
女性同士でもその上下関係は絶対らしい。
護衛兵が広間の全周を取り囲む中、絨毯の上でガーベラが恭しく膝を突いた。俺もそれに倣う。姫様を間近で見る機会なんて一生に一度あるかないかだが、その圧倒的な気品に圧され、つい目線を落としてしまう。これが人の上に立つ宿命の者か。凄いな。
「門の街のガーベラ、参上いたしました」
「良く来てくれましたガーベラ。今日もぜひ、東方の情勢を教えて頂きたいものです」
「はっ!」
「……? その者は……? 見ない顔ですね」
ガーベラに目を向けていたアイリスが、今更気付いたかのようにこちらを向く。子供の頃から存在感の薄い奴だと言われていたが、まさか二人で参上しても最初は気付かれないとは……何たる日陰者。いいさ、その方が――俺の寄生魔法に合っている。
ガーベラが頭を下げたまま、俺を紹介してくれる。
「こちらは最近雇った魔法使い、ククルトさm……ククルトです」
「ククルトです。お初にお目にかかり、光栄でございます。王女様」
「ふむ、そうですか……」
「大した魔力も感じないし、雇うだけ無駄だろうに」と顔に出ている。
凄まじい槍や剣の使い手である一方、魔法使いとしても非凡な才を見せるアイリスは、一目で俺の格を見極めた。王宮に出入りするには至らない、落伍者だ、と。
毎日この国全体や諸外国から多くの人が訪れるこの王宮。姉に変わって渉外的な責務も果たすアイリスは、人の格を見抜く目に優れる。
少々プライドが傷ついたが、大丈夫。この後のことを思えば溜飲は下がりに下がる。
今は王女と険悪になるべきではない。
今は……時間を稼ぐ時だ。
決して退場などを命じられないように。決して警戒などされないように。粛々と、静々とことを進めるのだ。
(くそ、埃一つない絨毯が恨めしいぜ……)
寄生糸は気付かれていない。が、真っ赤な下地に白い糸はやや目立つ。
ガーベラの方で話題を盛り上げて、何とか誤魔化し切れるか……?
「なるほど、大陸の東端では島国がそれほどの健闘を。意外ですね」
「ええ、天候の助けもあったようですが、かの遊牧民族を退けるとは思いませんでした。これにて彼らも少しは勢いが収まるでしょう」
「ふむ、東端か……もう少し目を向けて見ても良いですね。あの地には良質の絹があると聞きます」
「では、交易路の確保を」
「はい。あなたたち筆頭商人に一任します」
「畏まりました。まずは~~」
よし。
よし、よし。
ガーベラとアイリスの話は大陸を駆け抜けるほどに壮大で、正直俺の視界を大いに逸脱する。まさに国家事業の話だ。
遠い東に絹がある? 島国が奮戦? 知らんそんなの。どうせ遠い異国の話だ。
それよりも何よりも……糸が絨毯を渡り切った。
アイリスの、武骨さの中にさりげなく繊細さを織り込んだ一品、最高級の鎧の脚部。そのつま先にたどり着いた。
焦ってはいけない。慎重に、かつ速やかに登れ。つま先からくるぶしへ、くるぶしから膝へ、さらに太ももへ。
寄生糸の視界は、取り付き完了前でも俺と共有できる。
アイリスの頑丈そうな鎧と、分厚いスカートに覆われて、男は誰一人見ることが出来ない神聖な太ももが見える。その付け根も。
ここで今すぐに寄生開始する欲求にかられたが、我慢。我慢だ。ここはあとで幾らでも、何回でも侵入できる。
それよりもまず脳。
脳みそを制圧し、全身をコントロール下に置くことこそ肝心。順番を間違えるな。
「こちらからはガラス細工や、獣毛皮、金製の加工品などがよろしいかと」
「金の流出は押さえたいところですが、止むを得ませんか」
「いえ、まずは金銀の相場の安定を図ります。主導権さえ握れば、為替を活かして逆に向こうから貴金属を吸い上げることも~~」
さらにへそを越え、稜線美しい山々を越え、首筋も抜け……遂に耳元へ到達した。
既に手慣れた、耳穴からの侵入成功。
この時点で、物凄い実験成果を得られている。アイリスは『盾の乙女』の二つ名で呼ばれる強力な戦士だ。当然、彼女を覆う魔法防御壁も生半可ではない。人間では最高レベルだ。その魔法防御壁を欺瞞するだけの隠密性が、この寄生魔法には備わっている。その辺の天才くらいだったら余裕だと思っていたが、最高峰のアイリスすら突破できるとは嬉しい限り。
これで、この寄生糸に対抗できる人間は居ないことが実証できた。
さて、これにて勝利確定。
灰色の大理石に紛れさせて放った糸で寄生済みの衛兵を、一人残らず退室させて広間に三人だけにする。
「……? どうした、衛兵! 戻って――あ”あ”っ!? ひぎ?!」
「…………よし」
「な、な、なんだこれは! あ、頭が、痒い! 頭蓋の裏が、ぞわぞわと……ぐ、ぅ……!?」
アイリスが、ジルライン王国最強の戦乙女が、両膝を突き頭を抱えたまま突っ伏す。
寄生開始。
物凄い勢いでアイリスの頭脳にアクセスしていく。前回は開始から五分もかかってしまったが、手慣れた今ならば一分を切れる。
いけ。
頭蓋骨に沿ってびっしりと、瞬く間に根を張り付けろ。
ぎゅうぅっ、と糸の操作を進めると、ほんの三十秒かかるかかからないかくらいで全神経の掌握を完了した。数をこなしたおかげか、至上の姫を前にしたからか、
「寄生魔法の、腕が上がっている……?」
「くっ、ひっ、ひいぎ、っ、き、さま……は、一体……」
「まあいいか。待機していなさいガーベラ」
「はっ!」
「が、がーべら……お前、まで……」
アイリスは必死に腰の剣を抜こうとするが、当然叶わず、代わりに腰回りの防具を外していく。随分と頑丈で複雑なのだな。これは本人の記憶を頼りに外させなければ、知恵の輪のように手間取ったことだろう。
その間に俺は絨毯の上を歩き壇上へ。
さらに進み、王族しか座ることの許されない黄金の玉座へ。
腰を下ろすと、汗と鼻水を垂らして混乱しているアイリスが目の前に歩み寄った。やはり、寄生直後のため焦点も虚ろになっている。どれ、こちらで合わせてやろう。
寄生糸を通して見えていた視界が、今はアイリスのものに置き換わっている。その視界の中央には玉座に座る俺が。まるで鏡を見ているようで、慣れないと奇妙な視界だ。
「ぎ、ぃ、い、貴様、ゆるさん……このような、不敬……」
「はいはい、よく覚えておけよアイリス。これがお前の伴侶の顔だ」
「き、ぃあ、あ”っ! あ”っ! だめ! わ、わたしは、第二王位――お”!」
がつん
と顎をカチあげられたかのようにアイリスはのけぞり、一震えして抵抗できなくなった。
支配された意識下、傍からみると自ら腰を下ろす形で、アイリスは玉座の上にまたがって来た。
――
ククルト・パラシーノ(魔法使い)レベル1
・所有スキル
寄生魔法:20 初等魔法:5 経済:100 交渉(商取引):100 交易:100 騎馬術:100 槍術:100 剣術:100 帝王学:100 戦略:100 戦場指揮:100
・特技
重装騎馬槍突撃(前提:騎馬術、槍術)
・主な寄生先
ガーベラ・クーランジュ(商人)
アイリス・ジルライン(第二王女)