第二話:経済
本作品は成り上がり速度を特急でお送りします
ガーベラの寝室で目を覚ます。
豪奢な部屋だ。隣接したクローゼットだけで俺の家よりも広い。
調度品は贅沢なものばかりだが、その中でもひときわ目の保養になるオブジェがベッドの隣に置いてある。
ガーベラ・クーランジュ。
俺の人形第一号が、額を床にピタリと付けて控えている。衣服を丁寧に折りたたんで隣に置くのは、教えてやった通りだ。
「おはようガーベラ」
「おっ、おはようございますククルト様!」
「お茶淹れて。濃いめ」
「はいっ!」
うん、気分が良い。
最初は恐る恐るだったが、この性悪女を顎で使うのも悪くない。控えめに言って最高だ。
それに住む家の心配をしなくていいというのは素晴らしい。この豪勢な部屋が一生俺の物か。家賃をどう払おうとか考えていた昨日がバカみたいだ。
ガーベラに『寄生』したことで、非常に多くの物を労せず手に入れられた。貧乏から一日にして脱却。抵当に入れていた土地は取り返し、潜在的な借金も全部チャラ。ついでにこの辺り一帯の土地や不動産は全部権利をこちらに移しておいた。大逆転万歳。
「ガーベラ、お茶淹れたら今日の分の居住料持ってきて。一日金貨八十枚ね」
「はっ、はい!」
「それと一晩一緒に過ごしたら追加で金貨百枚。三十路も近い女を渋々抱いてやったんだから、それくらいは払ってね」
「はい……!」
「あと何となく金貨五百枚頂戴」
「はい、で、ですが……昨日財産を全て差し上げたので手持ちがありません……」
「あ、そうか」
まず手に入れたのは財。
それもこのジルライン王国随一、大陸でも有数の商人一家が持つ金銀財宝、不動産、交易ルートなどを一手で獲得した。魔法道具の販売とかしている場合じゃない。即、店仕舞いした。
「じゃ、いいや。金は金を集めるって言うし、俺が欲しいとき以外はガーベラが管理して増やして」
「いぎ、っわ、分かりました……」
頭の違和感に悩みながらガーベラが返事をする。
俺がガーベラの脳みそ『寄生糸』を通して読んだためだ。嫌がらせをし放題してくれたガーベラの財産は全て巻き上げようかと思ったが、やめた。彼女の知識を読むに、金を増やすには元手が要るらしい。
生粋の魔法使いで、魔法以外のことを大して学んでこなかった俺にはありがたい経済知識だ。役立たせてもらおう。
これが今回手に入れたもの二つ目。知識。情報が命の商人であるガーベラ、その頭部に詰まっていた情報は凄まじい量と質だった。
それから三つ目は経験。つまりスキルだ。
ガーベラが長い年月をかけて必死に鍛え上げて来たスキル『経済』『交渉(商取引)』『交易』を、脳みそ読み込むことで獲得。初歩的な能力可視化魔法で見ると、既に人間の到達できる極限まで至っている。これもありがたく頂戴する。
サクりとした簡潔さで、スキル獲得について説明書の羊皮紙には書いてあったが、これって凄まじいことじゃないか。例えば伝説的な才覚の剣士などに寄生できれば、魔法使いと言うインドア派でありながら高度な剣術を習得できる。
まあ、今回は剣術ではなくて、もっと平和的で戦略的なスキルを獲得できた。ある意味剣術よりも有用なので良し。
おかげで経済的な思考も出来るようになっている。
「今思えば、確かに俺の実家は交易路の十字路とするのにとても適しているな」
「はい……! ですが、ククルト様のご実家を畏れ多くも動かすわけには……」
「いいや。動かそう。手持ちの資産を使えば、実家の結界とかも丸ごと移動できるし。しばらくはガーベラの寝室で寝泊まりするから、適当によろしくやっておいて」
「あ、あ、はひ」
立ち退き拒否していたのに、我ながら手の平を返すのが早い。
あんまりな手の平返しだが、交易路の旨味を自分が手に入れられるなら話は別だ。操り中以外はガーベラに一任して、一大経済圏を作り上げて貰おう。美味しい所だけ、寄生させていただいてたっぷりと吸い上げる。
さらに手に入れられたもの、四つ目は人脈。
ガーベラという大商人のもとには、大量の使用人や傘下の経営者、交易相手などが集まってくる。蓄えや金貨の流通量に基づく、ガーベラの信用は非常に高い。信用、平たく言えば、全員油断している。
昨日の時点で、あっさりと面会時に寄生糸を潜り込ませてもらった。
この辺りの経済活動の主流に、俺の糸が入り込んでい無い者は居ない。ついでにそろそろワンランク上の人脈にも寄生させて貰おう。
「ガーベラ、君の知り合いで一番影響力のある人物は誰かな」
「そ、れは……あ、ひ、い、ジルライン王族の方々かと……」
「王族!? ガーベラは王族に謁見できるのか。凄いな、流石大商人。で、いつ謁見できる?」
「わ、私が希望を出せば明日にでも……」
「……いいね」
この国の王族と言えば、亡き夫に代わって善政をしく王妃や、麗しの王女、その護衛などなど。俺は一言も話したことが無いし、見たことも遠目でしかない殿上人。美人で寄生のし甲斐がある人物が目白押しだ。たっぷりと寄生糸の準備をしておく必要がある。慣れてしまえばこいつを放つのに、数に限りはないしな。
そして忘れていけない戦利品その五。
このガーベラそのもの。
財産だとか、大商人だとか、スキルだとか付属的なことを色々挙げたが、結局これが一番うれしい戦利品だ。
豊満で、完熟した色白の美女。これに比べれば他のことなど副賞に過ぎない。
「美味しかった。富豪っていい茶葉使っているんだなあ。……さて、ガーベラ」
「はひ!」
「王宮での謁見が明日という事で、今日は暇だな」
「……あ、あ」
「取りあえず朝から晩まで、飽きるまで使わせてもらうか」
「ひ、ぃ、お、おかしい……何か、おかしいのに……何がおかしいか分からない……」
「あー、無駄無駄」
ぐちゃぐちゃになっている思考回路に苦しみ、ガーベラは両手で頭を抱えている。その頭蓋の中ではたっぷりと我が分身が活動させて貰っているが、彼女にはどうしようもない。頭蓋を開くことなど出来るはずもないし、出来たとしても一生外せない楔だ。
幾ら頭をさすっても詮無きこと。無駄なことを繰り返しても可哀想なので、両手を剥がして指を絡め合う。額を合わせて押し倒し、完全に逃げられない体勢にする。まさに打ち上げられた魚だ。あとは美味しく頂くだけ。
「ガーベラの家の侍女とかで実験してみて分かったんだ」
「……? ……?」
「耳から侵入して自由を奪うまでほんの五秒。この時点で外部から干渉が無ければ、即詰み。それから脳みその意識を塗り替え掌握するまで五分。それ以降はどんなに抵抗しても無駄」
「ひ、……ひいい、分からない! たす、助けて……!」
「無駄無駄。ほら、どんどん好きになるぞ」
「あ”……っ! あ! あ! ククルト、様! ご主人様! 助けて、好き、ダイスキ、ダイスキ……」
寄生深度増大時特有の、意味不明の発声と焦点の不安定化が起きる。良い寄生の浸透具合だ。
クソムカつく大家だった時のお返しを、昨晩から引き続きたっぷりと叩きこませてもらおう。
財産、知識、経験、人脈、そして身体。
この寄生魔法を使えば何でも簡単に、非暴力的に手に入れられる。これってもしかして、世界征服とか行けるんじゃないか。
一息つき、ガーベラの金髪後頭部に足を乗せながら、ちょっと世界に寄生してみようかと俺は考えた。
――
ククルト・パラシーノ(魔法使い)レベル1
・所有スキル
寄生魔法:10 初等魔法:5 経済:100 交渉(商取引):100 交易:100
・主な寄生先
ガーベラ・クーランジュ(商人)