第十四話:決戦
情報と人材、軍勢は整え切った。
さあ、シォンウ国と決戦だ。
その意気込みは少々予想外に待ったをかけられた。
多数の前線で、我々はシォンウ国に後れを取ってしまったのだ。徹底した情報管理と厳罰、そして寄生糸の這い寄るのが追い付かないほどに縦横無尽な、騎馬部隊主力がその理由だった。
「――報告は以上だ、ククルト。やはりどの戦線も押され気味だな」
「南部の方は大打撃ですか。姫様を前線に出さなくてよかった」
「敵の別働隊に襲撃されたらしい。鹿の死体が上から降って来たと思ったら、騎馬隊が崖から突っ込んできたと」
「なにそれこわい」
聞けばどっかの島国からの逃亡者だとか。
妙な奴がいるが、これはあくまで局地的な話。敵主力を叩けていないのが重要だ。こちらのオーガ重鎧兵が、敵主力の機動に追いつけず大陸を右往左往してしまっているのだ。会敵さえできれば……。
この巧みな用兵を可能にしているのは、敵の厳格な軍事行動規範と、それを可能にする頂点のカリスマ性だ。
シェンリュ・シォンウはシォンウ国の帝王、絶対者。
その仮面の陰に隠れているのは実に良い女らしく、早く寄生したいのだが会えない。会いたい。会いたくて震える。恋い焦がれるようだ。
そんな臨機応変なシェンリュの戦略に、俺は寄生糸の諜報の力を利用した。
彼らの特徴、それは――
――
東と西の境。
交易と軍事ともに価値の高いこの地に、現在進行形で要衝が築かれている。
オーガの腕力、ドワーフとフィンルドの冶金術、ガーベラやプジョン公国の交易術。その全てを動員して、築城は凄まじい速度で進んでいた。重要部分に使うのはジルライン王国の手の者だが、細々した単純作業部はシォンウ国からの捕虜を酷使した。昼夜問わずの突貫工事だ。
その工事の様子をアイリスが不安そうに眺めている。
「なあ、ククルト」
「ん、なんです姫様」
「築城で対抗するのは分かる。奴らの機動力に野戦でぶつかるのは危うい。どこかで方陣や城壁を金床にしなければなるまい」
「金床戦術、流石姫様お詳しい」
「だが、それをするならもっと後方でなければ。こんなに王国本土から離れていると、無視されて本拠を狙われるぞ」
「そうはならないでしょう」
理由は一つ。彼らの攻城兵器の特性だ。
シェンリュ率いるシォンウ国は以前、東端の島国を強襲し撃退されている。その時は騎馬隊を使えなかったからと言うのが敗因だが、そもそも何故使うことが出来ない島国を叩いたのか。それは船を手に入れたからだ。
大陸の中央で発達した彼らには、造船技術が少なかった。だから試したかったのだ。同様に、造船技術が優れる国を叩いた時は最新の攻城兵器を使った。記録と記憶をまさぐるに、その時の攻城兵器は別の国から接収したもの。そしてどうやら、まだ一回しか使っていない。
シェンリュは新しい物好きだ。
強者が強者であり続けるには、他者から奪って自らの栄養にしなければならない。ということを理解している。シェンリュは強者であり、略奪者であり、そして――
「寄生者だ。だから会わなくても、会いたくて震えているだけで分かる。こいつは前々回の攻城兵器の活躍に、満足していない」
その攻城兵器は優秀だが鈍足。前回は使い始めた時点でほぼ勝ちかけていたし、今回も後方のジルライン本拠地を狙うのは遠すぎる。
だからこの城を攻めてくるはず。
という予測は当たった。
物見からの報告からものの数刻、水平線が雲のような騎馬の大群で埋まる。流石百戦錬磨のシォンウ騎兵、展開が早い。正面の東方は既に包囲準備中。左右もじりじりと迫ってきている。
その精鋭も今日までだ。
「よし、引きつけは十分。ベロニカ、アネモネ、撃て」
「「撃て!」」
フィンルド家とドワーフ族、金属加工技術を得意とする二つの集団の長が号令。こちらの拠点から『大砲』が発射される。
新兵器『大砲』。
火薬と高精度で上質な冶金術の組み合わせ。魔力不要。少々重く、準備が大変だが、こちらから一方的に鉄の塊をぶつけられる。この隠し玉をこんなに早く解禁するのは想定外だが、製作陣は一人残らず寄生済みなので問題あるまい。情報流出の懸念が無いことも、寄生糸の強力な特性の一つだ。
大砲の轟音に馬が怯え、シォンウ騎兵の足が止まる。
続いて各地で指揮官の暗殺を開始。味方の筈のタニヤたちに次々と首を刈り取られ、男の指揮官は沈黙。女の指揮官は勿体無いので絞め落すだけにしておいた。
北方では丘に偽装していたオーガ兵が蹂躙を始め、南方では死を厭わぬ新月教徒が突撃を開始。
現場指揮官不足で各所が連携を欠き、ついに諦めて中央が引き始めた所を、宿主強化で不死に最も近くなったワルキューレ三千が蹂躙して勝敗は決した。
こちらの策の濁流に、シォンウ国は最後まで手を打つことが出来なかった。満足げにそれを眺めて、勝利を確信した俺は腰を下ろす。
「はい、勝ち~。また勝ってしまった。強すぎて申し訳ない」
「城下に敵兵!」
「……は?」
「数およそ二百! 土煙に紛れて迂回した模様。すでに城門に取り付き――いや、突破されました!」
「は? おい、止めろ」
「シェンリュの直属部隊です。も、もの凄い速さで駆けあがってきます!」
「と、止めろ。なんでこれで負けるんだよ」
シェンリュは戦略面で負けた。
俺は彼女の新技術への寄生癖を見抜き、狭い選択肢を読み切ったことで必勝の布陣を敷けた。策をいくつも積んだ防御陣に敵が向かってくる。これほど勝てる戦いはない。
それでも奴は、戦術面で盤上をひっくり返そうとしている。なんて腕力だ。
直属兵の練度もすさまじい。しまった、これではワルキューレ以外は対抗できない。ワルキューレは敵主力の追撃に向かわせてしまった。手持ちの一般兵では、じりじりと敵直属兵の数は減らせているが勢いを止めきれない。なすすべなく、俺が居る城の上層まで侵入を許す。
一気に駆け上がったのは、獣を模した不気味な仮面の女帝。
東方特有の艶やかな黒髪。男と見間違うほどの長身と筋量。騎馬用の武器を捨て、城内向けの短剣を二つ。その刃も全身も、大量の鮮血に塗れている。
「こいつが……シェンリュか」
「アイリス・ジルラインと……? 宮廷魔法使いか。この度は尊敬に値する用兵ぶりだ。が、死んでもらう」
「ククルト、私に任せろ――」
「いえ、御下がりください、姫様」
シェンリュから放たれる強烈なプレッシャー。こいつは危険だ。アイリスでも相打ちに持ち込まれるかもしれない。
アイリス、ベロニカ、アネモネという貴重な宿主を失うわけにはいかない。戦闘態勢に入ったアイリスたちを手で制し下がらせる。もっと下がれと手で示したところで、
「隙だらけだ」
どしゅっ
と白刃一閃。
後ろの三人へ振り返るのと、シェンリュが俺の首を刎ね飛ばすのは同時だった。
視界が舞う。
絶望的な表情を浮かべるアイリスたち。くるくると回転し青空を向く視界。それから見えるのは、次の得物へと一歩近づくシェンリュの耳元。
首だけでその耳へと寄生糸を飛ばし、糸を手繰り寄せて首元へと噛みつく。
「!?」
「そちらこそ、隙だらけだったな」
「あぎっ……? あ? あっ? 耳に何を……や、やめ……」
「悪いなシェンリュ。首だけにすれば死ぬと思ったか? 胴体が無くても宿主さえいれば、問題なく生きられる。君の部下の暗殺者が教えてくれたよ」
「ほっ、お”? お”? は、ひ……」
三人の宿主に下がれと命ずるなら、寄生糸を通すだけで良い。わざわざ振り返って見せたのは、首を落とさせ戦場の駒から除外されるためだ。
短剣を取り落とし、膝をつくシェンリュ。
寄生時特有の呆け状態に入った彼女に対し、俺の方は胴体がひとりでに起き上がり、首の傷を寄生糸が縫合していく。
強引に仮面を剥ぎ取ると、そこには気の強そうで屈服させがいのある女が居た。
――
ククルト・パラシーノ(魔法使い)レベル24870
・所有スキル
寄生魔法:100 初等魔法:100 経済:100 交渉(商取引):100 交易:100 騎馬術:100 槍術:100 剣術:100 帝王学:100 戦略:100 戦場指揮:100 甲冑組手:80 弓術:80 内政:100 採掘:100 鋳造:100 オーガ語:100 採掘(ドワーフ流):100 鋳造(ドワーフ流):100 交易(船):100 信仰魔法:100 高等魔法:100 魔術研究:100 隠密:100 暗殺術:100 遊牧:100 攻城:100
・特技
重装騎馬槍突撃(前提:騎馬術、槍術)
オーガ指揮(前提:戦場指揮、オーガ語)
最先端冶金術(前提:鋳造、鋳造(ドワーフ流))
陸海交易最適化(前提:交易、交易(船))
寄生魔法発展(前提:寄生魔法、初頭魔法、高等魔法、魔術研究)
・主な寄生先
ガーベラ・クーランジュ(商人)
アイリス・ジルライン(第二王女)
ワルキューレ三千人(重装騎兵)
マリー・ジルライン(第一王女)
ラケナリア・ジルライン(王妃)
ベロニカ・フィンルド(辺境伯)
アネモネ・イーミール(ドワーフ令嬢)
リリィ・プジョン(プジョン公爵)
サルヴィア・グレンヴィル(新月教大教皇)
マルベリー・ウィスダム(魔法学校教授)
タニヤ・ジェャルゥ(シォンウ国暗殺者)
シェンリュ・シォンウ(シォンウ国女帝)
・獲得ユニット
アルベルト・カウフマン(魔法剣士)
オーガ五万頭(重鎧兵)
新月教殉教兵三万人(僧兵)
シォンウ国先遣工作部隊十五人(暗殺者)