第十三話:暗殺
月明かりが雲に隠れる。
ジルライン王宮の一角。今日も精力的に寄生先を広げていた俺は、一息ついて水差しを取ろうとしていた。
「しまった、空だな。補充係のやつサボったな」
別に夜だろうと昼だろうと、適当な寄生先を呼び寄せて持ってこさせるのも良い。
ただ何となく、そう何となくと言うしかない。
宿主を昼夜問わず無暗に動かせば不健康で、養分を搾取する俺からすれば長期的に見て悪手。そんな寄生呪文使いの本能としか言いようのない理由で、俺は水差しを手に部屋を出た。下の階に降りれば誰か当番がいるだろう。いつもならワルキューレの護衛達も居るのだが、今日は他の業務との兼ね合いもあって交代要員が遅れている。仕方ない、自分で行こう。
そう思って部屋を出た先。何か黒いものが視界の端を掠めた。
「……? 誰だ」
部屋を出て左はアイリスやマリーたち王族しか居ない。護衛兵ならば、俺の部屋から見て右手の筈だ。そこで侵入者をシャットアウトする。
何故、最終防衛線を越えた俺と俺の女しか居られないはずの空間に、他の誰かがいるのだ。不審に思った俺は視界を左に固定したまま、ニュートラル状態にしておいた護衛兵当番たちに接続をかける。
おかしい。
当番の屈強な大男二十人、誰一人として応答がない。死んでしまっている。
雲が晴れる。
月明かりが徐々に室内に差し込み、アイリスたちが眠る扉を開けようとしている侵入者の姿が露わになった。
黒装束。見慣れぬ衣装は我々西方諸国の趣と異なる。明らかに異国の、つまり東方の文化に影響を受けたものだ。
「……! 貴様、シォンウ国の――」
「シッ!」
真っ黒に塗られた刃が走った。
部屋を出て半身、きょろきょろと周りを見回していた俺の後頭部側。死角かつ頸動脈付近を、目にも留まらぬ速さで一閃。
血が噴き出、膝から崩れ落ちる。
倒れ込んだ頭頂部に、侵入者の足が近づく。
「情報には無かったが……ジルラインの宮廷魔法使いか」
「……がっ、ぼ……ご……」
「他愛ない。残りはアイリス、マリー、ラケナリア・ジルライン――」
「ぐ……く、くっくっ、くっ」
「……!」
息をのむ音が聞こえる。
この侵入者は優秀だった。驚愕から再攻撃への切り替えが早い。俺が生きていることに驚いてから、状況を整理するよりもまず仕留めることを優先した。
しかし、あと一歩届かなかったな。とっさに投げられたクナイは、いつの間にか立ち上がっていた護衛兵の亡骸に阻まれた。
「こいつらは……、貴様死体使いか!」
「ふっふー、あ”ー、うむ、よし」
「傷が……癒えて……」
「死体使いという言い回しは、少し違うな」
俺は立ち上がりながら首元をさすり、先ほど傷つけられた頸動脈と声帯の具合を確認する。全く問題ない。
先日大魔法使いを手勢に加えた俺は、寄生呪文の大幅な発展に成功。この程度の致命傷ならば即座に回復できるほどの技術を身に着けている。
「たまたま扱う技術の一部が死体使いの特性も持っている、と言う方が正しい」
「化け物め、ならばもう一度殺すまでだ」
「悪いがその刃物では何回やっても死なないさ」
はったりではない。
幾つか新スキルはあるが、取りあえず今回使ったのは次の三つ。
寄生糸縫合。
自分の意のままに操れる寄生糸を、予め自分の体内に放っておく。基本は接触した相手に移すための備えだが、今回のように糸そのものを縫合材として使い、傷を塞ぐことができる。
緊急寄生。
通常時は寿命や生命力を緩やかに宿主から頂いているが、飢餓、病気、怪我などの緊急時に吸い上げる量を増加。いくつかの宿主の大幅な寿命と引き換えに、傷の治りを桁違いに向上する。
死体寄生。
寄生範囲を生き物から元生き物にも広げたスキル。この宿主からは全く栄養を吸い上げることはできないが、宿主強化のスキルを応用して死体を操ることができる。
「ま、言っても分からないだろうけれどな。さて、無限に立ち上がってくる護衛を殺し切れるかな」
「くっ、この……! しつこい!」
侵入者は見事な刃さばきで護衛兵を切り飛ばす。まだ一分も経たぬ間に既に三十回は倒したはずだ。護衛は二十人しか居ないのに。
切って倒し、倒れては立ち上がり。ついに均衡が崩れる時が来た。
腕を弾き飛ばされた護衛兵が、それを意に介さず突進。細身の侵入者を強かに打撃した。
壁に打ち付けられた侵入者はそのまま多数の死体に覆いかぶさられ行動不能。その耳元に糸を一匹這わせる。
「それにしても、ワルキューレの交代タイミングを読み切っての侵入か。優秀だな。これは警護の内容を少し見直す必要があるな」
「ククルト様!」
「遅いぞ、お前たち」
交代のワルキューレたちが、慌てた様子で駆けつけてくる。
まったく、寄生呪文は本体の俺を叩かれるのが一番きついのに油断した。次からは交代の隙を発生させないようにシフトを組まなければならない。
まあ、今回ワルキューレが居たらもしかしたら何人か殺されていたかもしれない。見目麗しいこいつらに損耗が無かったのは怪我の功名か。
「さて」
「あ”っ……! あ”っ……! やめ、ろ、頭が、溶ける……!」
「自決用の薬は吐き出してもらうぞ」
「ひっ、こ、ころへ……」
「女か」
ワルキューレが侵入者の仮面を剥ぐと、そこには思ったよりも可愛らしい少女の顔があった。
やはり、こちら西方諸国の顔立ちではない。
堀が浅く切れ長だが大きな黒い瞳。カラスのような黒い艶やかな髪を後ろで纏めている。
「名前は?」
「誰がしゃべるk――タニヤ……な、何だこの呪術は……!」
「歳」
「十八、やめ――」
「所属と目的」
「シォンウ国の暗殺部門。も、目的は西方諸国の首脳部暗殺……私の担当は、ジルライン王、国……」
「担当という事は他の仲間もいるな。実行計画を洗いざらい吐け」
「ひっ、ひっ……! 何故口が勝手に……!」
縛られても居ないのに両手を後ろに回し、足を指一つ動かせないタニヤがエビぞりになって抵抗している。無駄だ。
さて、暗殺概要のことはよく分かった。西方諸国の首脳部は寄生済みだから失うのは惜しい。
幸い対処が間に合いそうだ。
記憶を読み解くに、やはり西方最大のジルライン王国が最優先だった様子。警戒が最も少ない初手をここに選んでいる。
ならば今から情報を共有すれば、侵入者は一網打尽に出来るな。諸国の姫君にはいい女も多いし、暗殺者は俺が手ずから対処してやろう。
「身代わりを立てて、毒見役を作って、護衛を張り付けてっと。おい、他の奴らを迎え撃つには何人くらいいればいい」
「くっ、う”う”、わ、私が一番優秀だったから……他は精々三十人も付けておけば……くぅ、や、やめろ! 股を開くな!」
「お前が自分で開いているんだろうが」
「く、そ……もう充分だろう」
「まさか」
まさか、こんな貴重な情報源をしゃぶり尽さないわけがあるまい。
「暗殺者のことを吐きおわったら、次はシォンウ国のことだ。命令系統、価値基準、指導者の弱点」
「い、いやだ」
「部隊編成、動員日程、奥の手、全部吐いて貰おう。ベッドの上でな」
「ひっ……! ぎぃ、あ、頭が……おかしく、なる……とける……」
前後不覚に陥ったタニヤは、自分の足で俺の居室へと歩いていく。
ぐるぐると目を回しながら、しまりが悪くなった口元から涎を垂らしながら。
シォンウ国の貴重な情報を寝具の上で喋り続けた。
――
ククルト・パラシーノ(魔法使い)レベル24870
・所有スキル
寄生魔法:100 初等魔法:100 経済:100 交渉(商取引):100 交易:100 騎馬術:100 槍術:100 剣術:100 帝王学:100 戦略:100 戦場指揮:100 甲冑組手:80 弓術:80 内政:100 採掘:100 鋳造:100 オーガ語:100 採掘(ドワーフ流):100 鋳造(ドワーフ流):100 交易(船):100 信仰魔法:100 高等魔法:100 魔術研究:100 隠密:100 暗殺術:100
・特技
重装騎馬槍突撃(前提:騎馬術、槍術)
オーガ指揮(前提:戦場指揮、オーガ語)
最先端冶金術(前提:鋳造、鋳造(ドワーフ流))
陸海交易最適化(前提:交易、交易(船))
寄生魔法発展(前提:寄生魔法、初頭魔法、高等魔法、魔術研究)
・主な寄生先
ガーベラ・クーランジュ(商人)
アイリス・ジルライン(第二王女)
ワルキューレ三千人(重装騎兵)
マリー・ジルライン(第一王女)
ラケナリア・ジルライン(王妃)
ベロニカ・フィンルド(辺境伯)
アネモネ・イーミール(ドワーフ令嬢)
リリィ・プジョン(プジョン公爵)
サルヴィア・グレンヴィル(新月教大教皇)
マルベリー・ウィスダム(魔法学校教授)
タニヤ・ジェャルゥ(シォンウ国暗殺者)
・獲得ユニット
アルベルト・カウフマン(魔法剣士)
オーガ五万頭(重鎧兵)
新月教殉教兵三万人(僧兵)
シォンウ国先遣工作部隊十五人(暗殺者)