第十一話:新月教
東方情勢に不安あり。
各地に潜ませていた糸付き宿主から、余り喜ばしくない知らせが続々と入って来た。
「アイリス、東方で何が起こっているんだ?」
「恐らく……遊牧民族のシォンウ国が再び勢力を拡大している。大陸端の小国に撃退されて以降、大人しくなっていたのだが」
「またやる気を出してきたという事か」
迷惑な話だ。
争うならば東方だけでやってくれればいいものを。
だが降りかかる火の粉は対処しなければ。せっかくの楽園ジルラインを他人が踏み荒らすのは困る。
「では君とマリー、ラケナリアで西方諸国を連合させるように動いてくれ。糸で多くの敵は削れるだろうけれど、時間が足りない。最終局面では連合した武力が必要になるはずだ」
「それが……」
「?」
アイリスの口調は歯切れが悪い。
どうしたのだろうか。寄生の効果が薄くなっている? まさかそんなはずはない。が、試してみよう。えい。
ドバッとアイリスの脳みそに魔力を流し込むと、
「んびぎぃ! っ、ぅ! っ、好き、ククルトダイスキ……」
「ふむむ」
やはり応答性は問題なし。
彼女は嫌がっているわけではなく、単純に困っているようだ。
「何か困りごとか? 姫様」
「っ……くっう”…………せ、西方諸国の会合は恐らく、集まりが悪いだろう」
「ん? 確かに絶賛ばら撒き中の寄生糸は他国まで広がり切っていないが、それでも最強国のジルラインが声を掛ければ集まるだろ?」
「いや……新月教の大教皇が待ったをかける。本来信仰を同じくしている者同士だが、今我々はかなり敵視されているからな」
そうだった。
新月教、西方諸国に大きく広がっている大宗教だ。当然ジルライン王国やその周辺、つまり東方からの襲来に一致団結するべき面子が揃っている。
ただ、最近のジルライン王国はオーガなどの魔物を使役しているという噂が立っており、そしてそれは事実であり、魔物を神の敵とみなす新月教と仲が悪い。
実の所、大教皇は本当にジルライン王国を遠ざけたがっているが、取り巻きには主導権を握りたいだけの者も多いとか。オーガを使ってプジョン公国を打撃すればそれを建前に新月教に嫌われ、しかしそれをしなければ属国が一つ離反していたかもしれない。政治と言うのは面倒だな。
「よし、決めた。新月教の総本山に乗り込もう」
「だが、歓迎はされないだろうな……」
そんなアイリスの心配が、最初の内は当たっていた。
――
ジルライン王宮と同じくらいに豪華な大聖堂。
白壁と翠屋根の尖塔が幾つも立ち並ぶこの建物が、新月教の総本山だ。
その中央部。
新月教の大教皇サルヴィアがアイリスを糾弾している。
「――この通り、ジルライン王国は明らかに魔物であるオーガやヒュドラ、ドラゴンを使役している! これは神の敵である魔物、悪魔に迎合する行いであり、到底許されるものではない!」
「……」
「な、なんとか言わんか、ククルト……!」
「まぁまぁ、姫様」
サルヴィア・グレンヴィル。
百獣の王のたてがみのようにボリュームのある金髪、こちらを値踏みするような碧眼。祭服用の金細工が散りばめられた高い帽子を乗せ、幾重もある丈が床までのローブを身に纏っている。暑くないのだろうか。
サルヴィアは大教皇という地位の割に若い。確か二十かそこら、俺より年下の筈だ。
この新月教の組織構成にも当然、『魔術に優れる女性が上に立つ』という常識がある。サルヴィアは圧倒的な信仰系魔法の使い手。誰よりも主に近づける存在として、一足飛びに大教皇の地位に立った。他の幹部の顔ぶれを見ても、若く優秀な女性と、今まで長年功績を積んできた老男性という並びだ。
そんな彼女らの権力は絶大。ある意味王族であるアイリス姫よりも力は大きい。
この先人々の信仰心が薄れるような時代が来れば分からないが、少なくとも今は西方諸国のほぼ全員が新月教を信じている。悪い行いをしたり、悪人と付き合ったりすれば、いずれ来る月が閉じる時、新たな世界への旅立ちに加わることが出来ない。個人的には与太話だと思うが、割と多くの人がこれを信じている。だから、その宗派の頂点に立つサルヴィアたちがジルライン王族を糾弾すれば、国は上下をひっくり返したような騒ぎになる。
まあ、アイリス王女やマリー王女たちの人柄のおかげで国民全員が離反することは無いだろうが……。それでも混乱は避けられない。民の支持と安定とは、アイリスたちにとって一番の致命点なのだ。
「そちらの国のこれまでの貢献は多大だが、しかし教えに例外は無い。ジルライン王国首脳陣を破門とする。先ほど言っていた西方諸国の連合など言語道断だ」
「……」
「……おい、ククルト。あのオーガは貴様が引きこんだのだろう? いい加減申し開きを……!」
「まぁまぁ見ていてくださいよアイリス様。すぐにあの女もあなたの仲間にしてあげます」
「……?」
アイリスは怪訝そうな顔を崩さない。
それもそうだろう。彼女は寄生糸という切り札のことを知ってはいるが、その弱点も知っている。相手、この場合サルヴィアに取り付かなければ発動できない。
そしてこの新月教の総本山には、極めて厳重で強力な防護円が施されている。ありとあらゆる害虫をシャットアウトする結界。事実、アイリス本人に根差し、同化し、外れなくなった分を除き、寄生糸は俺達の参上時に持ち込めていない。だからサルヴィアも油断している。
だが絶対的な守りなんてものはこの世にない。
いつだってその密封性は、人、特に味方の手によって崩されるのだ。
「むしろ、我々は東方諸国との戦の前にジルラインめと一戦交え――かひゅっ!? ……?! ……?! あ、あひぅ!」
「はい寄生成功」
「……な、これは……! 侵入系の魔法! そんな、総本山の結界をどうやって、お”っ!? あっ、いぐ!」
「よし、よしよし、よくやったククルト・パラシーノ」
錫杖を手放し、代わりに自らの分厚いローブをまくり上げてサルヴィアは仰向けに倒れる。
他の教皇候補の女たちも、同じように椅子に座ったままぐったりと気を失う。老男性たちが群がる。
サルヴィアに近寄る俺に、興奮収まらぬ様子で話しかけてくる男。彼はこの新月教の司教の一人。サルヴィアほどの才覚には遠く及ばないものの、長く我慢強く新月教の布教に従事し、ようやく司教に至った苦労人だ。
「どうも司教。糸の搬入ありがとうございます」
「ふ、ふふ、これでサルヴィアめも他のメスガキどもも、今晩……」
この司教がどうやって糸を持ち込んだのか。
簡単だ。祝福済みの祭祀用装飾に紛れ込ませた。既に神聖判定済みの装飾、これの中に寄生糸を仕込み、この中央広間に運び込む。結界を通り抜けさえすれば後は動き放題。サルヴィアの演説を適当に聞き流し、糸が取りつく時間が過ぎるのを待つだけだ。
『どうやって』、と言うのは簡単だ。所詮悪意のある内部の人間の行い、完全に弾くのは不可能。では『なぜ』この司祭が俺に協力したのか。
「気持ちは分かりますがね。若く才能のある美女が、自分が数十年かけて築いた地位をあっという間に跳び越える。許せません。寝具の上で分からせたくなりますよね。おや、綺麗な太ももだ」
「かひゅっ……! く、司教、貴様……教えを裏切るつもり……」
「どけ、パラシーノ。その女は私のものだ」
「お断りします」
「馬鹿な! 約定ではサルヴィアめを一晩こちらの好きにさせると――」
「あっれ、そんなこと言ったかなあ。……優秀な女相手に、下剋上したい気持ちは分かりますよ。でも、やるなら自分の手でやらなきゃ。外敵に頼ったら、外敵に全部持っていかれるんですよ」
眼の前の司教も、他の女に取り付こうとしている男どもも、全員糸にからめとられて一歩も動けない。
裏切りご苦労様。
君たちの役割は終わりだ。そんな君たちに美味しい所を一口でも、分け与えるはずがないだろう。
震える司教を視界の端から追いやり、俺はサルヴィアを優しく撫でて和解する。
「さあサルヴィア。西方諸国に大号令だ。東方へ、ジルライン王国の下で東方へ。そのためには?」
「わかっ、分かりました! ジルラインの姫君たちの破門は取り消します!」
「よろしい。他にも、頭の中に降って来た命令があるね」
「信者たちには全員、このワインを飲むことを義務付けます!」
「うむ」
「それと、ククルト様には一生逆らいません! あ”っ、だめ、私の信仰……盗らないで、とらな……く、ククルト様が私の新たな信仰対象です!」
「大変よろしい」
信念に凝り固まったサルヴィアは、こうして一生涯を俺に捧げることになった。
――
ククルト・パラシーノ(魔法使い)レベル6310
・所有スキル
寄生魔法:60 初等魔法:5 経済:100 交渉(商取引):100 交易:100 騎馬術:100 槍術:100 剣術:100 帝王学:100 戦略:100 戦場指揮:100 甲冑組手:80 弓術:80 内政:100 採掘:100 鋳造:100 オーガ語:100 採掘(ドワーフ流):100 鋳造(ドワーフ流):100 交易(船):100 信仰魔法:100
・特技
重装騎馬槍突撃(前提:騎馬術、槍術)
オーガ指揮(前提:戦場指揮、オーガ語)
最先端冶金術(前提:鋳造、鋳造(ドワーフ流))
陸海交易最適化(前提:交易、交易(船))
・主な寄生先
ガーベラ・クーランジュ(商人)
アイリス・ジルライン(第二王女)
ワルキューレ三千人(重装騎兵)
マリー・ジルライン(第一王女)
ラケナリア・ジルライン(王妃)
ベロニカ・フィンルド(辺境伯)
アネモネ・イーミール(ドワーフ令嬢)
リリィ・プジョン(プジョン公爵)
サルヴィア・グレンヴィル(新月教大教皇)
・獲得ユニット
アルベルト・カウフマン(魔法剣士)
オーガ五万頭(重鎧兵)
新月教殉教兵三万人(僧兵)