第十話:属国
アイリス第二王女が怒っている。
何をそんなに怒っているのかと思ったら、なんと外交に不手際があったとのこと。
普段は王族らしく冷静沈着な振る舞いを見せるアイリス。彼女の様な立場の人間が慌てふためくと、民草が動揺する。俺が王宮入りする前では、アイリスが感情を乱したという話は一度も聞いたことが無い。
だから、俺の居室ではプライベートな顔を見せるようになったアイリスに、得も言われぬ満足感を覚える。
いずれ寄生の違和感まったくない状態まで持っていき、末永く愛し合う夫婦になってやる。
「落ち着いてよ姫様」
「これが落ち着いていられるか! おのれ……プジョン公国の奴ら……」
「プジョン? それウチらの属国ですよね」
「ああ、三世紀以上前からの慣習だ。それをあいつら突然、両国の不平等協定を見直したいと言って来た……!」
「見直し……?」
プジョン公国はジルライン王国南東に隣接する小さな国だ。
地理も近いが、成立タイミングもほぼ同じ。友好関係を築いていた当時の有力者に、ジルライン建国者が爵位を与えて独立採算を認めて今に至る。
プジョンには鉱山や工芸、酪農などの産業が少ない。土地は痩せていて、ジルラインからの食料供給に頼っているのが現状だ。食料の代わりに差し出されるのは軍備、そして港。軍備はつまり、王国に火急の時あらば騎士が駆けつけるという取り決めだが、肝心なのは後者である。
プジョンは良港を多く抱える。
港を通る物には当然関税がかけられる。水や簡素な食糧、燃料も売れる。何も第一次産業を抱えなくても、経済的に非常に有利な立地なのだ。
「で、プジョンの要求はなんと?」
「我々の品物に、他の国と同様の率の関税をかけるといっている」
「それはキツイ。でもそうなれば、最大規模の経済圏を抱える我々の品物が通らずに、プジョンが損ですね」
「……恐らく、中海の通商連合が仕掛けてきている。取引相手は自分たちが確保するから、関税の優遇を止めろと」
「なるほど。黒幕ありですか」
「これは、プジョンを代理人にした貿易戦争だ。既に先手を取られている」
平地同士のぶつかり合いならアイリスに勝るものは居ない。
だが、複雑な航路のせめぎ合いでは武勇よりも知略が求められる。初めて直面するタイプの難問に、流石のアイリスも悩んでいるようだ。いずれ場数を積めば優秀な彼女になら十分対応できる問題であるが、今は時間が無い。
しかたない。宿主様がお困りならば、俺が解決してあげるか。
――
オーガの陸戦隊でプジョンの首都を直撃した。
経済だとか条約だとか、ごちゃごちゃうるさい奴にはこれに限る。
港が近く、経済の流通を重視していたプジョンの首都や主要都市は全て平地であり、オーガの進撃を阻む要衝はほとんどなかった。
上手く立ち回ろうと賢い奴ほど直線的な暴力に弱い、が、流石に立場のあるアイリスには出来ないオプションだから、代わりに俺がやってやる。正確にはアルベルトを先鋒大将として、独自の動きをしたことにした。こいつです。こいつがやりました。
その結果、プジョンの現君主があっさりと膝を突き、俺の手駒を迎え入れる。
「ジルライン王国先遣隊隊長、アルベルト・カウフマンだ。早速、そちらの希望の協定見直しを始めよう」
「は、はい……」
「まずは各港の接収。港とジルラインを繋ぐ道も接収する」
「そんなことをしたら我が国は――ぐ、っ……あ、あ、何か今頭に…………はい。承知しました」
「プジョンの対外的な産業は造船と塩作りに限定する。いずれも全てジルラインに格安で卸すように」
「はい!」
「プジョンが抑えている島々は全部ジルライン直轄とする。周囲の漁業権も全て寄越すように」
「はい!」
「一人娘も差し出せ」
「はいぃ!」
途中から当主の返事がどんどん良くなっていく。アルベルトから吐き出された糸を頭に飼うようになって、心機一転したのだろう。
それにしても、こいつ悪い奴だなぁアルベルト。暴力を背景に敵国の経済を壊すとか、後世の歴史家にボロボロに言われるぞ。
この城下の誓いでプジョン公国上層部は一新。現君主は隠居し国政に関わることを厳禁、代わりに元服前のリリィ・プジョンを君主とし、リリィは教育のため一年の間俺の寝室から出るのを禁止された。
傀儡政権制作の時間だ。
早速寝室で、傀儡作りに俺は励む。
「いいか、リリィ公爵。先ほど入れた糸で君のことは生涯監視している。いつでも見ているぞ」
「うぅ……はい、わかりました……」
リリィ・プジョンは表舞台に出るには早すぎる少女だ。カスタードプディング色のふわふわした髪。顔立ちはまだまだ発展途上で、将来的にはアイリスたちに匹敵する美女になるだろう。
そんな未熟な彼女は、君主としての責務を一切合切ジルラインに委託。執政を俺に任せた。今は俺のベッドの上で、今後役に立つ絵本をたっぷりと読みこんでいる。正しい理解をするまで休み無しだ。
「――こうして、ジルライン王国と矮小で一人立ちが出来ないプジョン公国は、いずれもククルト様の下で未来永劫厳重に管理されることとなりました。めでたしめでたし」
「はい良く読めました。どういう感想を持ちましたか」
「せっ、世界の真実の仕組みが間違いなく書かれていました! 一度お逆らいした身で、これほどの崇高な本に触れることが出来て感激です!」
「よろしい」
なでなでと可愛らしいリリィの頭を撫でる。
その度にぴくん、ぴくんと寄生糸が根を伸ばし、リリィの常識を丁寧に固定していく。
ちくちくと脳みそを書き換えるたびに、リリィのあどけない声が上がる。
「あぅ、あっ! あっ! あっ!」
「では、脳みそも書き換えましょうね」
「か……書き換え……?」
「そう。属国としてふさわしい、塩と船だけを作り献上し続ける存在になろうね。他のことは全部忘れてもらうから」
「そんなっ! 今まで一生懸命君主としてお勉強して来たのに! 経済とか、正しい税収とか、国防とか……」
「君主として必要なことだ。素晴らしい努力だね、リリィ。でも、偉大なるククルト様の庇護下にあるなら?」
「お”っ……!? あ”! い、要らないっ! 小賢しい知識なんて要らない!」
「よろしい」
属国として、少なくともリリィの治世では絶対に独立などしないように処置を施す。実績はないがすくすくと見識を広め、いずれはプジョン公国の名君となることを期待されていたリリィを、ただの操り人形に仕立て上げる。
属国の支配も確立して、順風満帆。我が寄生呪文は属国を好みに改造できる。
一つだけ気になることがあるとすれば、プジョン公国を唆した通商連合とやらについて。
今まで平和だったジルライン、プジョン、通商連合の経済関係は、今回酷く乱れることになった。平和と安定、そして拡大を良しとする既得権益者たちがなぜその権益を乱すようなことを? 恐らく、拡大のためだ。
ジルライン王国やその他の西方諸国以外に、市場を拡大できる裏取引があったのだろう。
西でないなら、匹敵する市場はただ一つ。
「東方か……」
腹の下で押し潰れるリリィを抱きしめながら、俺は異国の地へと思いを巡らせていた。
――
ククルト・パラシーノ(魔法使い)レベル6310
・所有スキル
寄生魔法:60 初等魔法:5 経済:100 交渉(商取引):100 交易:100 騎馬術:100 槍術:100 剣術:100 帝王学:100 戦略:100 戦場指揮:100 甲冑組手:80 弓術:80 内政:100 採掘:100 鋳造:100 オーガ語:100 採掘(ドワーフ流):100 鋳造(ドワーフ流):100 交易(船):100
・特技
重装騎馬槍突撃(前提:騎馬術、槍術)
オーガ指揮(前提:戦場指揮、オーガ語)
最先端冶金術(前提:鋳造、鋳造(ドワーフ流))
陸海交易最適化(前提:交易、交易(船))
・主な寄生先
ガーベラ・クーランジュ(商人)
アイリス・ジルライン(第二王女)
ワルキューレ三千人(重装騎兵)
マリー・ジルライン(第一王女)
ラケナリア・ジルライン(王妃)
ベロニカ・フィンルド(辺境伯)
アネモネ・イーミール(ドワーフ令嬢)
リリィ・プジョン(プジョン公爵)
・獲得ユニット
アルベルト・カウフマン(魔法剣士)
オーガ五万頭(重鎧兵)