第一話:寄生
この作品は主人公がただひたすらに私利私欲を満たす作品です。
世界を救ったり、何かを倒したりすることはありません。
サクサクと無双するように心がけます。よろしくお願いします。
この古倉には何も残っていない。
ご先祖様が残してくれたはずの魔法具も、稀覯本も、その他財産も、全て祖父の代で売り払ってしまった。少しでも残っていれば、今俺がこんなに苦労する必要もないのに。家賃を待ってもらうために嫌いな奴に頭を下げる必要もないのに。
俺の名前はククルト。魔法使いだ。
優秀ではない。誇れるのは無駄に長い家系図と、その一筆目の人物と血縁であることくらい。前述の通り財布にも余裕はない。
無いことだらけであるが、せめてこの倉で珍しい巻物の一つでも見つけて売りに出さなければ……今月の家賃払えず。家すら無くなる。
「くそ、これも、これも……全部売値すらつかなかったガラクタだ……」
こうやって倉を漁るのも初めてではない。経営している魔法具店は、残念ながら主流の店々に比べてあまり流行らないのだ。半年前も必死に床に這いつくばって、戸棚の陰に古い杖を見つけてようやくしのいだ。幸いにも物好きなコレクターに意外と高く売れたのだが、ついに貯金が尽きた。
半泣きになりながら暗がりを攫っていると、
かたん
と壁から音が一つ。たまたま肘を当てた壁材が凹み、指を掛けられるようになっている。
「な、なんだこれ。隠し、扉か?」
うかつな。
隅々まで探したつもりだったが、こんな所に気付けなかったとは。だがついているぞ。
もしかしたら売り物があるかもしれない。今月もしのげるかもしれない。
少しの安堵とそれよりずっと多い不安を感じながら、扉を開く。
そこにあった『巻物』は、そんな心地を吹き飛ばす代物だった。
――
何度読み返しても間違いない。
極上の、そして誰も知らない魔法だ。
「『寄生』……呪文?」
初めて見る。
昔通っていた学校でも、こんなの見たことが無い。類似のものすら思い浮かばない。全くの新しい技術体系。
例え行使しているところを見ても誰も真似できないだろう。この複雑な工程をなぞり切るには、俺の手元にある羊皮紙を読むしかない。
ただ、かなり複雑だけれど必要な魔力はほとんど要らないようだ。あくまで工程さえ知っていれば、出身校で下から数えたほうが早い実力の俺でも使える。
俺は夢中で寄生呪文の詳細を頭に叩き込んだ。
『寄生呪文
・自身の分身である寄生糸を生み出し操る。
・糸は対象の身体に入り込んで寄生するが、その際対象を全く破壊しない。
・寄生先は生物であれば問わない。人でも、鳥でも、魚でも、魔物でも選択可能。
・寄生先の視界や感覚、思考、記憶を取り込むことができる。ただし、可否は深度や箇所に応じる。視界を読みたければ眼球に、思考を読みたければ脳みそに到達する必要がある。
・深度がさらに深まると、寄生先の思考や行動をコントロールできる。
・一度寄生が完了すれば、術者以外は糸を外すことが出来ない。
・寄生対象の経験や魔力を、吸い上げることができる。深度に応じて、様々な特技・呪文・スキルを術者が代わりに習得できる。
・取り付いた時点で、対象のレベル向上を代わりに獲得できる。獲得頻度は任意に調整可能。
……
………
…………』
「うわ……なんてひどい魔法だ」
つい、つぶやきが漏れた。
これの開発者は恐らく何代も前のご先祖様だろうが、発想が違う。普通の魔法使いはこんな風なことを考えない。平時は自分の生活や研究を便利にしたり、自分の興味のある分野を深堀したり。有事の際には相手を打ち倒したり、弱体化させたり、自分を強化したりすることに魔法を使う。
それとは考え方が違う。相手の中に入り込んで利用する、コントロールする、そして養分を吸い上げる。
性格が悪すぎる。
だが、俺にはとても心が躍る内容だった。何故なら俺もまた性格が悪いから。多分ご先祖の血筋だろうな。
当然今すぐにでも習得したい。この寄生とやらがどの程度効力を発揮するのか、試してみなければ始まらない。
羊皮紙の内容を丁寧に読み込み、杖を振り、初の寄生糸を生み出す――
ガンガン! ガンガン!
その瞬間、古倉の扉が叩かれた。
来客。ノックと言うにはいかにも不躾な。心当たりがある俺は、今月の家賃のことに怯えながら扉を開く。
「は、はい……」
「やっぱりここでしたか、ククルトさん」
「……こんにちは、ガーベラさん」
「今月の家賃、待つのは今日までというお話ですが」
扉の先に居たのは、俺が考えていた通りの人物だった。
このガーベラという女性は、この街の通商を一手に引き受ける凄腕の商人。先日代替わりしたようだが、まだ三十にもならないのに街全体、いやこの王国全体の経済を取り仕切る女傑だ。
赤銅を溶かして塗ったような強い赤みを帯びた金髪、商取引で磨かれた押しの強そうな瞳、ルージュは両端が持ち上がっているが顔の上半分は笑っていない。とんでもない美女で、未婚だが、財力と美貌を備える彼女の元には見合い話が一日として絶えたことは無いとか。
そんな御方が何故うだつの上がらない俺の所に、わざわざ家賃回収だなんて些事のために来るのか。
地上げのためだ。
経済のことはよく分からないが、ガーベラはここに一本の大きな街道を通すことを目論んでいる。王国の玄関口と、海からの通り道の交差点がここに出来る。ここを掌握したことによる経済効果は絶大らしい。
大半の住民は立ち退いたようだが……先祖代々の魔法結界等が施されたこの地を俺は離れられない。
ガーベラの一つ先代の頃から、立ち退き攻勢をどうにか躱していたのだが、今は亡き我が愚鈍な父上が土地の一部を売却したことで家賃を絞り上げられている。払えなくなったら、担保の他の土地も合わせていよいよ追い払われるというわけだ。
その死の宣告日が今日だ。
実に嬉しそうにガーベラが詰め寄ってくる。
三十路直前の豊満な胸元や腰つきが揺れる。が、それを楽しめる心持でない。
「さ、キッチリ金貨八枚払っていただきましょうか」
「う、ぐ」
「さもなくば約束通り、今日中にここを出ていって頂きます。抵当に入れている土地の所有権もこちらが全て回収いたします」
「それが……」
「払えません」と言え、と意地悪い美貌に書いてある。全てお見通しと言うようにガーベラの目元が弓なりになる。相場の倍以上の家賃を払う余裕などどこにもない。俺の個人経営店の側に、競合店をいくつも立ち上げて嫌がらせをしたのもこいつだ。
そんな性悪ガーベラなら実験台にちょうどいいな、と思った。
極力不自然さが無いように、あくまで弱者であるように振る舞う。
「ガーベラさん、丁度今、非常に古い書をいくつか見つけまして。これなら物好きが高値を付けてくれるでしょう。売りに出せば何とか今月分をお支払いできそうです」
「……何ですって」
意志の強そうなガーベラの眉が片方、苛立たしげに釣り上がる。
「ただ、分野が魔法ではなく歴史書のようで……門外漢の自分には相場が分からず。幾らくらいになりそうか鑑定いただけませんか?」
「……ふん」
そう言ってガーベラを倉の中に誘き寄せる。
彼女としては、ここで安い評価を下せば俺の逆転の芽を潰せると思ったのかもしれない。
もちろん古書があるなんて嘘だ。ガーベラが顔を寄せた先にはガラクタの一部しかない。当然、そんなのを見せるために誘き寄せたのではない。
彼女がくぐった扉の枠には、俺が先ほど生み出した一匹目の『寄生糸』がいる。全長一センチもない、細さは一ミリ程度だろう。くすんだ白で、よくよく凝視しなければ埃か何かだと思うだろう。普通に暮らしていたら気づきもしないはずだ。
その糸が、音一つ立てずにガーベラの肩に乗る。
それからゆっくりと彼女の陶器のような耳に近づいていき、穴から奥へ奥へと侵入し、遂には脳みそへ至る。
「ふん、全くの無価値なものですね。……っ? 今何か耳元でガサガサと――お”っ!? あ”、や、やめ”で……っ? っ?? っ?!」
自慢の髪をかき上げたガーベラは、書物を鼻で笑ったかと思えば突然痙攣し始めた。彼女の支配権が俺に移っていく。
つんのめったガーベラがそのまま前向きに倒れ込む。額を地面にすり付け、両手は降伏するように差し出される。ちょうど土下座の体勢のまま腰だけを高く掲げてふりふりと左右に振られる。いいザマだ。実験成功。
こうして、この王国有数の大富豪女ガーベラは俺の操り人形第一号になった。