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 牧子が、小さな壺の中に収まってしまった。

 あまりにも小さくて、軽い。これが牧子だとは思いたくもなかった。

 でも認めざるをえない。

 牧子は、死んだ。

 その事実は変えようもない。


 母ちゃんとお義父さんお義母さんはホテルに泊まっているから、透子を預かってもらい、俺はその壺の入った箱を持ち、フラフラと川原の土手へと向かっていた。


 途中寂れた例の商店街を通ると、牧子との想い出があちらこちらに染みついていて、息苦しくなる。

 この商店街は人通りが少なくて、本当によかった。上を向いて歩きながら、そんなことを感謝していた。


 写真屋の前を通るとき、見なければいいのに俺はショーウインドウに視線を向けた。

 ガラスの向こうから、この町に来たばかりのまだ元気だった頃の牧子が、俺の方を見て笑っていた。

 でも店主のおじさんに文句を言っておかないとな、「おい、写真が滲んでいるぞ」って。


 ちょうど都合のいいことに、店の中から店主が立ってこちらを見ていた。俺と目が合い、黙って深く一礼をしてくる。

 俺は文句を言うのをやめた。写真館の主も滲んでいたからだ。



 土手を歩くと春の風が吹いてくる。

 今年もやっぱり桜はすぐに雨で散って、地面は桜色に染まっていた。春のまだ少し冷たい風が吹き、俺の頬を撫でて宙へと抜けていった。

 その心地よさを伝える相手は、もう俺の隣にはいない。

 桜色の絨毯の上を歩きながら、遣り切れない思いが爆発した。


 牧子っ!! なんで先に死んじまうんだよっ!

 まだまだこれからだろうっ!

 俺たち三人の生活、始まったばかりじゃねーのかよっ!


 いきなり死ぬか、普通!?


「あ──────っっ!!」


 俺は喉の奥が痛くなるほど叫んでいた。


 叫んで泣いて、その場に崩れ落ちる。

 嘘だ。こんなの、嘘だ。


 牧子の顔が、牧子との想い出が、破裂したように溢れてくる。


 俺を副委員長に指名してきたときのこと。

 母ちゃんと勝手に仲良くなっていたときのこと。

 初めて泣かせてしまった警察署での夜。

 初めてブチ切れたのを目撃してしまった退学の朝。

 卒業式の日、ようやく告白できた時は安心した。俺も牧子も気持ちは同じだったんだって。


 スーパーの買い出しも、おままごとみたいな食卓も、堪らなく好きだった。

 お義母さんとの食事会をしたときの嬉しそうな顔。

 プロポーズした時のヒゲ眼鏡を付けた牧子の泣く姿。

 お義父さんにブチ切れた牧子。

 赤ちゃんを宿した時の申し訳なさそうな顔も、駆け落ちをした夜の愉しそうな笑顔も、この町に辿り着いたときに見せたホッとした顔も、みんなみんな俺の大好きな牧子だ。


 俺はしゃがみ込んで無様に嗚咽した。


 なんで死んじまったんだよっ!!

 ずっと一緒って約束したじゃねぇかよっ!!

 透子の成長が楽しみとかいってたじゃねぇかよ!! 死んじまったらもう見れねぇぞっ!

 頼むよっ!! 頼むから生き返ってくれっ!! 生き返らせてやってくれよっ!!

 何教の神様でもいいからさっ!! 蘇らせてくれよ!!


 俺一人で透子を育てるなんて無理だぞっ!?

 なあ、頼むよ!!

 牧子っ!!


 もっとたくさん優しくしてやればよかった!! もっと愛してるって言ってやればよかったっ!! これからもっともっとお前を幸せにしてやるつもりだったんだぞっ!


 ふざけんなっ!! 牧子を返せっ!! 牧子はまだ死んでいい奴じゃねぇだろっ!? 殺すなら俺にしてくれよっ!!


 牧子っ!! 会いたいよ……

 牧子に会いたいっ牧子に会いたいっ牧子に会いたいっ!!

 牧子っ!!

 会いたいよ会いたいよ会いたいよ会いたいよ会いたいよっ会いたいっ!!

 会いたいよ!!

 牧子を返してくれ!! 頼むよ!! 返してくれっ!! 俺の牧子を返してください!! 俺は死んでもいいからっ!! 俺の牧子を返してください!! お願いします!!


 牧子っ!!


 ごめんっ!!

 貧乏させてごめんっ!!

 迷惑ばかりかけてごめんっ!!

 心配ばかりかけさせてごめんっ!!

 副委員長の仕事もしなくてごめんっ!!

 あんまり愛してるって言わなくてごめんっ!!


 本当はすげー愛してた!! 大好きだった!!

 俺みたいな馬鹿に愛想を尽かさずそばにいてくれるお前が、本当に大好きだった!!


 牧子っ!! 会いたいよっ!! 牧子っ!!



 会いたいっ……



 もう一回、あと一回でいいから……



 会いたいよ……




 牧子っ…………




 逝かないでくれよ……

 



 俺を独りにしないでくれよっ……





 頼むよ…………





 牧子………………






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