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支部長の受難:エレン=コーラル、任務を預かる

エレンは奔走していた。


この聖都中央支部にカース=レジオンという特級冒険者がふらりと現れた事が、そもそもの原因であった。


カース=レジオンは『剛剣』の2つ名に加えて数々の異名を持つ冒険者で、20年ほど前から行方不明になっていた。

冒険者が消息不明になる事など日常茶飯事で、死亡が確認されることもしばしば。

そうでなかったとしても、数ヶ月行方が知れなければ、もう帰って来る事はないであろうとされる。

だが、1級以上の冒険者に限っては、そう簡単に命を落とすことは無い。


彼らは無理をしないし、そうでなくても能力が高い。


特一級ともなれば、その強さは個にして軍隊。まさに一騎当千の猛者だ。


レジオンは唯一の特級。

特級というのは例外であり、規格外であり、つまりレジオンは有体に言ってしまえば化物だった。

その冒険者が行方不明というのは、冒協が隠していても噂になった。

なぜならば、レジオンは魔族との戦争があれば、間違いなく参戦し、手柄を上げたからだ。

戦線から消えたレジオン……彼は今どこにいるのか?

様々な憶測が流れる中、レジオンが最後に寄った冒協の支部がある町は冒険者が集まった。


この町に、この町の近くに『何か』あるに違いない、と。


今では僻地だったはずのその地は開発が進み、熟練冒険者の目標となったのは過去の話。

今や、大森林に最も近い辺境最終都市となっている。


それぐらい有名な人物が記憶を失って現れたのだ。

支部長、エレンは直ぐに本部に指示を求めた。

他にもいくつか手を打ち、真実の眼を持つといわれる冒険者を探したりもしたが、いかんせん、冒険者というのは気ままな職業である。

数日前に任務を達成したという記録を最後に、ぷっつりと足取りが途絶えていた。


本部に指示を求めたのには理由がある。

レジオン本人に自覚はないが、彼は国の重要人物だ。

そして、危険人物でもあり、謎の多い人物でもあった。

何しろ、ローブに付いているフード隠れてその素顔を見たものはいなかったし、彼の能力は『歩く戦略級兵器』である。

エレン個人では、この人物の扱いを判断しかねたのだ。


だが、判断しかねたのはエレンだけではなかった。

本部の人間もまた対処に困ったのである。


頭数を揃えて、数度に渡り会議が開かれた。

時に混迷したが、先延ばしにしてはカース=レジオンがまたどこかへ行ってしまうかもしれない。

結論は急がれ、方針が決まった。


・魔族に『カース=レジオンが記憶を失い、生きている』事がばれてはならない。

 →偽名を用い、カース=レジオンの存在を隠せ


・でもカース=レジオンは使いたい

 →冒険者として再登録させよ


・反抗されたら怖い

 →記憶喪失を利用し、性格を矯正せよ


そして、それはそのままエレンに命令として下ったのである。


「そんな無茶苦茶な……。」


というのがエレンの率直な感想だ。


まず、偽名を使うのは良いだろう。本人を納得させる材料はある。

レジオンは有名すぎる。冒険者として登録すれば、偽名を使っても絶対にばれる。

実際、本部に指示を仰ぐ前に実行に移してあった案件だ。


だが、レジオンは冒険者となる事に消極的で、開拓や農業のいろはの本を興味深く読んでいた。

冒険者として活動してくれるかどうかは謎である。

幸いにも、手元に資金がないようなので、なんとかそこから攻めようと思うが、冒険者として活動するという事は、やはり正体がバレる危険性が高まるだろう。

本当に本部は隠す気があるのだろうか?


で、性格の話だが……。これは、記憶を失ったせいだろうか。

見た目や話した感じでは、聞いていたレジオンの評判とは似ても似つかぬ純朴な好青年であった。


戦場での逸話は数多く、性格は好戦的で冷酷かつ非道。敵味方関係なく、進路上の障害物を全て薙ぎ払ったなどという話さえあるが、同一人物とはとても思えない。


とりあえず、偽名で冒険者登録を済ませたこと、性格的には問題が無い事を報告すると、更に命令がされた。


「できれば彼の記憶はそのまま封じておくように」


「はぁ?!?」


思わず声をあげ、組織としての方針だとわかると頭をかきむしった。

彼の記憶に関しては「協力する」という立場を示してしまった後である。


「下手に刺激して記憶が戻り、暴れられても困る」という判断だ。

そう、純朴そうな好青年には見えたが、外見で重要な部分があった。

彼の耳は、まるで尖った部分が切り落とされたように不自然な形をしていたのだ。

それは、数年置きに現れる、フードのついたローブに身を包んだ謎の人物の過去の一端を示すものであり、それが大問題なのであった。

大昔に迫害対象となり、滅んだとされるダークエルフの可能性が高く、「耳切り」と呼ばれる種族虐待の痕がある。

ヒトに対し、どういう意識を向けているのか、それによっては敵対も考えられるのだ。


対魔族の切り札のような存在であるとともに、彼がどれほど恐れられているかが分かるというものだ。

それにしても「記憶を封じておけ」とは。

本部の誰かが、彼の機嫌を損ねるような事をした事があるのかと邪推してしまうが、ここで考えても致し方ない。


さらに、何年も放置されていたのだが、カース=レジオンに関する依頼が入っていた。


「約束していた武器ができていたものの、カース=レジオンが行方不明になり、渡せない」

というドワーフ国からの依頼で、冒協本部の倉庫に仕舞われ、ホコリを被っていたていた大太刀を預かっていたのである。

国際問題に発展する為、見つけた以上は即刻受け渡しをせねばならない。


しかし、それがどう見ても


「『剛剣』専用武器じゃねぇか!!!」


だめだ、どう考えても無理がある。

持ち帰るどころか、引きずろうとしてもびくともしないその剣は、常人の振るえるものではなかった。

これを「使ってください」と渡せば……、周囲がどう見るかは明らかである。

若い冒険者が多く、若々しい外見もあって誤魔化せるかもしれないが、少なくとも、長命種や年配者には疑惑を抱かせる材料になるだろうし、疑惑を持った人に確信を持たせる可能性さえあるのだ。


エレンは考えた。

レジオンの過去は知られておらず、フードで顔を隠し、単独行動が多いため、顔を知る者も少ない。

噂では独りよがりで癖のある性格だという話だが、そうも見えない。

とりあえず、即刻露見することは無い。無いであろう。無いと信じたい。

問題は、この武器である。

とにかく、他人と言い張れれば良いのだから、カース=レジオンと関わりのある人間だとしても問題はないのではないか?

カース=レジオンの故郷では、重量級の武器が主流だとか、それっぽい事を言ってごまかせないだろうか?


適当な設定を頭の中に作り上げて現実逃避を始めたエレンだったが、後日、もうちょっとちゃんと練っておくべきだったと後悔する事になるとは、この時まだ、知る由も無い。


聖都に戻ったエレンは、支部内をウロつくレジオンに大太刀を渡し、書類などの整理をし、その日の業務を終える。

仕事を終えたら家に買える前に酒場へ行くのが日課だ。

仕事がごちゃごちゃしていても、こうして一日の終わりに1杯のビアを飲むのが癒しなのである。

もしくはキツイ蒸留酒でもいい。

この酒場は冷えた酒を出してくれる店なのだが、メイン通りから外れており、比較的安価にも関わらず空いているので気に入っている。


「そういえば、面白い話があるぜ。」


若い冒険者達の雑談だ。まだ宵のうちで人の少ない店内、彼らの声は耳に着いた。

ベテラン冒険者ならば、重要な情報を持っていることもあるが、見た感じでは新人に毛が生えた程度。

どうせ与太話なので聞く必要もないだろうが、聞こえてしまうものは仕方ない。


「なんでも、カース=レジオンがこの町にいるらしい。」


ブフーーーーッ?!


盛大に吹いた。何で冒協の極秘案件が普通に漏れているのか?

理由はすぐに分かった。レジオンを拾ったという馬車だ。

聖域で修行をしていたピカピカの新神官達や、行動を共にしたという新人冒険者達の中に、どうやら口の軽い者がいるらしい。


彼らは、神に祈りを捧げる奉拝院ほうはいいんにいるはずで、聖都ともなれば、そこには貴族・平民の垣根を越えて多くの人が祈りを捧げにやって来る。

冒険者も例外では無い。


「カース?誰だそれ?」「お前、知らねーのか?唯一の特級冒険者だよ。」

「『暴剣』といえば、冒険者やってりゃ聞く名前だぜ?だっせ、知らねぇのかよ!」

「聞いた事も無い。」「俺知ってる……敵味方関係なく薙ぎ払う狂戦士バーサーカーだって……」


考え事をしている間にも、冒険者達が噂話を始める。

しかも、他の冒険者達まで、その話題で盛り上がり始めた。


人が集まれば始まるのはお喋りである。

奉拝院ほうはいいんには、祈りよりもこちらをメインにやって来る老人も多い。

そこで、「行方不明になっていたレジオンを聖都に送った」「彼はダークエルフらしい」などとと吹いている新人神官がいるそうなのだ。

噂の出元が奉拝院ほうはいいん、しかも新人とはいえ神官なのはまずい。

礼拝に訪れた人に話しかけ、共に祈り、時に回復の魔法を使うのが神官の務めだ。

話の掴みとして、真偽不明の面白い噂話をする事は多いのだが、「実際に見た」「証人もいる」となると話が変わってくる。

それに新人神官が、老若男女、身分関係無く話をしているとすれば……どこにどう広まっているか想像もできなかった。

いや、想像が付かないわけではない。想像するのも恐ろしくて、考えたくもないのだ。


「親しくなった友人もまとめて薙ぎ払ったらしいぜ。」「戦場では彼に近づく者はいないとか。」

「本当にそんな奴いるのか?初耳だ。」「だいぶ前に行方不明になっているという話を聞いたことがある。」

「そんな方が、何故急に姿を現したんでしょうか。」「それが、記憶喪失なんて噂もあるが……」


聖都アクオリアは平和で、人が多く、人々は娯楽に飢えている。

真偽はともかく、そういった噂があれば喜んで話の種にするだろう。

そうして、ものすごい勢いで広まっていくのだ。


手を打つ前からこれである。

正直、これから後手後手で処理したとして、全てに置いて間に合うものはないだろう。

酒など少ししか飲んでいないはずなのに頭が痛い。



後日、預かった大太刀を引き渡すと、事も無げに振るうカース=レジオンを見て、やはり同一人物なのだなと確認すると共に、


これは隠し通す事は無理なのでは?


と支部長エレンは再度、頭を抱える事となった。

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