006:午前の部 紹介・授業・そして訓練
予定では、他の冒険者と一緒に講習を受けるだけだと聞いていた。
事実、支部長も「予定外だが」と前置きして、俺を全員に紹介した。
「彼はイレギオ君。四級の冒険者だったのだが記憶を失ってしまったらしい。
基礎的な事も覚えていないので、君たちと同じ1からのスタートとなる。
常識に疎いところがあり、何かと迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む。
彼については、かの有名な『剛剣』のレジオンと故郷を同じくしている事はこちらの調べで判明している。
ただ、『剛剣』に関する事でトラブルに巻き込まれる可能性もあり、協会としてはこれを機密にしている。
先ほど、何やらやり取りがあったようだが、くれぐれも口外しないようにお願いしたい。」
……。
下手にレジオンの名で騒がれてもよろしくないので、変に憶測を走らせたり誇張されたりしないうちにと、(偽の)情報を公開しておくことになったようだ。
肝心の本人が何も聞いていないので上手く合わせられる自信が無い。
それよりも、支部長が釘を刺さないといけないトラブルって何だよ。
神官君、こっち見んな。俺は何もしてないし、してやれん。そのもの言いたげな顔をやめろ。
護衛の冒険者らの後に紹介されたのだが、その順番もミスってないか?
「いよいよ紹介されるぜ」みたいな空気だったけどどうなの?
現在、机に座って簡単な知識と注意の講座。
黒板と呼ばれる、滑らかな板に特殊な塗料を塗りつけた板に、白い粉でできたチョークと呼ばれる木炭のようなもので書き込みが行われている。
この道具は、書き消しがが容易であるため、学校などの施設で用いられる。
字の分かる冒険者だけでなく全員がわかるよう、図解された説明が行われていた。
そんな中、ちらちらをこちらを窺う視線が飛んでくる。一番後ろの席なのに。
で、こっちに視線を向けた冒険者が端から質問される。
集中できていないせいか、答えられず、教師役の職員が書類に何やら書き込む。減点とかか?
そんな恨みがましい顔をしないで欲しい。
悪いのは自分だし、そうでなくても質問してきた教師役の職員を恨めよ。
で、戦闘訓練の実技は、あろうことか見学にされた。
まぁ、木剣で人形を叩き割ってしまう人物なので危険視されるのは仕方ないのかもしれないが、ここでの俺の行き場の無さをどう表現したらいいものだろうか。
ベンチのようなものは無く、木陰を勧められて膝を三角に畳んで座る俺は滑稽に見えただろう。
その結果、これである。
「おい、いい気なもんだな。レジオンの友人さんよ?
俺達がベテランの冒険者に転がされてんのが、そんなに面白いか?ああ?」
相手は子供みたいなもんだが、言葉はチンピラである。
気持ちはわかるだけに、なんとも返事のしようがない。
何しろ、順番とはいえ、2時間の間に何度もボコボコにされ、それを横でぼんやり眺めている男が居るのだ。
俺が相手の立場でもイラッとするかもしれない。
でも仕方ない。参加不可どころか参加禁止なのだから。
「そんな事を言っては駄目ですよ。
イレギオさんは、待機の指示が出たので従っているだけなんですから。」
そこへ、パッと見は男か女かわからないように神官服に身を包み、髪を上げているが、華奢で可愛さを隠せていないルティエさんがやって来て俺のフォローを入れる。
さっきから、ひよっこ神官達が自分の訓練の合間に修行と称して治療して回っているので、ルティエさんの顔も広まりつつある。
可愛いだけあって、視線で追う男は多かった。
「名前聞いちゃった」「ルティエさんだって。」
「可愛いなぁ」「年上なんだから綺麗って言えよ」「マジ天使」「野外講習で一緒のグループにならないかなぁ」
「なんだあれ」「知り合いか?」「いや、たまたま近くを通りがかっただけだろう。」
「俺、最初にルティエちゃんが話しかけてるの、見たよ。」「マジか」
「ルティエさんに手を出したらコロス」
そんなつもりはないのだが、ヘイトを集めまくってる気がする。
年下ばかりとはいえ、ちょっと怖い。
そして、その時はついに来てしまった。
「それに何だ?これは。お前の得物かよ?」
脇に置かれた俺の大太刀――……なんだっけ?
とにかく、冒協から渡された武器の鞘をガツガツと足蹴にする少年。
それに目を付けてしまいます?
「みんな訓練してるんだから、素振りの1つでもしたらいいだろうが。
何座り込んでんだよ?邪魔でしょうがねぇや。」
邪魔なはずはないが、まぁ視覚的な問題だろう。
しかし、このデカイ武器を振るうと目立つだろうし、幅を取ってしまう。
余計に邪魔になってしまう自信があるので、それは控えたいと思う。
俺の代わりに反論したのはルティエさんだった。
「それは言いがかりです。
イレギオさんはちゃんと邪魔にならない位置で待機しているじゃないですか。」
ルティエさんやめて。庇ってくれるのは嬉しいが、視線を集めてるから。
ヘイトも集まってきてるから。
「はっ。訓練する必要がないなら、ここにいる必要なんかねーだろが。
ここに居て、座り込んでぼーっとしてる。それだけで邪魔なんだよ。」
ごもっともである。
俺がうんうんと頷くのと、少年は不機嫌そうに睨み見た。
悪い、神経を逆撫でするつもりはなかったんだ。
庇ってくれるのはありがたいが、相手の言い分もわかる。
この場合どうしたらいいんだ?
だめだ、経験が足りな過ぎる。いや、記憶が足りないのか?
むしろ、記憶があったとしても役に立ったのか?
俺が混乱しているうちに、少年はその苛立ちを込めるように、思い切り武器を蹴り付けた。
「――……っぐ……。」
一瞬、木製の武器を打ち合う音も、話し声も消え、その少年のうめき声だけが響いた。
どうしたんだ?と思ったが、微動だにしていない大太刀を見て納得する。
鞘に入ってるとはいえ、多少の衝撃では揺るがないほどの重さの鉄塊を思いっきり蹴り付ければどうなるか……。
その衝撃はそのまま自分の足に返って来たはずである。
「…大丈夫か?」
思わず声をかけたが、少年はかがんだままだ。
顔を真っ赤にしているのか、痛みのせいか、それとも怒りのせいか……。
苦悶の表情をどうにか耐え、俺を睨みつける。
俺は両手を上げて「敵対するつもりはない」とアピールする。
「ルティエさん、治療をしてあげてください。」
俺が言うと、ルティエさんが我に返ったように駆け寄った。
「いい。なんでもない。」
そう言ったのは男のプライドというやつか。
しかし、意地になっても仕方ないし、怪我が治るわけでもない。
邪魔にならないよう、太刀を木の後ろにそっと立て掛け、振り返ると……
全員の顔という顔がこちらを向いていた。こわっ!
そして、次の瞬間には別の方向を向いている。
「ちぇすとぉ?!」「手が止まってるぞコラァ!」「せいっ!せいっ!」
「あっ、そろそろお昼かな?」「隙あり!」
「食らえ、俺の最終奥義……ぐっ、左腕に封じられた古の呪印が疼く…!」
「いやー汗を流すってスバラシイナァ!」
ぎこちなさを感じる動きで、訓練が再開された。
何だったんだ、今のは……。
ふと気になって支部長を探すと、少年にも負けぬ苦悶の表情を浮かべていた。
近くに神官がいるから大丈夫だとは思うが、何があったんだ?