005:再会
俺を含め、20人程度の集団が、冒協の訓練所に集まっていた。
初心者用の講習が行われ、これを受けると『六級の資格試験を受けた』という事になる。
初級から六級へは、試験を受けなくても昇級できる。
2日に渡る講習の内容をクリアすると、自動的に常時依頼に出されている採取の依頼が達成でき、普通に依頼を受けて六級に上がるのと大差ない。
だが、講習を受けずに冒険者になってルールやマナーが守れず、怪我をする者が多かったので、五級試験で多少の優遇措置がある、という話である。
この講習を受けようというのだから、後先の事を考える人であろうし、これから冒険者を始めるというのであれば、組んで一緒に依頼を受けたほうが安全に違いない。
もちろん、基礎的な知識を見に付けることも大事だが、ここで気の合う仲間を見つけられればいいな……と、そう思っていた。
で、だ。俺は周囲から浮いていた。
ベテラン冒険者の風格とかそういうんじゃない。年齢的な問題でだ。
色々な身分の人が冒険者になるらしく、身なりはバラバラだったが、ほとんどの人の年齢が10代前半と思われた。
子供から、ようやく大人になるという転換期。
まだまだ身長も能力も伸びるだろう、そんな世代に混じって、とっくに成長期を終えていそうな俺は頭2つ分くらい抜きに出ていて、妙に目立っていた。
ちょっと仲間として誘うには、声をかけずらい。
他の冒険者達から視線を集める事、集める事。
あの人なんだろう、という話題がそこかしこで上がっている。
「これから講習を受けるにしては年が離れてますよね。」
「先生かな?」「にしては若いし…」「護衛の冒険者じゃない?」
目立たないように端っこの方で身を縮める以外の選択肢が無かった。
しかし、何もする事がないのでぼんやりと冒険者達を眺める。
こちらにちらちらと視線をくれる者もまだいたが、致し方ないので我慢しよう。
貴族の坊ちゃんとその護衛らしき3人の騎士も俺程度に人目を引いている。
ただ、身分の高い人に難癖を付けられては堪らないので、遠慮がちにちらちらと、だ。
他に人目を引くといえば、身なりのあまり宜しくない、冒険者になって大丈夫か?と思うような最年少5人組。
食い詰めたのか、全員痩せこけているが目の力とやる気は人一倍といった感じだ。
揃いの服を纏った、同じくらいの身長の集団。
多分だが、同じ学校の同級生といったところではないだろうか。
居心地悪く端の方で呆けていると、近づいて来た人がいた。
俺に用があるわけじゃないかもしれないし、下手に視線を合わせて絡まれても困る。
視線を前方にやってままにしていたが、そのシルエットから女性と判断がつく。
「おはようございます。あれから、調子はどうですか?」
明らかに俺に話しかけてきているので、そちらを見ると、可愛らしい大きな瞳が揺れた。
俺の知り合いなどほとんど居ない…というか記憶にない中、その整った顔には見覚えがあった。
ルティエ=ミリオン=ティオノール
髪を括って隠してあるが、間違いない。
俺を拾ってくれた馬車に乗っていた神官の女性だ。
その後ろには、同じ馬車に乗っていた同世代の神官たちがいる。
「どうも、おはようございます。記憶は戻ってないですが、まぁ元気でやってます。
あ、これ、新しい免許証です。」
『剛剣』の名前を出されても困るので、まずは俺の身分を明かす事にした。偽名らしいけど。
差し出した免許証を見て、かすかに眉をひそめた気がする。
あ、そうか「新しい」免許証とか言っちゃったしな。
新規参入の意味の「新しい」なら初級か六級、再発行したという意味なら名前が変わってるのはおかしいもんな。
どう説明すべきか、深く考えずにうやむやにして誤魔化すべきか……。
悩んでいると、神官さんが身分証を返却し、頭を下げた。
「お元気そうで良かったです。今日は依頼ですか?」
細かいことは気にしない性質なのか、とりあえず「置いておく」事ができる性質なのか…。おそらく後者だと思われる。
依頼、というと、この集団を守るための依頼か?という事なのだろう。
複数のグループに分かれて薬草採取をするのだが、グループにつき1人は護衛の冒険者が付くと聞いている。
「いや、俺は相変わらず記憶が戻ってないので、基礎的な知識を教えてもらう為に来ました。
ルティエさんは?」
冒険者が護衛に付くという話は聞いているが、神官さんが付くという話は聞いていない。
もしかしたら、説明するまでもないくらい基礎的な知識なのかもしれないが、そうでないならば……。
「はい、私たちは神官見習いから神官となり、修行の為に冒険者として活動するのです。
お世話になる事もあるかもしれませんので、よろしくお願いしますね。『イレギオさん』?」
名前が棒読み気味なのが気になるが、レジオンさんと呼ばれなかっただけ良しとしよう。
しかし、空気の読めない奴ってのは神官にもいるらしい。
「『暴剣』のレジオン、ではないのか?」
あの時、俺を遠巻きにしていた神官の一人だ。
顔は覚えてないが、免許証の事を知っているので間違いない。
とたんに、周囲が少し静かになった。
聞き耳を立てられている!?
それよりも今の聞き間違いだろうか?
「ぼーけん?なんだそれ?」
俺が聞いた事がある2つ名は『剛剣』であって、『冒険』ではない。
ましてや、字面が不穏な『暴』が当てはまるはずなんぞ、ない。
ないといったら、ないんだ。
「あの時の免許証はどうしたんだ?拾い物だったのか?
何故、2年も行方不明になっていた『狂戦士』の免許証なんて持っていたんだ?」
2年も行方不明?『狂戦士』?物騒過ぎないか?
新たなキーワードに目を白黒させているうちに、聞き耳を立てる冒険者が増えていく。
とりあえず、俺の記憶についての手がかりはまるで無く、冒協も手伝ってくれるとは言っていたが、そんなの聞いていない。
とりあえず、前半の問いかけはまだしも、後半の問いかけに俺が答えられるわけがない。
いや、「本人だから」と言ってしまえばそれまでなのだが、せっかくトラブル防止のための組合の配慮が無駄になってしまう。
「とりあえず、その件については俺から言えることは少ないんだが、その『ぼうけん』とやらについて詳しく教えてくれないか?
特に、2年も行方不明だったくだりを。」
記憶に関しては、特に切迫していないが、手がかりがあるなら知りたいと思うのは当然ではなかろうか。
俺が差し迫ろうとした時、割って入る者が居た。
「いや、イレギオ君。君の友人の話が気になるのはわかりますが……その話は後にしてくれませんか?
そこの神官君も、もうちょっと状況判断できるようにならないと、冒険者としてやっていけませんよ?」
支部長だった。いつの間に……。
冒険者協会の支部長というのは、デスクワークが仕事だと思っていたのだが、身のこなし的にそうでもないのかもしれない。
驚き半分、「記憶に関する情報の収集を手伝ってくれるって話はどうなったんだ?」という気持ちが半分の状態で支部長の顔を見ていると、支部長は苦く笑った。
「君の友人の事はちゃんと調べています。
ただ、情報はちゃんと整理して伝えたほうがいいと思いましてね。
記憶喪失の君の唯一の手がかりですから気になるのはわかりますが、噂話程度のことしか入ってきていない以上、協会として君に話せることは少ないんですよ。」
そう、俺の友人ね。OKOK。
記憶喪失の俺が、かすかに覚えていた俺の友人の記憶を頼りに情報を集めている……と。
そういう設定になったわけね。
ちょっと無理があるくね?と思ったが、下手にツッコまないほうがいい。
そう思ったが、ツッコミは他から上がった。
「『暴剣』に……友人だと…?!」
まさかの、貴族の護衛騎士さんだった。
しまった、という顔で口を塞いでいるのを、坊ちゃんが呆れた顔で眺め、支部長が頬をひきつらせた。
友人が居たらおかしいの?!ボッチなの?
ってか『暴剣』なの?『剛剣』じゃないの?
過去の俺って……。
早く思い出した方がいいような、思い出したくないような、複雑な気分である。