【第三夜】 2
今日はポッキーの日!
客室に戻り、本を読もうと思ったのだが、その帰り道でハウトスミット侯爵と侯爵夫人に遭遇した。
「おはようございます」
「おはようございます」
ハウトスミット侯爵は相変わらずどこか胡散臭い笑みを浮かべている。侯爵夫人は控えめに夫の隣で微笑んでおり、アメリアはエレンといい、貴族の妻と言うのはこうおとなしいのだろうか、と思った。
「図書室に行かれていたのですか。まあ、あんなことがあっては、遊ぶ気にもなりませんからね……」
ハウトスミット侯爵はそう言って目を伏せた。たぶん、ディアンナのことを言っているのだと思う。彼も一等客室を使っているので、話を聞かれたのだろう。それどころか、アメリアの中では、彼がディアンナ傷害事件の最重要容疑者である。何しろ、元婚約者らしいから。まあ、動機がいまいち不明だが……。
アメリアはふと、侯爵夫人の方を見た。おとなしそうな娘で、やはりアメリアとさほど年は変わらないだろうと思われた。薄茶色の髪に優しげな青の瞳をしていた。
もしかすると、彼女の方が容疑者にふさわしいのかもしれない。ハウトスミット侯爵は元婚約者のディアンナにまだちょっかいをかけている様子だったから、嫉妬して刺してしまった、と言う方がしっくりくる。
が。このおとなしそうな侯爵夫人がそんなことをするかな? という疑問も残る。
「侯爵も聞かれていましたか。本でも読んで、部屋の中でおとなしくしていようかと」
バーレントが無難に答えた。実際には、アメリアが行きたがったので図書室に出てきたのだが。
「私たちもですよ。それでは、失礼します」
「ええ」
旦那たちがそう声を掛け合うと、侯爵夫人がアメリアに軽く頭を下げた。アメリアもあわてて頭を下げる。やはり、侯爵夫人は優しそうな人だ。
「ハウトスミット侯爵は事件に関係してますかね」
「さあな。怪しい人であるのは確かだが」
部屋に戻ってすぐ、アメリアが尋ねるとバーレントからそんな返事があった。そうか。彼も怪しいと思っていたのか。まあ、ディアンナがハウトスミット侯爵に呼び出されるのを見ているからね。
アメリアはソファに座り、バーレントは窓際の椅子に座って本を読んでいた。大体、一時間くらいそうしていただろうか。部屋にノックがあった。
「アメリア。何か頼んだか?」
「頼んでません」
アメリアは首を左右に振る。もしかして、また乗務員が話しを聞きに来たのだろうか。それとも、ディアンナの容体が急変したとか。どちらもいいお知らせではない。
そのどちらでもなかったが、面倒なお知らせが来た。訪ねてきたのはレーンデルス伯爵ローデヴェイクだった。
「大佐」
「突然すまないな」
そう思うなら訪ねてこなければいいのに。この時、バーレントとアメリアは同じことを思っていたと思う。
扉を開けっぱなしにしたまま話すのもどうかと言うことで、バーレントがローデヴェイクを室内に招き入れた。アメリアは立ち上がって挨拶をする。
「こんにちは、レーンデルス伯爵」
「こんにちは、奥方。邪魔をしてすみません」
「いえ」
アメリアは先ほどまでバーレントが座っていた窓際の椅子の方に移動し、再び本に目を落とす。しかし、内容が全く頭に入ってこなかった。
「ディアンナが刺傷したのは知っているな」
「はい」
すぐに本題に入ったらしい。アメリアは本に目を落としながらも、耳は二人の会話に集中していた。
「私は一応、軍事関係者と言うことで捜査を依頼されたのだが……」
ここでローデヴェイクが口をつぐむ。彼が軍事関係者であるので、傷害事件の捜査を依頼される流れはわかる。それで、何故バーレントに話が来るのだ。
「バーレント、協力してくれないか?」
「自分が、ですか?」
「ああ」
アメリアは本から目を上げ、じっと二人の方を見つめた。バーレントは、何と答えるのだろう。
「何故自分が協力しなければならないのですか。あまりお役にたてないかと思いますが」
バーレントは元従軍医で、今は軍属ではないし、そもそも正規軍人ではない。協力するいわれはないはずだ。
だが、ローデヴェイクは少し眉をひそめた。
「不可解な点がある」
「不可解」
バーレントがローデヴェイクの言葉を繰り返した。アメリアはふと、今朝方バーレントが言っていたことを思い出した。
「ディアンナが自分で止血を行わなかったこと。出血は多量だったが、傷自体は浅いと船医が言っていたこと。そして、部屋が完全密室であったことだ」
「……」
思ったより不可解な点が多かった。
「それに、一等客室にいる乗客のほとんどは、ディアンナと面識がある。私も、ディアンナの兄とは友人だった」
つまり、動機によっては全員容疑者なのか。恐ろしいな。
ディアンナの兄はエレンの夫だろう。もう亡くなっているはずだ。その彼と、ローデヴェイクは同い年だったらしい。
被害者の交友関係が調べられるのは当然だ。捜査を依頼されたローデヴェイクであるが、本人が容疑者でもある。そのため、全く関係ないバーレントを巻き込みに来たらしい。
第三者の視点と言うのは大事だ。絵本作りにもそれは言えるので、アメリアにも重要性はわかる。そして、元従軍医であるバーレントは医学の知識もあり、 『探偵』役にふさわしいのも理解できた。ローデヴェイクが疑惑のかかっている『軍人(警察)』なら、バーレントは『探偵』だ。役割的に。
アメリア個人の意見を言うのなら、とてもおいしい話だ。好奇心がうずく。バーレントは、探偵役になれるだろうか?
「……まあ、このまま犯人が見つからなくても目覚めが悪いですし……アメリアはどう思う? って、聞くまでもないか」
バーレントは一応アメリアの意見も聞こうと思ったのだろう。こちらに目を向けたが、アメリアがじっとこちらを見ていたのに気づいて苦笑した。彼女は積極的に止めない、と悟ったのだろう。アメリアも理性的には断った方が良いとわかっているが、好奇心は止められない。
「わかりました。妻も反対していないようなので」
「感謝する。奥方も、ありがとう」
ローデヴェイクがアメリアにも礼を言った。彼女は軽く首を左右に振ることで答えた。アメリアは止めなかっただけで、協力すると決めたのはバーレントだ。
だが、ふと思った。
「あの、レーンデルス伯爵」
「何かな?」
精悍な顔に優しげな笑みを浮かべ、ローデヴェイクがアメリアの方を向いた。バーレントも「何を言う気だ」と言わんばかりの表情を向けてきた。
「その。ディアンナ様に会うことはできますか?」
どうせ巻き込まれるのならば、ディアンナの様子を見に行きたい。そう思ったのだった。
△
アメリアの要望はかなえられた。バーレントも医師として、ディアンナの容体を確認したかったらしいのでそのついでだ。
船内の医務室に寝かされているディアンナは、顔色は蒼白であるがちゃんと息をしていた。少しほっとしたが、そこで違和感に気付く。
「髪の毛、短くなってません?」
ディアンナの髪は腰元まであった気がするのだが、肩くらいまでになっている。アメリアが指摘すると、ローデヴェイクが「ああ」とうなずく。
「発見された時、髪が血を吸ってしまっていたらしい。彼女は銀髪だから、洗っても完全には落ちなかったそうだ」
だから、いっそ切ってしまったと。確かに、シルバーブロンドはすぐに染まってしまったことだろう。
バーレントが脈拍や瞳孔などを確認している。船医から詳しい傷の様子なども聞いている。ちなみに、船医にはローデヴェイクがバーレントは元従軍医であることを説明した。
「とりあえず、現状で分かるのは三つです」
ディアンナの容体を一通り確認し、空いている部屋にうつったあと、バーレントが口を開いた。
「傷が浅いこと。犯人は右手で彼女を刺していること。そして、彼女は特に止血などを行わなかったこと、ですかね」
最後のはバーレントが初めから指摘していたことだ。ローデヴェイクも気になっていたらしい。
「それなんだよな……ディアンナは最前線とまでは行かなくても、戦場には出たことがあるはずだ。そんな元軍人が、応急処置の方法を知らないとは思えない」
「何らかの理由で処置できなかった可能性もありますが……」
「いや。おそらく、ディアンナはあえて止血をしなかったんだと思う」
ローデヴェイクが言った。バーレントが眉をひそめた。
「あえて、ですか?」
「ああ……。あの子が見つかった時、部屋は密室だった」
「……」
まさかの密室殺人事件。ああ、ディアンナは死んでなかった。だが、密室と聞くとどうしても思い浮かぶのが殺人事件。先ほどまでアメリアが読んでいた本も密室殺人を取り扱っていた。
なんでも、ディアンナが見つかった時、部屋の鍵はかかっていたそうだ。鍵は客に渡すもので二つ(二人部屋なので)、それに、掃除係の乗務員が持つものが一つ、それと、マスターキーが一つずつあるらしい。
その中でディアンナは刺された部屋の中で、客に渡す用の鍵二つともを握って倒れていたそうだ。彼女を見つけたのは掃除係で、その時点で掃除係用の鍵はあったことがわかるし、マスターキーもなくなっていなかった。
使われていない一等客室の部屋を開けたのは、ディアンナが持っていた鍵二つのうちどちらかだと考えるのが自然だろう。
その鍵のふたつともをディアンナが握っていた。それなのに、部屋は密室だった。世の中には密室トリックと言うものも存在するらしいが、それを考えずに単純に考えると。
「ディアンナの、自作自演の可能性もある」
つまり、そう言うことだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
まさかの事件ではなく自殺未遂……?




