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【第二夜】 1

昨日はハロウィーンで、今日はもう11月です。時間が、早い……。

そんなわけで旅行二日目。













 新婚旅行二日目。眼を覚ましたアメリアは、見慣れた実家の私室でもなく、新居の寝室でもない部屋の壁を見た。一瞬、ここはどこだろう、と思う。

 ああ、そう言えば、新婚旅行で客船に乗ってるんだった。思い出したところで身を起こす。


「おはよう」


 背後から声がかかり、肩ごしに振り向く。


「……おはようございます」


 そこには、身支度を完璧に整えたバーレントがいた。ソファに座って本を読んでいる。この客船には図書室もついているのだ。

「相変わらず、早起きですね」

 ネグリジェの裾を直しつつベッドから降りたアメリアは、バーレントに向かってそう言った。アメリアの記憶する限り、彼女がバーレントより先に起きられた記憶はない。

「従軍していたころのくせだな。軍隊の朝は早い」

「そうなのですか」

 バーレントによると、たとえ従軍医であったとしても、従軍するにあたってそれなりの訓練を受けるらしい。そのためか、バーレントには早起きの習慣がついているようだ。


 アメリアは脱衣所を占領して着替えると、バーレントと共に朝食をとりに食堂に向かった。食堂にいる乗務員に「バルコニーで食べることもできますよ」と言われ、せっかくなので外で食べることにした。

 早速バルコニーに出たアメリアは、外の景色を見て眼を見開いた。思わず口から感嘆が漏れる。


「すごい……!」


 一面、海だった。遠くに陸地は見えるが、本当に遠い。今、アメリアは海上にいるのだ。

 朝食がテーブルに運ばれてくる。やわらかいパンをちぎりながら、アメリアはバーレントに尋ねた。

「こんなことを聞いては失礼かもしれませんけど、バーレントは軍船に乗ったことはあるのですか?」

「一度だけあるが、私は陸軍の従軍医だったからな。基本的に陸上生活だ」

 時々思うのだが、バーレントは言い回しが面白い。

「では、海に出るのはほぼ初めてなんですね。私と一緒です」

「そうだな」

 バーレントはうなずき、視線を海の方に向ける。アメリアもつられて海を見て、ほうっと、息を漏らす。海面に朝日が反射しており、美しい。

 朝食には果物がついてきていた。アメリアは甘い桃を平らげ、笑みを浮かべた。とてもおいしかった。


「おはよう。久しぶりだな、ブルンベルヘン軍医」

「大佐」


 唐突に声をかけてきた男性に、バーレントが思わず、と言った調子で立ち上がり、敬礼しようとした。『大佐』は手をあげて彼を制する。

「癖と言うものはなかなか抜けないものだが、私はもう、君の上官ではないからな」

「失礼いたしました」

 そう言うバーレントの声は硬く、どこか軍隊っぽさを感じさせる。

「バーレント君は旅行か? そちらの女性は、妹、ではなさそうだな」

「妻です」

「それは失礼した」

 精悍な面差しの男性だが、笑うとどことなく親しみやすさを感じた。彼はアメリアに視線を向けると、微笑んだ。


「初めまして。私はローデヴェイク・レーンデルス。半年前までバーレント君の上官を務めていた。よろしくな、奥方」

「あ、すみません。私はアメリア・アッセル・ブルンベルヘンです。一応、バーレントの妻です。よろしくお願いします」


 ローデヴェイクは黒髪に紺碧の瞳をした鋭い面差しの男性だ。精悍な面差しであるが、顔立ちは整っており、先述したとおり、笑うと親しみやすさを感じた。

「アメリア嬢か。かわいらしい人だな」

 アメリアは肩をすくめた。気さくなローデヴェイクに、少し戸惑う。バーレントは少し眉を吊り上げた。それを見て、ローデヴェイクが笑う。

「別に君の妻を誘惑したりはしないぞ。そう睨むな。新婚旅行と言うことだろう? 藪蛇はつまらないから、失礼しよう」

「そこまでは思っておりませんが」

 そこまでは、と言うことは多少は思っていたということだろうか。アメリアは無理やり微笑みながら思った。

「いや、本当にあいさつしようと思っただけだ。では、よい旅を。バーレント、アメリア嬢」

 颯爽と去っていくローデヴェイクを見送り、アメリアはバーレントを見上げた。

「上官さんだったのですか?」

「ああ。世話になった方だ」

 確かに、いい人そうだったけど。


「レーンデルス大佐は陸軍の軍人でもあるが、伯爵でもある」


 無礼のないようにな、とバーレント。アメリアはうなずく。貴族の将校は多いが、ローデヴェイクはそのタイプらしい。

「大佐……伯爵の方がいいんでしょうか。あの方は、おひとりなんでしょうか」

「どちらでもいいと思う。どうだろうな。わりと一人旅が好きな人だから」

 バーレントが陸軍にいた時代も、ふらっといなくなってふらっと帰ってくることが何度かあったらしい。自由人だな。

「まあ、言った通り身分のある方で人格者でもあるから、困ったら頼るといいだろうな」

「わかりました。迷子になった時にでも頼ります」

「それはいいかもな」

 バーレントはアメリアの返答に苦笑し、うなずいた。昨日のような居心地の悪さを感じず、アメリアはほっとする。


「アメリア。何かしたいことはあるか?」

「あ、船の中を探検したいです」


 もともと、アメリアが作家になったのは好奇心が強いからだ。作家と言っても、童話作家であるが、小説家の感性が他人とは少し違うことは多いのだ。

 アメリアの子供っぽい主張にも、バーレントはまじめな表情を崩さなかった。

「この船も広いからな。いいんじゃないか」

「迷子にならないように気を付けます」

「ああ。先に図書室で船について調べておいた方がいいかもな」

「なるほど」

 アメリアは両手を合わせた。バーレントの思考は合理的である。最大級の豪華客船であるクイーン・ベアトリクス号はとにかく大きい。先に船について調べておくのはいいかもしれない。

「じゃあ、先に図書室に行ってきます」

「私も行こう」


 そんなわけで、朝食を終えたアメリアとバーレントは連れ添って船内の図書室に向かった。その段階で、アメリアの方向音痴が発覚した。

「アメリア。一人で出歩かない方がいいかもしれないな」

「……」

 否定できない。現に、アメリアはバーレントがいなければ図書室まで無事にたどり着けなかった可能性が高い。そして、すでに帰り道がわからない。

 とりあえず、バーレントがいるので帰り道は気にしないことにする。クイーン・ベアトリクス号の図書室なので当たり前だが、この船の本はたくさんある。とりあえず、読みやすそうな雑誌のようになったものと、厚めの本を一冊選ぶ。

 バーレントは隣の本棚で小説を見ているはずだ。推理小説が好きらしく、新居の書斎にも何冊が置いてあったのを思い出した。


 一人で戻るのは無謀なので、アメリアはバーレントを探すべく本棚の間の通路に出る。が、すぐに身を本棚に隠した。そっと顔だけ出して通路の向こうを見る。

 視線の先には、二人の男女がいた。女性の方は男装の女公爵、コーレイン公爵だ。銀髪が光りを反射しているので、間違いない。男性の方は、わからない。とび色の髪のなかなか整った顔立ちの男性に見える。さすがに瞳の色まではわからない。

「……しつこいよ、君」

「私は心配しているだけだ。ディア」

「親しげに呼ばないでくれる?」

 男性はコーレイン公爵の腕をつかんだが、彼女は乱暴に振り払う。そのまま銀髪をなびかせて図書室の出口へと向かった。アメリアはあわてて顔をひっこめる。その勢いで、背後にいた誰かにぶつかった。


「ごっ、ごめんなさい!」


 びくっとしながら振り返ると、そこにいたのは夫のバーレントだった。アメリアはほっとした。

「ああ、びっくりした。バーレントですか」

「そんなに驚くことか?」

「だって気配がなかったですもん」

 そんなことを言ってみるが、アメリアがコーレイン公爵たちを見るのに夢中になっていたのもあるので、実際のところはどうかわからない。

「何を見ていたんだ?」

 貸出処理を済ませ、本を持った二人は図書室を出た。部屋に戻る道すがらでの会話である。

「えと。コーレイン公爵が男性と話をされていて。とび色の髪の、二十代後半くらいの男性でした」

 わかりますか? と尋ねれば、さすがのバーレントもわからないらしい。まあ、普通、コーレイン公爵くらいのインパクトがなければ知らないだろう。

「なんか、コーレイン公爵、迷惑そうでしたけど……」

「気になるからといって首を突っ込むなよ」

「わかってます。せっかくの新婚旅行ですから」

 お見合い婚で、どうなることかと思ったが、バーレントといるのも結構楽しいと思えるようになってきたアメリアだ。どうせなら、めったにないこの旅行を楽しみたいと言うのもある。

 だが、別方面から彼女は首を突っ込むことになる。
















 クイーン・ベアトリクス号は、クイーン・アレクサンドラ号の姉妹船として作られた客船である。この二艘はほぼ同じつくりをしていて、クイーン・アレクサンドラ号は二年ほど前にその役目を終えている。

 船首には航海の安全をつかさどる海の女神の彫刻が飾られており、見た目が美しいことでも有名だ。


 航海ルートは、大陸の西の端に位置するメイエル王国の沿岸部を往復する形になっている。北から南まで、およそ二十日で往復する。途中、島にも寄港するのでかなり航海範囲は広い。

 メイエル王国ではかなり人気のあるクイーン・ベアトリクス号での旅だ。新婚旅行に用意してくれたバーレントには頭が下がる。


 客室は全部で271室。その中の一室はスイートルームであり、今も誰かが使用しているらしい。スイートルームの客人は、ほとんど外に出てこない。スイートルームですべてが事足りるからだ。

 最大収容人数は3000人であり、乗客の最大収容人数は1000人らしい。つまり、乗務員が2000人近くいると言うことだ。すごい。


 一応、船内図は見てみたが、よくわからなかった。自分がいる一等客室を探してみたが、発見するのに一五分かかった。スイートルームの一つ下の階層に部屋があることが判明した。


「バーレントはよく迷いませんね。こんな複雑なのに……」

「船のつくりなど、だいたい決まっているからな。それに、複雑だと言ってもたかが知れているだろう。どこの階も似たようなつくりだしな」

「だから余計に迷うんじゃないですか」


 パンフレットを持ちつつ、アメリアは訴えた。似たようなつくりなので、逆にどこを歩いているのかわからなくなってくるのだ。

「……迷子になられては困るからな。外に出るときは私に一言声をかけてから出てくれ」

「はい……」

 自分でも迷子になる可能性を考えていたので、アメリアは素直にうなずいた。バーレントは本にしおりを挟み、立ちあがる。

「私はコーヒーを入れてくるが、アメリアもいるか?」

 コーヒーを入れる、と言っても乗務員に頼むことになる。一応、コーヒーメーカー的なものはあるが、確実に入れてもらった方がおいしい。

「私はカフェ・オレがいいです」

 実は、コーヒーは苦手である。ブラックで飲むとおなかが痛くなるのだ。バーレントはうなずき、コーヒーを頼みに行った。まじめで優しい夫に、アメリアは、自分は結構運がよかったのかもしれないと思った。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


軍の階級ってどうなってるんだろう……。←

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