【第七夜】 4
立っていたのは、船内警備員の恰好をした男だった。アメリアも何度か見たことのある、背の高い男だった。年齢は二十代半ばほどだろうか。
「……起きたのか」
アメリアを見ての言葉だった。その言葉で、アメリアは彼が自分を誘拐し、おそらく、イレーナとユリアを殺したのだろうと思った。
船内警備員はこちらに近づいてくると、アメリアとディアンナをつかみ無理やり立ち上がらせた。ディアンナが軽く咳き込む。アメリアが彼女を見ると、ディアンナもこちらを見ていて小さくうなずいた。アメリアもうなずき返し、そのまま倉庫からでる。
倉庫から出た後、通路を通って人気のない甲板に出た。一般客が使うところではなく、さらにその上の、どちらかと言うと船員が使うバルコニーに近い。
「あなただったんですね。イレーナとユリアさんを殺したの」
アメリアが気をそらすように言った。ここまで階段を上ってきたのだが、ディアンナはすでに息も絶え絶えである。何度か咳き込んでいるディアンナの背中をさすりながら、アメリアは彼を睨みあげる。
「二人を殺したのは俺ではなく、コーレイン公爵だ。みんなそう思う。お前も、公爵に殺されて海に落ちる。公爵も一緒にだ」
証拠隠滅を図ろうと言うのだろうか。
間違いなく、こいつが犯人だと思った。
「私がイレーナから話を聞いたから? 私も殺そうっての」
男の手がアメリアに伸びたため、彼女はとっさに口を開いた。一瞬止まった手であるが、すぐにアメリアの腕をつかんだ。抵抗するも、なすすべなく立たされる。
「どちらにしろ、お前が死ねばすべてなかったことになる」
「私の夫が怪しむわ」
バーレントも、きっと、ローデヴェイクも。アメリアとディアンナがいなくなってもいつか真実は明るみに出る。
「そのころには俺はもうこの国にはいない」
アメリアの体が持ち上げられる。手すりを乗り越えて落ちるか!? と思ったが、何故か外側ではなく内側に倒れ込んだ。ディアンナがアメリアをバルコニー側に引っ張ったのだ。
「うぎゃっ」
床に激突したが、この高さから海に落ちれば命はなかっただろうから、たぶんそれよりましなのだろう。男が邪魔されたことに逆上する。
「このっ……死にぞこないが!」
だが、ちゃんとした戦闘訓練を受けているディアンナは強かった。退役していても怪我をしていても、やはり彼女は軍人なのだ。
ディアンナは容赦なく男のわき腹に蹴りを入れる。船内警備員も訓練を受けているだろうが、殺人のすべを学ぶ軍人には負けるようで、男は苦しげにうめいた。体勢を立て直される前に、ディアンナが男の襟元をつかむ。足を引っ掛け、無理やり男を押し倒した。
息を荒げたディアンナが立ち上がり、銀髪をかきあげる。留めとばかりに男の胸のあたりに蹴りを入れた。ぐふっと男はうめき、そのまま静かになる。
「アメリア、大丈夫?」
声をかけられ、アメリアはうなずいた。
「あ、はい……というか、ディアンナ様は?」
「大丈夫……では、ないかも」
ディアンナが腹部を押さえて膝をついた。あれだけ動いたのだ。傷口が開いても不思議ではない。
「わ、大丈夫ですかっ、きゃっ」
後ろからアメリアは腕を引かれる。その拍子にディアンナが蹴られた。アメリアはこめかみに冷たいものが押し付けられるのを感じた。すぐに銃口だと気付き、青くなる。
「そこから動くなっ。撃つぞ!」
「アメリア!」
少し離れたところから聞き覚えのある声が聞こえ、アメリアははっとした。
「バーレント! きゃあ!」
身を乗り出そうとしたアメリアを、男は引き留めるように拘束した。こめかみに銃口を強く押し当てられ、全身が震えた。
通路のようになっているバルコニーの、一つむこうの船内との出入り口にバーレントとローデヴェイクが立っていた。どうしてこの場所がわかったのかなど、疑問はあるがそれどころではない。
人質は、アメリアだけではない。足元でうずくまっているディアンナも、早く手当しなければこのままでは死んでしまう。倉庫の中で会ったとき、すでに彼女はかなり衰弱していたのだ。
バーレントもローデヴェイクも、銃を構えているのが見えた。しかし、二人は撃たないだろう……撃てないだろう。アメリアが、人質になっているから。
にらみ合いが続く。アメリアを人質にした男は、じりじりと後ずさり、この場から脱出しようとしている。
巻き込まれてもいいから撃ってくれ、とは言えない。アメリアは普通の一般人で、そんな度胸はない。死ぬのは怖い。撃たれるのは怖い。
「……っから、君らは甘いんだよ!」
誰かが叫んだ。それと同時に、銃弾が男の頭の側をかすめた。
「きゃああああああっ!」
アメリアは悲鳴をあげた。撃たれかけた男も混乱し、アメリアをつかんだまま銃を周囲に向けた。
「だ、誰だ!? どこから……!」
混乱する男に、再びディアンナの攻撃が襲った。手刀が男の首を強打し、男の手が離れたアメリアは前につんのめった。がん、どごっとディアンナが男を蹴っているような音がする。
「アメリア!」
「バーレントっ。うわぁぁああんっ」
子供っぽい泣き声を上げて、アメリアは駆け寄ってきたバーレントにしがみついた。バーレントも強く抱きしめてくれて、アメリアは遠慮なく彼にすがりつく。何度か銃声が聞こえたが、気にする暇はない。
「すまない。遅くなったな」
優しい手が、髪を撫でてくれる。バーレントの肩にかじりついて泣きじゃくりながら、アメリアは首を左右に振った。バーレントのせいではない。アメリアがうかつだったのだ。
「ディア、しっかりしろ」
少し落ち着いてきたアメリアは、振り返ってディアンナの様子を見た。ローデヴェイクがディアンナの上半身を起こす。もともと傷口が開いていたのだろう。暗い中でも、腹部が血に染まっているのが見えた。アメリアは悲鳴を上げそうになり、唇をかみしめた。
「アメリア。一人で大丈夫か?」
バーレントに尋ねられ、アメリアはうなずいた。うなずくしかなかった。バーレントの手がアメリアから離れ、彼はディアンナの容体を見に行く。アメリアは祈るように指を組み合わせて様子を見守る。
バーレントはディアンナの脈を診て、それからまぶたを開いて瞳孔を見た。
「もともと失血量が多かったせいで、低体温症になりかけています。早く中に運びましょう」
「相変わらず無茶なことするなぁ」
ひょっこりとアメリアの横から顔をのぞかせた男がいた。突然現れたその男に、アメリアは飛び上がる。
「なっ、あ」
声が言葉に出なかった。現れた男は笑顔が胡散臭い……そう、ハウトスミット侯爵ヘルブラントだった。ローデヴェイクがヘルブラントを睨んだ。
「あなたにはいろいろ言いたいことがあるが、ひとまずディアが先だな」
「……ですね。アメリアも、一応検診をしておこう」
「あ、はい」
ローデヴェイクがディアンナを抱き上げる。アメリアはバーレントに肩を抱かれて船内に戻った。
医務室に行くと、ディアンナを見た船医が驚きの声をあげた。しかし、すぐに治療に取り掛かる。とはいえ、海上ではそれほど設備が整っているわけでもなく、開いた傷口を縫い直すくらいしかできないのだそうだ。医者ではないアメリアは、それのどこに問題があるのかわからない。
ディアンナの治療が終わり、とりあえず命に別状はなさそうだと聞いてほっとしたアメリアも検診を受けた。ディアンナのおかげで体に損傷はないし、少しショックを受けているだけだと診断された。攫われるときに使われた薬の影響もないらしい。まあ診断したのはバーレントだけど。
いろいろ聞きたいことはあるが、明日にすることにした。今更であるが、アメリアが閉じ込められている間に日が暮れてしまっていた。海上から見る夕日はきれいでアメリアはこの船に乗ってから毎日見ていたのだが、今日は見られなかった。
「あの、バーレント」
寝る直前になって、アメリアは言い忘れていたことに気が付いた。バーレントがこちらを向いたのを確認して言った。
「助けてくれて、ありがとうございました」
バーレントは虚を突かれた表情になったが、すぐに微笑んだ。
「俺も言いたいことはあるが、とにかく、無事でよかった」
ああ、たぶん説教されるんだろうな、と思った。しかし、自分が不注意だった自覚はあるので、説教は甘んじて受けようと思う。
腕を引かれて、アメリアはバーレントの腕の中に納まった。かすかに石鹸の香りがする。アメリアもぎゅっと彼にしがみついた。とてもドキドキする。危機にさらされると、それを恋と勘違いするという現象が起きるらしいが、それだろうか。
「アメリア……」
耳の側から低く、甘い声が聞こえ、アメリアの体が震えた。ぞくり、と背筋に悪寒のようなものが駆け抜ける。
バーレントの腕の力が少し緩み、顎が持ち上げられた。あ、キスされる、と直感的に思った。
思った通り、唇を重ねられた。触れるだけかと思われたキスは、だんだんと深くなっていく。息苦しくなってきて思わず唇を開くと、舌がねじ込まれた。
嫌ではない。嫌ではないが。
初めての経験に意識がもうろうとしてきたアメリアは、そのまま気絶した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ラブコメってる主人公夫婦のそばで荒ぶる女公爵←
いや、ラブコメってるやつらも大概ですけどね。




