【第七夜】 3
バーレントが呼び出され、アメリアは客室に一人だった。何があっても部屋から出ないように、と言い置いて彼は出て行った。アメリアは相変わらず紙に書いて情報を整理していた。足りない情報は、妄想……ではなく、予想で補完してみる。間違っていても、アメリアは軍人でも探偵でもないのだから問題ない。
まず、三日目の明け方、ディアンナが刺された。刺し傷は右手によるものと推測され、傷口は浅かったそうだ。殺害現場は内側からカギがかかっており、いわゆる密室だったため、ほとんどの人間はディアンナの自作自演ではないかと考えているようだ。
しかし、それだとよくわからないのが傷口だ。浅かったのは、自分で刺したら痛くて途中でビビった、とか言い訳がたつが、刺した方向までは言い訳できない。ディアンナは右利きであり、右利きの人間が自分で自分を刺したら、単純に考えても左手で刺したように見えるはずだ。
五日目、ディアンナが行方不明である。自分でいなくなったのかは不明。彼女に関してはわからないことの方が多い。ひとまず、この辺りで彼女については置いておこうと思う。
六日目には歌姫のユリアが殺されている。彼女の父親はクイーン・アレクサンドラ号の船長であり、イレーナの話を信じるのならユリアの父親は密貿易を行っており、ある意味ユリアは関係者になる。クイーン・ベアトリクス号に乗船する当時の乗務員が自分の事情を知るかもしれない、として殺した可能性はある。
イレーナの方はもっと単純だ。彼女は、クリスが調べていたことを知っていたのだ。だから、殺された。その話を聞いたアメリアも危ないだろうが、その話を知るのはすでにアメリアだけではない。ローデヴェイクもバーレントも知っている。あの二人が簡単にやられるとは思えないので、少なくとも情報提供はできたわけだ。
二年前に殺された前コーレイン公爵クリスは、やはり、密貿易の件で殺されたと考えるのが自然だと思う。ユリアとイレーナはその情報を知っているかもしれない、とやはり銃撃で殺されていて、やっぱり短剣で刺されたディアンナだけが異質だ。
異質……自分で思ったことであるが、引っかかる。
たぶん、本の読み過ぎだと思うのだが、アメリアはもしかしたら、これは別々の事件なのかもしれない。と思った。少なくとも、ディアンナが刺された事件と、ユリア、イレーナが殺された事件は、犯人が違う可能性が高いのではなかろうか。
とはいえ、これはアメリアの直感であり、誰にも言うつもりはない。同一犯である可能性も、まだ捨てきれていないのだ。
暇なアメリアがベッドで転がっていると、がたん、と廊下で音がした。アメリアは驚いて扉の方を見る。しばらく静かだったが。
がたっ。
再び音がした。今度は、壁ではなく扉に何かぶつかったような音だった。アメリアはそっと扉に近づき、チェーンをしたまま扉をそっと開けた。
その後からのアメリアの記憶はない。気が付いたら倉庫のようなところにいた。貨物室だろうか。食料や布などが入った小さめのコンテナが置かれており、アメリアが寝ていたところには毛布が敷いてあった。ほぼ床だから痛いけど。
……もしかして、拉致られた?
少し頭がボーっとする。何か薬でもかがされたのだろうか。アメリアが微妙に冷静なのは、逆に頭が働いていないからかもしれない。
明かりはランプひとつで窓もない。広い部屋だが、コンテナがところでましと並べられていて圧迫感がある。部屋を見渡したことで、アメリアは自分が一人ではないと気が付いた。
淡い光も反射するシルバーブロンド。医務室からいなくなってしまったが、そんな髪色を持つ人は、アメリアは一人しか知らない。
「ディアンナ様?」
アメリアはにじり寄り、その肩をたたいた。短くなった髪に隠れて、その顔は見えない。アメリアは指で銀髪を払いのけた。今更であるが、拘束されていなかった。
顔色が悪い。目を閉じてぐったりしていた。念のため口元に手を当てると、呼吸はしている。だが、弱い。よくわからないが、早く医師に見せたほうがいいだろう。
アメリアは立ち上がると、入口らしいドアの取っ手に手をかけた。当たり前だが、開かない。アメリアはひとまずディアンナの元に戻り、彼女に毛布を掛けた。それからもう一度声をかける。
「ディアンナ様。ディアンナ様」
少し強めに肩をたたくと、反応があった。小さくうめき声が上がり、薄く目が開く。
「ディアンナ様。わかりますか?」
「……アメリア?」
「そうです。アメリアです。大丈夫ですか?」
ディアンナが手をついて起き上がろうとする。だが、すぐに顔をしかめて左の腹のあたりを押さえた。おそらく、刺されたところだ。
突然、アメリアは彼女が犯人を知っていると言うことに気が付いた。アメリアはイレーナから話を聞いたために誘拐されたのだろうが、ディアンナは、彼女自身が犯人であっても、彼女以外が犯人であっても、犯人を知っているはずなのだ。
だが、浅い呼吸を繰り返しているディアンナを見て、アメリアはひとまず質問を置いておくことにする。食料の入っているコンテナをあさり、瓶に入った水を発見した。海上で水は貴重なのだが、一応においをかいでみたが傷んでいないし、どこかの寄港地で仕入れたものなのかもしれない。
アメリアはディアンナの体を起こして、コンテナに寄りかからせた。それから水を渡す。彼女は礼を言って受け取った。
銃を撃つ場合、反動と言うものがある。ディアンナは弱っているようだし、銃を撃てるように見えない。
なら、彼女は犯人ではない……? まあ、決めつけるのも早計である気がするが。
ディアンナの呼吸が安定してきたのを見て、アメリアは尋ねた。
「ディアンナ様。ディアンナ様が犯人……ってことはないですよね」
ディアンナは閉じていた目を開いた。切れ長気味の目に見つめられ、アメリアは一瞬身をこわばらせる。だが、すぐに尋ねた。
「じゃあ、犯人を知っています?」
漠然とした言い方だ。アメリアをここに連れてきた誘拐犯か、イレーナ性質の殺害犯か、ディアンナを刺した犯人か。そのどれか、もしくはすべてをディアンナは知っているのだ。
反応がないのでもう少し限定してみる。
「ディアンナ様、誰に刺されたんですか?」
アメリアはディアンナと向かい合わせになるように床に座り、ディアンナと同じくコンテナに背中を預けた。膝を抱えて小さくなって座る。
ここを抜け出すのは、アメリアには不可能だ。アメリアに戦闘力などない。だから、助けが来るまで待つしかない。大丈夫。バーレントがきっと、見つけてくれるから。
だが、怖いのは変わらないので、アメリアは一人でしゃべり続ける。聞き手が一応とはいえいるので、独り言ではない。
「私と同じく、ディアンナ様も誘拐されたという前提で話をさせてもらうんですけど」
顎を膝に乗せて話す。ディアンナは無言であるが、こちらを見ているので話しは聞いているようだ。
「まず、刺されたディアンナ様はイレーナ、ユリアの殺害犯に仕立てあげるために誘拐されたのだと思います」
この時、初めてディアンナの反応があった。
「イレーナ? イレーナは……」
「……亡くなりました」
そうだ。ディアンナは知らないのだ。イレーナが亡くなったことも、ユリアが亡くなったことも。ディアンナが浅く息を吐く。
「やはり、あの子は連れてくるべきではなかったな……」
「イレーナの性格だと、勝手についてくる気もするんですが……」
少し離しただけだが、そんな人だと思う。イレーナは。責任感が強そうだし、役に立てるなら、とついてきそうだ。
「……否定はできないね」
ディアンナも肯定した。話が落ち着いたところで、アメリアは謎解きを続ける。
「イレーナの殺害に使われたのは7・62×51ミリ弾だそうです。ディアンナ様のヴェレムス狙撃銃が部屋から無くなっていたので、みんなはディアンナ様がやったのではないかと思ったようです。それに、ユリアの殺害に使われたのもメーデルという拳銃でした。これも、ディアンナ様はお持ちだったのですよね」
ディアンナがうなずいたのを見てから口を開く。
「どちらも、ディアンナ様と共に『消え』ました。単純に考えればディアンナ様が殺したのだろうと思うのですが……単純すぎます」
そう。単純すぎるのだ。なかなか狙撃銃を持ち歩く人はいないのだが、イレーナ殺害に使われた弾薬は汎用性が高いと言う。ならば、他の銃に入れて使われたのかもしれない。メーデルD12も同様だ。だからこそ、あざとすぎる。
「イレーナはクイーン・アレクサンドラ号に乗っていたし、ユリアはクイーン・アレクサンドラの船長の娘なのだそうです。なら、口封じに当時の密貿易の共犯が殺したと考えるのが最もしっくりきます。ディアンナ様は、その犯人に仕立て上げられるために誘拐されたのかと」
「……よく調べたね」
ディアンナが苦笑して言った。アメリアはディアンナの蒼白な顔色を見ながら話し続ける。
「でも、この仮説でも、ディアンナ様を刺した犯人がわかりません。すべてがディアンナ様の犯行でない限り、少なくとももう一人、ディアンナ様を刺した犯人がいるはずなんですよね」
「……」
アメリアの言葉に、相変わらずディアンナは表情を変えない。そんな力が残っていないのかもしれないし、単純に表情を変えないようにしているだけかもしれない。
先ほども言ったが、クイーン・ベアトリクス号で行われた犯行のすべてがディアンナによるものだった場合は、彼女が犯人、ですむ。
だが、ディアンナが犯人ではない場合。これがややこしい。どう考えても二人、犯人がいるのだ。
イレーナとユリアを殺害した犯人は、ディアンナを犯人にしたい。ならば、二人を殺す時点までディアンナが生きていないと意味がない。バーレントによると、今の技術なら正確な死亡時刻がわかる。たとえ、あらかじめディアンナを自殺に見せかけて殺しておいても、二人の殺害時間にはすでに死んでいた、とわかったら自分に嫌疑が及ぶかもしれない。だから、アメリアはディアンナが生きてここにいた時点で、彼女が犯人ではないのだろうと思っている。
たぶん、彼女がすべての犯行を行っていても、もっとうまくやると思うからだ。
億劫そうにディアンナが一瞬、扉の方に視線を向け、アメリアに視線を戻した。
「アメリア」
手をあげて、小さく手招きする。アメリアは首をかしげながら四つん這いでディアンナの方に行った。その時。
すごい音がして、入口が開いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アメリア、拉致られる。ここまで来たら残りあと……5話か、6話くらい?でしょうか。




