【第七夜】 2
すぐに船内警備員が集まってきて、野次馬は散らされ、その区画は立ち入り禁止になった。店側としてはとんだ営業妨害である。当然であるが、居合わせたアメリアは事情聴収を受けることになったのだが、動揺のあまり何も話せず、バーレントに抱きしめられていた。ちなみに、場所は現場である。
バーレントがアメリアを介抱しているので、ローデヴェイクが遺体の検分をしていた。そこに、エレンがやってくる。
「イレーナ!」
エレンが蒼ざめた顔でイレーナの側に駆け寄ろうとした。だが、船内警備員に押しとどめられ、その状態で顔を手で覆って嘆いた。
「どうして……!」
エレンは義理の妹も事件に巻き込まれ、侍女が殺されている。その前には夫を亡くしている。本当に、船と縁がないのかもしれない。
少し落ち着いてきたアメリアの耳に、「まさか!」というローデヴェイクの声が聞こえた。彼はそのまま立ち上がると、走り去っていった。どうしたのだろうか。
「アメリア。大丈夫か?」
「あ……はい」
アメリアがうなずくと、バーレントは「そうか」と少しだけ微笑んだ。最後にぎゅっと力を入れてアメリアを抱きしめると、彼女から離れてイレーナの遺体を見に行った。アメリアはゆっくりと立ち上がり、足を震わせながらも頽れて泣いているエレンの元に向かった。
なんと声をかけていいかわからず、アメリアは彼女の隣に膝をついてエレンの背中をなでた。そこに、先ほど猛スピードで去って行ったローデヴェイクが速足に戻ってきた。そして叫ぶ。
「なかった!」
「何がですか」
明らかに動揺しているローデヴェイクに対し、バーレントは冷静だった。ローデヴェイクがバーレントに何かを見せている。
「7.62×51ミリ弾だ。ディアは、狙撃銃を使う時、好んでこの弾薬を使用している。そして、彼女の部屋にはヴェレムス狙撃銃がなかった」
「もともと持ち込んでいなかったのでは? 船の中で必要になるとは思えません」
「いや、ケースはあった」
「……」
アメリアにはいまいち理解できないが、どうやら銃の話らしい。目を向けると、バーレントが腕を組んでいるのが見えた。
「ヴェレムス狙撃銃と言うのは、コーレイン公爵が使用している狙撃銃ですか?」
「ああ。ヴェレムス狙撃銃とメーデルD12だな。メーデルは持ち歩いているとしても、狙撃銃がないのは……」
「公爵が持ち出したか、誰かが持って行ったか、と言うことですよね。本当にヴェレムス狙撃銃が使われたのなら、犯人は公爵の可能性が高いですね」
「ヴェレムス狙撃銃は癖があるから、慣れていないと使いにくいしな」
「ですが、7.62×51ミリ弾は使い勝手の良い大きさの弾薬です。私はそんなに詳しくないのですが、他の小銃や狙撃銃にも使われていませんでしたか?」
「ああ……そうだな」
ローデヴェイクがひとまず落ち着いた。遺体を片づけるように指示をだし、彼は周囲を見渡した。
「狙ったのは、あのあたりからか?」
と吹き抜けを挟んだ反対側の上階の回廊を見る。確かにそのあたりからならイレーナを……アメリアたちを狙える。
「アメリア。先に部屋に戻れるか?」
バーレントが心もち優しい声音でアメリアに言った。アメリアは小さくうなずく。
「大丈夫です……バーレントは、どうするの?」
「遺体を調べる」
「……」
アメリア、思わず沈黙。事件に関してはアメリアの方が調査に乗り気だったのだが、彼のこのやる気は一体どうしたことだろう。
「どうした。いつになくやる気だな」
ローデヴェイクも苦笑気味に言った。バーレントは表情を変えずに言った。
「妻が巻き込まれたのですから、やる気にもなります」
「……」
アメリアは無言でうつむいた。頬が熱くなっていた。
「では、私がアメリア夫人とエレン夫人を送って行こう。アメリア夫人には聴きたいこともあるからな」
「……はい」
アメリアは現場に居合わせたのだ。ローデヴェイクがそう言うのも当然である。バーレントが「よろしくお願いします」とローデヴェイクに委任したので、アメリアとエレンはローデヴェイクに送られて客室の並びに戻った。
「エレン夫人の客室にお邪魔してもいいか?」
「ええ……フィルにも説明しなければならないわね……」
ローデヴェイクの提案にエレンがうなずいたので、アメリアはひとまずエレンとフィリベルトが泊まっている105号室に入った。アメリアたちが泊まっているのはその向かい側の106号室。
「あ、お帰りなさい、母上。イレーナはいましたか?」
相変わらず大人びた口調のフィリベルトが入ってきた母親を見て尋ねた。だが、続いて入ってきたローデヴェイクとアメリアを見て首をかしげる。
「……叔母上が見つかったんですか?」
「それは、まだよ。フィル。話さなければいけないことがあるの」
エレンはフィリベルトの側に歩み寄ると、その頭をなでた。
「母上?」
「イレーナが、亡くなったの」
「……はい? 叔母上のようにいなくなったと言うことですか?」
エレンの言葉にフィリベルトは言葉を重ねる。エレンは震える声で「そうじゃないの」と言った。
「イレーナは、死んだの。お父様と同じで、もう帰ってこないのよ……」
フィリベルトが目を見開いた。続いてギュッと唇を引き結ぶ。
「そう……ですか……」
フィリベルトは十歳にして二度も親しい人間の死を経験したことになる。アメリアは無言で目を伏せた。この船に乗ってから知り合った程度のアメリアは、彼らにかける言葉など見つけられない。
かといって放っておくこともできず、アメリアは105号室の一角で取り調べを受けることになった。
「というか、容疑者の俺が取り調べてもなぁ」
ローデヴェイクは自分でそう言っている。アメリアは笑っていいのかわからず、無表情を貫いた。
「とりあえず、聞いておこうか。どうしてアメリア夫人はイレーナと一緒だったんだ?」
これは素直に話してもいいものだろうか、と思い、アメリアは少し悩んだ。イレーナは、ローデヴェイクを「信用できない」と言っていた。
アメリアはじっとローデヴェイクを見つめた。今ほど、バーレントと話をしたいと思ったことはない。
「話を、していました。前コーレイン公爵のことで」
「クリスの?」
これは意外だったようで、ローデヴェイクが驚いた表情になる。フィリベルトと寄り添っていたエレンもこちらを見たのがわかった。
「はい。こういうことを本人に聞くのはどうかと思うんですけど……レーンデルス伯爵のことは、信用していいんですか?」
ローデヴェイクも、エレンも容疑者の一人だ。まあ、イレーナ殺害の容疑者ではないのは確かだが、ディアンナを刺したかもしれない容疑者である。
「そう言われると返答に困るけどなぁ。信用してほしい、としか言えんな」
そりゃそうだ。アメリアは少し悩んでから、話すことにした。
「イレーナが私を訪ねてきて、話したいことがあると言われて……」
部屋の中に入れるのはためらわれたので、カフェテリアに移動したこと。そこで、二年前、クイーン・アレクサンドラ号で亡くなったクリスの話を聞いたことなどを話した。最後に。
「実は、ディアンナ様の事件の前に、私、ディアンナ様らしき人を廊下で目撃していて」
「本当か?」
「はい。夜中の三時くらいで、銀髪の人の後姿だったので、ディアンナ様かは確証がないんですけど」
バーレントには言うな、と言われていたが、この状況で言わないのは卑怯なような気がした。
「クリスが機密局に所属していたのは知っていたが、調査のためにクイーン・アレクサンドラに乗船していたとはなぁ。エレン夫人は知っていたか?」
「『仕事』も関わっているとは聞いていたのですが……」
泣きつかれて眠ってしまったフィリベルトを見ていたエレンが首をかしげて言った。彼女も詳しいことは聞いていないらしい。
「クイーン・アレクサンドラの乗務員が、何人かこの船に勤めていると聞いたんですけど」
「アメリア夫人は、この事件とクイーン・アレクサンドラでの事件が関係あると考えているわけか」
関係があるかはわからないが、もしかしたら、と言う可能性がある。
刺されたのはディアンナ。殺されたのはイレーナ。どちらもクリスと関係がある。もう一人の殺された人物、歌姫ユリアは謎であるが、彼女に関してはローデヴェイクから情報提供があった。
「もう一人の殺されたユリアは、クイーン・アレクサンドラの船長の娘らしいからな……」
「……」
マジか。なんだかつながりつつある。
仮に。仮に、だ。前コーレイン公爵クリスを殺した犯人がクイーン・ベアトリクス号に乗っていたとしたら。そのことを、ディアンナが知っていたとしたら。クリスが殺されたとき居合わせたイレーナを連れてこの船に乗ったのだとしたら。
そして、クリスを殺した犯人が、事情を知ると思われるディアンナ、ユリア、イレーナを襲ったのだとしたら……。
「と、思ったんですけど、つじつまが合いません」
バーレントが迎えに来たので106号室に戻ったアメリアはソファに座って言った。バーレントはいきなりそんなことを言いだしたアメリアを見て「すっかり元通りだな」と言った。正直、まだ怖いが考えない方向に持って行くことにした。
「口を封じるなら、最も殺さなければならないのはディアンナ様のはずです」
権力も実行力もある女性だ。最も真相に近づいているであろう人物。なのに、彼女は死んでいない。姿は消してしまったが、刺された時点では死んでいなかった。
「元軍人であるディアンナ様を殺すのは難しかったのかもしれないですけど、そもそもユリアさんとイレーナは銃殺されています。前公爵と同じです。でも、ディアンナさんだけ刺されていて、しかも姿を消しているのが謎です」
イレーナも訓練を受けていると言っていたが、彼女と本職の元軍人だと、どちらが強いのだろう。それに。
「ユリアさんの殺害に使われた拳銃、何でしたっけ。ディアンナ様の使っているものと同じだったんでしょう?」
「メーデルD21だな。確かに、コーレイン公爵がユリアとイレーナを殺害したかのように見せかけている。だが、メーデルは一般にも普及している拳銃だし、ヴェレムスは本当に狙撃に使われていたかわからない」
「ですよねぇ」
ちなみに、ディアンナが刺されたのが自作自演であったとすると、実はつじつまが合うのであるのだが、動機がない。探せばあるのかもしれないが。
「アメリア。お前はイレーナの殺害現場に居合わせた。狙われるかもしれないから、一人で出歩くなよ」
バーレントにそう言われたが、アメリアは真顔でツッコミを入れた。
「それ、最初から言われてますけど」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一応、事件は起こっているのですが、その隅でラブコメっている主人公夫婦。ジャンルを変えたほうがいいのだろうか……。




