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【第五夜】 2














 そんなわけで、アメリアはまた貸衣裳部屋を訪れていた。今回も世話になったのはミアで、彼女はアメリアを見て言った。


「前回は可愛らしい系でまとめましたから、今回は大人っぽくしましょうか」


 と、ミアがアメリアに差し出したのは濃い紫のドレスだった。シンプルな印象を受けるスレンダーなドレスだが、飾りなどのデザインは繊細でこっており、背の高いアメリアなら着こなせるであろうドレスだった。

「お、お任せで」

「了解です!」

 ミアは楽しげにアメリアを着飾らせていく。すべての作業が終了するのに一時間かかった。


「……似合っているな」


 明らかに最初に違うことを言おうとしたはずなのに、バーレントはそれだけ言った。遅かったと言われなかっただけありがたいやらなんとなく悲しいやらでよくわからない気持ちになった。

 バーレントは相変わらず美形であった。正装がよく似合っている。彼も濃紺の正装なので、二人でおそろいみたいだ。まあ、一応新婚なので、これくらいは許容範囲だろう。

 いまだになれないが、バーレントにエスコートされて華やかな会場に入る。きらびやかな照明と装飾、たくさんの人に音楽。アメリアが知る夜会とそう変りない。

「一応聞くが、パーティーは初めてか?」

「いいえ。一度、夜会に出たことがあります」

 バーレントに聞かれ、アメリアは素直に答えた。父に付き合って行ったのだ。本当は母が行く予定だったのだが、直前になって「やっぱり無理!」とか言い出した気の弱い母である。


 会場に入り、周囲を見渡すと、見知った顔をいくつか見つけて勝手にほっとする。エレンやローデヴェイク、ハウトスミット侯爵夫妻など。まあ、みんな、貴族だけど……。

 アメリアは踊れないし、バーレントもさほどうまくないらしいので、二人はダンスフロアには足を踏み入れなかった。ローデヴェイクと話していたエレンがこちらに気付き、二人して近寄ってくる。

「こんばんは、バーレントさん、アメリアさん」

「こんばんは。楽しんでるか」

 それぞれの性格が出ている。エレンは生真面目に、ローデヴェイクはやや軽い口調で言った。

 二人も挨拶を返すと、ローデヴェイクが少し声を低めて言った。

「何か分かったことはあったか?」

「……というか、大佐も捜査をしているんですよね」

 バーレントが尋ねた。うん。それはアメリアも思った。


「よく考えたら、専門外だ」


 と、ローデヴェイクが笑った。バーレントはどこか疲れた表情で「私もですよ」と言った。どうやら、アメリアはバーレントの乏しい表情変化も理解できるようになってきたようだ。

「どうやらあの日、ディアは夜中に部屋を出たらしいな」

 唐突に語られるディアンナの当日の行動情報に、アメリアは目をしばたたかせた。バーレントは眉をひそめる。

「それ、本当ですか?」

「ああ。乗務員クルーが目撃している」

 ローデヴェイクがうなずいた。そもそも、きれいな銀髪であるディアンナは、夜闇の中でもかなり目立つ。そのため、見間違い、と言うことはないだろう。

 アメリアとバーレントは目を見合わせた。アメリアも、夜中に廊下を歩く銀髪の人物を見ている。それが、本当にディアンナであったと言うことだろうか。

「時刻は、夜中の三時ごろだと言うことだ」

「……」

 これは、やはり、アメリアが見た人物はディアンナだったのだろう。呼び出されたのか自ら部屋を出たのかわからないが、ディアンナはそのまま事件現場である110号室に向かったのだろう。


「ちなみに、その頃、大佐と元公爵夫人は何をなさってました?」


 バーレントが尋ねると、二人とも「寝ていた」と答えた。当然である。ただ、ローデヴェイクは一人部屋であるし、エレンは息子のフィリベルトと一緒だが、子供の証言は証言としてみなすのは難しい。

 というか、時間帯的に誰に聞いても「寝ていた」と言うに決まっている。もう、ローラーかけるしかないんじゃないだろうか。乗務員から目撃情報を集めるのだ。

 ディアンナのほかに目撃された人物がいたら、その人が犯人。いなければディアンナの自作自演。


「……そう言えば、ディアンナ様はどこに行かれたんですかね」


 アメリアがぽつりと言った。他の三人が沈黙する。少なくとも、ローデヴェイクは行先を知らないと言っていたが。

「……海に落ちたとか……でも、それなら誰かが気づくわね……」

「……」

 エレンのネガティブな発言に沈黙。もう、どこからツッコミをいれればいいのかわからない。


 とりあえず、その場から脱出。アメリアはバーレントの腕にすがって言った。

「何なんでしょう、エレン様って」

「何と言うか、ちょっと突き抜けた人ではあるな」

 変人、と言わないだけましである。遠回しに言ってるけど。

 通りかかった給仕から、バーレントはワイングラスとシャンパングラスを受け取った。シャンパンの方をアメリアに差し出す。

「飲み過ぎるなよ」

「もともとそんなに飲めません」

 アメリアはそう言いながらシャンパングラスを受けとる。少し口をつけると、泡がしゅわしゅわと口の中ではじけた。飲みやすい。バーレントが飲み過ぎるな、と言った意味が分かった。これは危険だ。

「おいしいです」

「こっちも食べるか」

 そう言って差し出されたのはケーキだった。アメリアは目を見開く。

「どっから出したんですか」

「いや、普通にとってきたんだよ」

 バーレントにつっこまれ、そりゃそうか、と思う。断るのもどうかと思い、アメリアは礼を言って皿を受け取った。


 ケーキを見ていると、この船に乗った初日を思い出した。あの日の晩餐会で、カスタードパイを食べるか迷ったなぁ。そんなに前のことではないのに、なぜか懐かしい。

「どうかしたか?」

 バーレントに尋ねられ、アメリアは笑った。

「初日の晩餐会に出たデザートを食べるかで迷ったのを思い出して」

 結局、変な気を使ったバーレントがルームサービスでデザートの代わりの菓子を注文してくれたが、何となく腹立たしかったことも思い出した。

 不思議だ。ケーキを食べながら思う。ちなみに、チョコレートケーキだった。ザッハトルテに近いだろうか。


 この五日間で、アメリアの心もずいぶん変わったのではないだろうか。ちらりとバーレントを見上げる。すると、ちょうど目があった。

「なんだ?」

 アメリアは半分ほど平らげたケーキを通りかかった給仕に押し付け、バーレントを見上げて言った。


「私、結構バーレントのことが好きなのかもしれないと思って」


 とたん、バーレントが咳き込んだ。あまりにも激しく咳き込むので、アメリアは驚いて彼の背中をさすった。

「だ、大丈夫ですか」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 何となく沈黙が続く。軽やかな音楽だけが、二人の間に流れていた。

「……俺も、アメリアのことは好きだな」

「わあ。ありがとうございます」

「何と言う棒読み」

 何となく受け流したら、バーレントにツッコミを入れられた。


 だって、真に受けたら期待してしまうではないか。期待して、落ち込むよりも、最初から本気にしない方がいいと思う。


「こんばんは、ブルンベルヘンさん、奥さん」

 どことなく胡散臭い笑顔で挨拶してきたのはハウトスミット侯爵だった。顔立ちは整っているのに、何故そう見えるのか謎だ。妻のヒルダも一緒である。こちらは相変わらずはかなげ美人である。

 楽しんでいるか、という社交辞令から、自然とディアンナの話になる。今、このクイーン・ベアトリクス号の中で一番の話題と言えば、ディアンナのことだ。貴族の醜聞はすぐに広まる。いや、醜聞じゃないのかもしれないけど。

 しかも、彼女が消えたとなれば、余計に噂に拍車がかかるのだ。


「どうやら、ディアンナは駆け落ちしたらしいですね」


 ハウトスミット侯爵が笑いながら言った。侯爵夫人が頬を染めてうつむいている。

 ディアンナには前科(ハウトスミット侯爵と結婚したくなくて軍属になった)があるので、微妙に真実味があるような気がする。ただ、駆け落ちするならローデヴェイクとするだろうよ。だいたい、この船からどうやって駆け落ちをすると言うのだろう。

 もちろん、ただの噂だが。人の噂って怖い。

「そう言えば……」

 侯爵夫人が口を開いた。彼女はとんでもないことを言ってのけた。

「コーレイン公爵の兄君は、この船と同型の船で殺されているんですよね……もしかして、復讐をしに行ったのかも……」

 これには、アメリアたちだけでなくハウトスミット侯爵も驚いたようだ。二人と別れたところで、アメリアは尋ねる。

「ディアンナ様が復讐をすると思います?」

「いや」

 きっぱりと否定された。まあ、そうなるわな。アメリアもディアンナは復讐なんて考えないと思う。知り合ったばかりだが、あのさばさばした性格。復讐なんて考える人ではないと思う。何より、彼女には権力があるのだから、やるなら徹底的に、真正面から叩き潰せばいいのに。

 だが、ハウトスミット侯爵夫人が言ったように、過去の事件が関わっているとも限らない。というか、アメリアが気になる。


 船内の図書館に、その手の資料はあるだろうか。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そこ、ちゃんと捜査しろ。ラブコメは後でやれ。←


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