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【第四夜】














 豪華客船での旅、四日目。昨日刺されたディアンナは、まだ目覚めない。やはり、失血量が多かったのが問題だろうとバーレントも言っていた。だが、早ければ今日にでも目が覚めるだろうとのことだ。

 船内はすでに通常営業である。一応、船内警備員が警戒し、ローデヴェイクも調査を続けているようだが、昨日の時点で何もわからなかったのだから、これ以上何かがわかるとは思えない。

 だが、アメリアはバーレント共に現場に来ていた。現場とは、ディアンナが刺されていた現場だ。110号室なので、アメリアとバーレントの客室の隣の隣の部屋になる。

 昨日は床のカーペットに血がべったりだったらしいが、血抜きがされたのだろう。だいぶ薄くなっている。だが、まだよく見れば赤い痕があった。


「改めて見ると、かなりの出血量だな」

「そうなんですか?」

「ああ。この客船の掃除係は一流だろうに、これだけ広範囲でシミになっているからな」


 バーレントの表情はやはり変わらない。慣れてきたアメリアであるが、さすがにちょっと怖い。

 アメリアはカーペットから目をそらし、客室の扉に目を付ける。当たり前だが、鍵はアメリアたちの部屋のものと同じだ。チェーンロックはかかっていなかったようだが、外側からカギなしにロックをかけるのは難しそうだ。

「……内側からカギをかけて、窓から出た、とか」

「窓も閉まっていたと言っていたぞ」

「そ、そっか……」

 アメリアは沈黙する。その線もなさそうだ。つまり、完全に密室だったと言うことか。

 もう、ディアンナの自作自演であるとしか思えない。まあ、それも彼女が目を覚ませばはっきりする話だ。


 一通り調べたので満足したアメリアとバーレントは、昼食をとりにデッキのレストランに向かった。そこで、エレンとフィリベルトの親子に出会った。

「こんにちは、エレン様、フィリベルト君」

 アメリアがにっこり笑って声をかける。不謹慎なような気もしたが、まあ、ディアンナは死んだわけではないからまあいいかな、と思った。

「あら。こんにちは、アメリアさん、バーレントさん」

 エレンも微笑み、空いている自分たちと同じテーブルの席を勧める。アメリアとバーレントは遠慮せずにそこに座った。メニューを見て昼食を頼む。

「アメリアさん、こんにちは」

「こんにちは、フィリベルト君」

 アメリアは微笑んでフィリベルトに答えた。エレンと見比べると、やはりディアンナに似ている気がする。いや、彼女に似ているのではなく彼女の兄に似ているのだろうが。


「とんでもないことに巻き込んでしまって、すみません」


 昼食が出そろったところで、エレンが頭を下げた。アメリアとバーレントは首を左右に振る。

「いえ。エレン様もこんなことになるとは思っていなかったでしょうし」

「どちらかと言うと、レーンデルス大佐に巻き込まれた感じですから」

 そう言うと、エレンは微笑んだ。微笑んだまま「あの方もおちゃめよね」などと言う。お茶目で済ませられるレベルではないと思うのだが。

「幸い、ディアは死んでいないし……兄妹きょうだいともに船で襲われるなんて、コーレイン家は船と相性が悪いのかもしれないわね」

 エレンは少しさみしそうに笑う。そう言えば、ディアンナの兄であるエレンの夫も、船で殺されたのだった。


「……前公爵夫人は、公爵は誰に刺されたのだと思いますか」


 バーレントが尋ねた。アメリアは思わずテーブルの下で彼の足を蹴る。何を聞いているんだ。しかし、やはりディアンナは死んでいないからか、エレンは目を細めて答えた。

「こういうのは失礼だけれど、ハウトスミット侯爵が怪しいと思っているわ」

「ああ……」

 アメリアが思わず納得の声をあげた。確かに、彼は怪しい。バーレントは「何故ですか」とさらに尋ねている。

「何故と言われても困るけど……彼はディアにちょくちょくちょっかいをかけていたから」

 まあ、わたくしの勘だから、外れているかもしれないけど。とエレンは肩をすくめた。

「でも、叔母上が誰かに負けるというのは、ちょっと想像できないですよね」

 そう言うのは大人びた十歳児、フィリベルト。

「叔母上、軍属だったのは二年ですけど、優秀だったんですよね。なら、訓練を受けていない相手くらい、どうとでもなる気がします」

 ああ、鋭いな、この子。ヘルブラントが軍事訓練を受けているとは思えないから、フィリベルトの指摘は正しい。女性であろうと軍事訓練を受けているディアンナは、一定の戦闘力があるはずだ。


「というか、そもそもどうしてディアンナ様は軍人になったんですか?」


 デザートのシャーベットを食べながら、アメリアがふと思って尋ねた。ディアンナは、軍に志願したのは二十歳のころ、四年前だと言っていた。フィリベルトが十歳であることから考えて、エレンはすでにディアンナの兄、クリスに嫁いでいたはず。何か知っているかもしれない。案の定、何か知っているらしいエレンは苦笑を浮かべた。

「結婚したくなかったらしいわ」

「えっ?」

 気持ちは分からなくはないが、結婚したくなくて軍に入るとか……思わず素っ頓狂な声をあげてしまったアメリアである。

「もともと、婚約者がいるのに二十歳になっても結婚していない女性は珍しいでしょう? あれも、あの子が大学に通っていたからなのよ」

 つまり、ハウトスミット侯爵との婚姻から逃げるためにディアンナは大学に行き、挙句の果てに戦場に逃げた、と言うことだろうか。

「二年前、クリスが殺された時、一番に疑われたのはディアだったわ。結局、彼女は戦場にいたから疑われただけですんだけど。兄を殺して自分が爵位を継げば、結婚から逃れられるんじゃないかと思ったんだろう、って言われていたわね」

「叔母上が爵位を狙うような人なら、僕のことも殺してますよね」

 馬鹿ですよね、疑った人、とフィリベルトは笑った。何だろう、この子供らしくない子は。ちょっと怖いんだけど。


 息子の言葉に苦笑していたエレンは、ふと顔を曇らせた。アメリアが「どうしたんですか」と尋ねると、エレンは少し暗い口調で言った。

「たぶん、ディアが軍に入ったのは、そのまま死んでもいいと思ったからだと思うのよ」

「……えっと」

 アメリアは反応に困り、バーレントを見た。彼も珍しく困惑をあらわにしている。

 えっと。つまり、エレンはディアンナを刺した犯人はヘルブラントだと思っているけど、自殺しようとした可能性もあると思っていると言うこと?

 でも、やっぱりそれなら拳銃を使うと思う。何のために持っているんだ。実は銃弾が入っていなかったとか? あまりにも困り、変なことまで考えてしまった……。


「変なことを言ってごめんなさいね。お先に失礼するわ」


 エレンはそう言って微笑み、フィリベルトを促して席を立った。アメリアは溶けきってしまったシャーベットを残すことにし、代わりに食後のコーヒーを飲む。

「……ここまで来ると、他の関係者にも話を聞きたいところだな」

 バーレントがじっとカップの中を見つめながら言った。コーヒーが思ったより苦かったので、砂糖を入れてかき混ぜていたアメリアは顔を上げる。

「関係者って、ハウトスミット侯爵ですか?」

「彼はもちろんだが、レーンデルス大佐にも話を聞きたいとところだな。それと、二年前の前コーレイン公爵の事件」

「二年前の事件が関係あるかもしれないってことですか」

「可能性の一つだ」

 冷静に言うバーレントに、アメリアは「ふ~ん」とうなずく。

「……私が見たのが、本当にディアンナ様だとしたら、誰かと会う約束をしていたんでしょうか」

「可能性は高いな」

 ディアンナを刺したのが、他者であったとしても、自分自身であったとしても。アメリアはコーヒーを飲みほす。


 事件か、それとも事故か。それは、ディアンナが他者に刺されたか自分で刺したかによって違ってくるのだ。もしも自分で刺したのだとしたら、傷が浅いから女性が刺したのではないか、という予測にも合う。


「もしかしたら、コーレイン公爵が自分を刺した相手をかばっている可能性もある」

「かばっている?」

 いまいちピンと来なくて、アメリアはバーレントを見つめた。バーレントもアメリアを見たので、自然と目が合う。ああ、やはり彼は美形だ。

「前公爵夫人が公爵を刺し、それを公爵がかばっているのかもしれない、と言うことだ」

 先ほどと同じく「ふーん」と言いかけ、アメリアは驚いて目をしばたたかせた。

「……つまり、バーレントはエレン様がディアンナ様を……その、刺したと?」

「動機的には一番しっくりくるだろう」

「……まあ、そうですね」

 そこは同意せざるを得ない。エレンは前公爵の妻で、フィリベルトは前公爵とエレンの子供。自分の子供に爵位を継がせたい、と考えるのは自然なことだ。

 そして、兄嫁であるエレンがディアンナを刺したとして、彼女がエレンをかばおうとするのも自然であろう。

 ただ、ハウトスミット侯爵夫人のヒルダと同じで、エレンがそう言うことができそうか、と言うと、微妙だ。傷口は深くなかったのだから、女性が刺してもおかしくないのだが、二人ともおとなしそうな女性である。


「……アメリア。君は、自殺しようと思ったことはあるか?」

「……ないですけど」


 なんでいきなりそんなことを聞いてくるんだ、と思いつつ、アメリアは答えた。バーレントは「私はある」と言ってのけた。そのことに驚く。

「え、あるんですか?」

「従軍医の時だ」

「……」

 それだけ聞いて、アメリアはその先を聞く気が無くなった。行ったことがないアメリアでもわかる。戦場では、次々と人が死んでいく。医者であるバーレントはやりきれない思いだっただろう。

 そして、ディアンナも同じく戦場にいた。当時は公爵令嬢であるが、その身分からかなりの地位にあったと思われる。部下が死んでいくことを嘆いていても不思議はない。

 戦場での経験で精神を病む人もいると言うし、バーレントの言葉は完全には否定できないだろう。


「……ここまで来たら、もう少し調べてみるか」


 そう言って、バーレントは残っていたコーヒーを飲みほした。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


だんだん混沌としてくる状況。風呂敷をたためるのだろうか、私は……。


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