美しきメイド……
第七話 美しきメイド……
「う~~ん!」大きく伸びをしてカピは目覚めた。
「おおっ」と、つい感嘆の声を上げてしまうほど、物凄くすっきりした清々しい気分で起きた。
「100パーセント回復って感じだなっ……すっかり明るくなってる。うわぁ~広いなぁやっぱり」
カピバラ家頭首の寝室を改めて見回し感心する。
ベッドの隣の壁際にドアがあり、開けるとシャワー室で、浴槽やトイレもある。
「すごい! 水洗トイレだ……」
カピは特に神経質と言うわけではなかったが、これから先、かなりワイルドな環境に陥る状況が当然あるとしても、いきなりでは無いというのは、とてもありがたかった。
ドアのすぐ傍の壁にスイッチがある!
「まさかぁ」天井を見るとランプ。スイッチをどちらがONだかOFFだか分からないが――押してみた。ランプも点かず変化無い。
「電気なんて無いよな? あるの? この世界……」世界の隅々に一つ一つ驚き、仕組みを突き止めても仕方ない、後で軽く尋ねてみようとカピは思った。
事を済ませ、寝室に戻る。明るい中でよく見ると、部屋の反対側に机なども置いてあり寝床オンリーという部屋では無いらしい。「お召し物をどうぞ」などと言われ、多くの召使いに囲まれ、手取り足取りやって貰える生活が始まるのかとも、少し想像したが……。
ベッド横のテーブルに、カピがこちらへ到着したときに着ていたであろう服が畳んで置いてあったので、寝間着を脱ぎ着る事にした。薄めの黄色系カーキのシャツ。グリーン系で厚手のズボン。
「……貴族というより農夫の子供って感じ。まあいいかっ、堅苦しく無くけっこう動きやすいや」
靴は軽めの皮のブーツだった。
着替え終わるとすぐ、ドアがノックされ
「カピ様、執事のルシフィスです、入ってもよろしいでしょうか」
「あっどうぞ」
「失礼いたします」
ハーフエルフの執事が優雅にドアを開け入ってきた。瞳の緑以外は白と黒で塗ってしまえそうだ。昨夜、生まれて初めて目にした美しい異形の姿だが、最早カピは自然に受け入れる。
軽くお辞儀を執事「お早うございます。本日は家の者を紹介して、新しいご主人として皆に挨拶をして頂きます」
にっこり笑顔でカピ「分かった。楽しみだなぁ!」
「ところでカピ様、昨夜はよく休めましたでしょうか。一応、御爺様、マックス様の流儀にお従いして、こちらが寝室を兼ねたカピ様のお部屋と、勝手ながらさせて頂きましたが……一般的な貴人の方々のように、部屋をきちんと分けたいなど何かご不満事あれば、何なりとお申し付けください」
(まだすべて分かった訳ではないけど、『マックス』と言うのが僕のおじいさんで、その人の後をついで、この屋敷の主人に成るってことだ)とカピは理解した。
これまでの執事の態度を見るに、前の主人はかなり尊敬されていたようだ。
確かに貴族階級の常識としては、少し変わった人なのかもしれない。あまり偉そうにしない庶民感覚を持ち合わせた人物。ある意味で名君の2代目というプレッシャーにはなるが、カピは飾らず自分自身のやり方で素直に行こうと思った。
「問題なく、ぐっすり休めたよっ。おじいさんのその考え、最高~。この部屋でも僕には広いぐらい」
「では玄関ホールの大広間に皆を集めて来ましょうか?」執事がカピにお伺いする。
少し考え「それはいいよっ みんな仕事もあるだろうし、僕から行くよ、屋敷の中も一通り見たいからね」
「そうですか…分かりました……そのようにしましょう」
カピにすれば、普段普通の行動だったのだが、ルシフィスはどこか懐かしい感覚に久しぶりに触れたようで、好感を抱いた。
「では改めまして、まずはわたくし自身の紹介から。名はルシフィス。種族はハーフエルフでございます」チラリとカピを一瞥。
(へぇ~エルフではなく、ハーフエルフなのかぁ)と心の中でカピは納得する。
「この名家、カピバラ家の執事として、今後はカピ様をお支えしたいと思っております」ルシフィスは膝をつき頭を下げ、「この家ある限り、この命をかけ忠節を尽くすことをお誓いいたします」
「そんなっ、ひざまずかなくてもいいですって! それに命なんて~」
若干引いた笑顔でカピは、胸まで挙げた両手を振り、拒否のジェスチャー。
スッと立ち上がりルシフィスは顔を近づけてくる。
「カピ様! 口からのでまかせとお思いですか? わたくしごときの命で、この家をお守りできる時あれば必ず! 必ずこの身をもって証明してご覧にあげます」
「わかりました、わかりました! いちおう、覚えておくから」あまりの真剣さに驚きつつ冗談めかせて答えたが、(きちんと覚えておこう)カピは思った。
(万一そんな時が来たなら、『家ごとき』で彼の命を落とさせることなんて馬鹿げたまね絶対にさせないぞ!)新主人はルシフィスの思いを篤く受け止めていた。
2人して部屋を出て、だんだん性格を把握して来た忠義心あふれる執事、彼が思い出したかのように言う「カピ様、初日なので私が起こしに来ましたが、次回からはこの様なつまらないことは、わたくしでなくメイドに頼むようにしてくださいね!」
(それ、なんか違う…ぜんぜん頼んでないし)と、カピは思いつつも~最後の台詞――「メイドに頼むよう…」が強烈に耳に残ってしまい
「メイドさん?!」と思わず大声で口走ってしまった!
怪訝そうに「そうです、わたくし何か可笑しな事…言いました? これからカピ様の身の回りのことは、遠慮なく何でもメイドの方にお申し付けください」
「何でも?!」(あっカピの馬鹿!)
ここからしばし彼は『期待で胸を膨らませすぎモード』に入り込む。
「なっ何でもって……そ、そ、そんな、ま、まま……まあメイドさんですからね、べっ別に普通にお世話になるだけだし……」
動揺しまっくているカピを全く理解できぬルシフィス。
「何をそんなに喜んでらっしゃるのか、照れてるのか、困っているのか、全くもってさっぱり理解しかねますが」
「で、ですよねぇハハハハッ―― ちなみに~メイドさんは何人いらっしゃるのでしょうか! 執事さん」
(昨夜窓からうっすら見た感じの根拠無い予測だけど、このお屋敷サイズだと5人はいるよなぁ? そうなると使用人の数は何十人にもなるのかな?)
カピは今まで味わったことの無いセレブリティな暮らしが待っているのかと、昨日とはぜんぜん違うワクワクウキウキ感を感じた。
「一人だけです」執事はワクワクをぶった切った。
「財政難なので」執事はウキウキに追加ダメージ。
「そ、そうなの? まぁいないよりマシですよ…ね……。ではその紅一点? 今となっては、まさにアイドル的存在のメイドさん、彼女のお名前を!」食い下がるカピ。
「もうすぐなので、本人を紹介する時でよいのでは」
カピの目が訴える早く教えてと。
根負けしてあきれる執事「分かりました……プリンシアさんです」
「おお! ビンゴ! かわいい名前きたよ~。間違いなく美人でしょ~違いない!」カピの期待感は、まだまだ硬い、削れない。
もともと外見の美しさにまるで興味ない、ハーフエルフの執事、ましてや他種族の事など何をか言わんであった。
「あいにく、わたくしには美醜をどうこう言えるセンス、そのようなもの持ち合わせてはいませんので……ふぅ、まあしかし彼女いわく、故郷ではとても美人で有名だったそうです」
(分かっている! カピ様にぬかりない!)「もしや! もしや、昔は……っていう枕詞が付くことは、よもやないでしょうな? 執事殿?」
カピのテンションにひと鳴りとも共鳴できず、ついて行けない執事、半ば投げやり声で「現在、お若く美しい女性です」
(よしっ! 不安要素は排除した~)カピの期待感に回復薬! 完全復活したようだ。
一階への階段を降り、玄関へとつながる吹き抜けホールの大広間へ。
そこでメイドと使用人の大男が大人しく並んで待っていた。
(何!?) 背の格差が3倍ほどある!
メイドは小さく可愛らしい。(大男は巨人か?) カピは目をパチパチする。(いや違うぞ……)混乱する脳を鎮めながら、もう一度よく見る。男が大きいのは間違いないが――メイドの背が……低い……。
(子供か…なぁ? いやいやいや違う! そうじゃない――)
ダブルナックルがカピの期待感を粉々に打ち砕く!
メイドはドワーフのおばさんだった。ひげ面の。