ワクワクする初の夜
第四話 ワクワクする初の夜
(こんな物今までどこにあったのだろう、全く気づかなかった)
ベッドの上に転がったのは、大学ノートの切れ端のような――折りたたんだ紙だった。寝間着には胸ポケットがついている。
ポケットを覗き込みつつ(ここにでも入っていたのだろうか?)
青年カピは紙切れを手に取り、ゆっくり開いてみる。
「何か書いてあるぞ……」
『 どうしても 困ったことに なったなら
黒い箱を 開けてくだ ……――
君に 最大級の 幸あれ!
from ……――
最後まで読まないうちに、彼の手の上で、水色の光のエフェクトを纏いながらスゥーっと透明になり跡形も無く消えていった!
(うぉ~! しまった!)
戸惑いながら読み始めた為、余計な思考が入り、いつも以上に理解できるまで時間がかかった。文の最初を噛み締めながら読み進めてしまったのだ。
こんな状態だ、再現しよう――
カピはまず思った(あっ日本語だ!)
(ホント…なんだろうこのメモは? 自分のモノ? 自分の字ではないな……困ったことになったら?? ふふっ……今、当にそうだよ、それで~黒い箱かなるほど)
――そして、紙が消える。
(あっ、なんて事だ、もしかして最も重要なポイント! 誰からのメッセージかという所を見逃したじゃないか)
「ふっ不覚だ! とにかく記憶の中のメモを思い出す限り、僕の幸運を祈ってくれていた好意的なメッセージだった。つまり文面どおり受け取るなら、仲間、もしくは協力者からの手紙だと思っていいんじゃないか?」
そして最後の消え方。(あれは間違いなく魔法!)
執事ルシフィスの話から魔法が存在する世界だとは予想ついたが、今それを目の当たりにした。
カピはベッドから立ち上がり、窓のほうへ進む。目覚め直後と違い、もう何のもたつきも無く体は自然に動いた。
(当然、元の世界に戻る可能性を探るにも、この世界をもっと知らないといけない)
カピの背丈ほどの大きな窓、向こうに広がるパノラマの夜景が目に飛び込み、背中からゾクゾクっとした。言い尽くされた表現だがこれは美しい。月は一つ、わずかに満月ではなく、かなり明るい。
(星が綺麗だ!)あいにく彼には星座の知識は全く無かったので、以前の世界と同じなのかは分かりようが無かった。
遠くで、ほのかな光が少し見える。灯火だろうか。耳を澄ませば何かの虫か、動物か? 泣き声がいくつかしている。古い本のような部屋の匂いも別に嫌ではなかったが、顔に当たる優しい風と外からの空気は気持ちをリフレッシュさせる。
この屋敷の寝室とエルフの存在だけで、ココが異世界だとは断定せず、いきなり外へ探索に赴くという道もあった。しかしその考えはカピには浮かばなかった。
(この異世界はアドベンチャーワールドだ!)
壮大な大自然が織り成す舞台のビジュアルにあてられたのか、大いに不安には包まれつつも、ワクワクする高まりをカピは感じた。
クルリときびすを返し執事の出て行ったドアを見つつ「さてと、一つ問題が……」
(自分が異世界の人間であるらしいことを話すべきか?)
腕を組み考える。
(いや、それはまずいと言うか……ややこしい事になっちゃうな……)
幸いカピの人となりを知っている、といった感じではない。
(僕がこの屋敷にやって来たのは初めてで、顔見知りもいなさそうだ。これはなかなかナイスな設定ではないか?)
気絶後の記憶の不安定常態、嘘で無く実際に不確かなのだが――この好都合も相まって。どこまで通用するか不確かだが、とりあえず新しい環境に戸惑い、物事をよく知らない無知な初心者キャラで行ってみようとカピは決めた。
「まかりなりにも、僕はここの主人なのだから、まさか根掘り葉掘り質問攻めに合うこともないだろう……行ける、なんとかなる!」
明日からのすべき物事が徐々にまとまり、カピは今の状況の良い点にも目が向き始めた。寝泊りする場所に恵まれ、最初から仲間がいるということ。
(もし、どこかのジャングルにでも一人ぼっちで転生してたらどうなっていた? 信頼できる、いや普通の仲間でさえ見つけるのは…現実は大変だぞ……)
MMOのパーティ探し、つまり多人数参加のオンラインゲームでの仲間集めに苦労した思い出が、ふと記憶にのぼり、小さく笑ってしまった。
「まあ、仲間と言ってもこの度は冒険者たちと言うわけでもないのかな……」
カピの全身を包んだ興奮も次第に収まり、急に眠気が出てきた。
「ふぁぁあ~そろそろ休もうか」柔らかなベッドにもぐりこむ。
「……さっそく朝、屋敷の中や一緒に住んでいる他の人達を執事さんに紹介してもらおう、そうだなぁ……そして…最初にするクエストは……」まぶたが重く、閉じていく。
眠りに落ちるカピ。
どこかで耳なじみの良い音楽、ジングルがなった気がした。