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第四十六話 白


 白く淡い光り輝きに溢れ、そこは夢の中の様に幸せな場所だった。


 笑い声の絶えぬ食卓を囲むカピバラ家の仲間たち。愉しげに様々な音色を鳴らす笑顔がキラキラ眩しく……優しく……。


 幸せの導く涙で、マルスフィーアの瞳に映る情景は滲み揺れていた。

 みんなにとっては他愛も無い幸せかもしれない……けれども私は…………きちんと記憶に刻んでおこう、そう思った。もし死ぬときに、本当に走馬灯が現れるというのなら、この食事の風景は是非とも流しておきたい。


 この穏やかな幸せに抱かれて旅立ちたい。


 マルスフィーアはそっと目を閉じる。


 まぶたの幕が降り、幸福感いっぱいの輝き満ちたシーンは闇に消えた。

 だが、それは一時のこと、記憶と言う映写機を回せばたちまち蘇る。誰にも奪えない思い出の中に確かにあった。



 安心した彼女は、誰にも気付かれぬよう涙を拭うと眼鏡をかけ直し満面の笑みで笑いかけた。美味しそうに口いっぱいに頬張る天真爛漫な友だちに。


 スモレニィの顔には多少の打撲の痕は見えるが、すっかり元気だ。マルスフィーアの回復魔法が効いて、大事には至らなかった。太ももに突き刺さった矢を抜くときだけ、怖くてちょっと泣きべそをかいてしまったが。


 「ところで……、本当によろしいのでしょうか? カピ様」


 食卓に椅子を並べ一緒に食事を取っている執事のルシフィスが、不満を露に主人のカピにまた尋ねる。


 「もう~! しつこいなぁルシフィス。決めたこと。みんなも賛成したし、ちょっとぐらいお金がかかってもいいじゃない」


 「少しぐらい……でしょうかねぇ。わたくしにはそうは思えませんが。それより何より! こんな得体の知れぬものを……このカピバラ家の屋敷内に入れること自体…………」



 「イモ!!」

 得体の知れぬものが抗議の声を上げた……ように見えた。


 マルスフィーアが執事に嘆願する。


 「執事さん! お願いします。イモちゃんは本当に私たちの命の恩人なんです。食費は私のお給金から引いて下さって構いませんから!」


 イモちゃんと呼ばれたものが、マルスフィーアの膝の上にちょこんと乗っている。


 メイド長のプリンシアが言った。

「スモちゃん。スモレニィちゃんが最近、ちょくちょく面倒見てた動物がこれだったとはねぇ~そりゃ餌を運ぶ回数が増えるわ」


 職人親父のロックも合いの手を入れる。

 「プリンシア顔負けの食欲じゃな、何処に入るんじゃ? その小さな体で」


 今日の夕食の半分をその動物が食していた。ほっぺをパンパンにしながら、小さな手で器用に次々と皿から口へ運ぶ。


 マルスフィーアの抱く、イモと言う生き物。それこそがカピが目撃した白い小型モンスターだった。体長は立って50センチほど、クマとモルモットをミックスしたようなモフモフの毛皮に覆われた可愛い珍獣。このたび初めてじっくり見ることで分かったが、誰が着けたか知らない藍色のリボンを頭に飾っていた。


 「イモ! イモ!」と奇妙な鳴き声を上げる。


 「その鳴き声から『イモちゃん』と言うわけでござるか」

 コック長のリュウゾウマルが感心する。彼にすれば、また一人、自分の出す料理をガンガン美味しそうに食べてくれるお客が増え大歓迎だった。


 「そのイモさんが、盗賊に襲われたマルスフィーアさん達の大ピンチを救ってくれた恩人。なるほど、そうでしたか、……なんてそんな話、信じられるわけ無いでしょう」

 ルシフィスが勘弁して下さいとばかりに呆れている。


 「厄介なペットを飼うために、偉く愉快なストーリーを思いついたものですねぇ」


 執事はじっとイモのつぶらな瞳を見つめた。以前の彼なら訳の分からないモンスターを飼うなどと断固反対した。あまりに熱視線を送るのでイモが顔を背ける。


 (奇妙だ、実に奇妙。見たことの無いモンスター、今度時間がある時にでも書庫で調べておかねばなるまい。しかし…………何だ?…………)


 「スモレニィの奴が、足に矢を突き刺して帰ってきたのは事実。もしかして村人に熊にでも間違えられて射られたか? それを庇った、責任を感じぬようにって訳かのぉ」


 ロックもいま一つ信じられない荒唐無稽な話に、自分なりの納得できる理屈を思いつつ執事と会話する。


 「イモに全部食われちまった王都の旅路にもっていく食料の方は、また後で俺が取りに行って来るよルシフィス」



 カピはマルスフィーア達の話を信じていた。それと同時にカピバラ家領主としての危機感も意識しだしていた。根掘り葉掘り聞く事はしなかったが、彼女達を襲ったのは只の偶然では無さそうだ。

 (ゴールまでの道のりが平坦でない事は間違いない……)


 マルスフィーアが笑顔でプリンシアに話している。


 「私ね、ああ! もう駄目だ。皆さんとも、もう二度と会えないんだって。そう思って目を瞑った時。バ~ンって体が弾かれたと思ったら! イモちゃんが! ふっ飛ばしてたんですよ~その盗賊を、体当たりで! その後は一瞬で他の悪者もボカ! ボカ! ですよ」


 プリンシアは感心しながら。

 「そんなピンチに颯爽と現れるなんて、きっとイモちゃんのクラスはカピお坊ちゃまと同じヒーローかも知れないよ。じゃあ今度はあたしと、いっちょひと勝負願おうかねぇイモちゃん! ガハハハ」


 ヒーローと言う言葉に反応したのか、イモは食べ物を運ぶ手を止め、床に二足で立ったまま飛び下りると右手を高く上げ、左手を腰に、ちょっとかっちょいいポーズを決めた。


 「イモ! イモ~!」


 !! ルシフィス、プリンシア、リュウゾウマル、三人同時に怪訝な顔をした。

 受けた程度はそれぞれ違えど……ほんの一瞬、信じがたいほどの雄大な気、オーラを感じたからだ。ルシフィスは有り得ないとゆっくり首を振り、さすがにここ最近の立て続きの気苦労で自分の神経も相当疲れているのを実感していた。


 マルスフィーアは熱く語る。

 「そうですよ! イモちゃんは私達の、このカピバラ家のマスコットです! 幸運を呼び寄せる絶対欠かせない。何処探したって二つと存在しないユニークな我が家には、もう本当にピッタリの仲間だと思います」


 

 心持ちお腹の出てきたイモがカピの方に近寄ってきた。自分の口に手を入れゴソゴソすると、頬袋から取り出すかのような仕草で、マジシャンばりの手さばきを見せ、木の実を掌に乗っけた。


 「ん! それくれるの? ……あ、ありがとう……まあ、後で食べるよ」


 カピは恐る恐る、不思議な名も知らぬ実を手に取る。どうやって仕舞っていたのか首を傾げるほど、涎でベトベトという事無く、磨いた団栗ぐらいにピカピカしていた。


 「それにしてもチビの大食いだなお前、あ、そうだ! イモ、前に庭に居ただろ。せっかく手招きしたのに逃げるんだから~」


 「イモ? イモ~」そう鳴いて、少し照れて恥ずかしそうに真ん丸い目を細めた。


 「まあいいや! お前も今日からカピバラ家の一員だな。危機を救うヒーローかぁ……僕はまだまだ、マックス…おじいちゃんや、イモの足元にも及ばないなぁ。お~い、もしカピバラ家に最大のピンチがやって来たらお前、助けてくれよ! な~んてな」


 そう言ってカピはイモの頭をくしゃくしゃと撫でた。


 イモは短い腕を腰にあて胸を張ると「ガハハハ」とプリンシアのように豪快に笑った。



 ――――この世界のどこか


 白一色に覆われた、無機質な一室。


 「それで、何か面白いこと起きた?」


 この世の者とは思えぬ整った金髪の美少年、ミカエラが無邪気に問う。


 「ミカエラ様の読みどおり、揺らぎを検知しました。何度か。おそらくは魔の者が此方へ進入したと思われます」


 「ついに来ちゃったか、当然始末はしたよね?」


 「そ、それが……申し訳ありません。その後完全に気配が消えました」


 ミカエラの眉が少ししかめる。


 「消えた? 誰かに始末されたって事? いくら弱い魔物って言ってもさぁ、境界を突破するぐらいの奴なのに…………それをユニオンが気が付かない内に誰かが消した?」


 自分の失態を恥ずかしく思いつつ部下は推測を述べる。


 「もしもそれが冒険者なら、手柄として報告が上がるはず。でないとすれば、功名心の無いよほどの馬鹿か……もしくは何らかの事故、運良くか? 悪くかなんとも言えませぬが、ドラゴンクラスのモンスターに鉢合わせバトルで倒れたとも考えられます」


 「分かった。これからも監視をよろしく」


 白い制服の部下は、よりいっそう深く頭を下げ部屋を後にした。


 「ますます面白いじゃない」


 ミカエラは笑い、深く座る椅子を子供のように回した。

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