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やさしいともだち

第四十四話 やさしいともだち


 逃げ場は無かった。


 粗暴で屈強な男達に囲まれた、マルスフィーアとスモレニィ。


 前方を革鎧の老獪なレンジャー、シザーと、鋼鎧のベテラン戦士、グーンが阻む。後方には、巨漢で斧使いの筋肉男ヌッパを真ん中に、それぞれ軽装備で身を固め、長めのナイフを手に弄ぶ二人組の非道な面構えの男。


 マルスフィーアは、彼らが酒場でひと悶着を起こした相手達だと直ぐに気がつかなかった。まるで雰囲気が違ったからだ。

 眼鏡に手を添え、何度も瞬きする長い睫毛の下で、驚きの色を混ぜ震えるこげ茶の光彩がじっと見つめる。


 以前にあった、何処か漂う陽気さ――お世辞にも上品ではないにしろ、が皆無だ。グーンもヌッパも生気が抜かれたような冷めた表情。特にシザーの顔つきは前とは別人、暗く窪む影、骸骨のグラデーションが深く懸かり、異様に両目だけを爛々と光らせている。


 「大人しくしな」

 低い無感情な声でシザーが言う。


 「ヒャッハハ~、別に…泣き叫んでもいいんだぜぇ、ねえちゃん」

 新顔の協力者、冒険者クラス:ローグの男が大きな声で茶々を入れた。ローグとはいわゆる盗賊、機動性俊敏性に富み、鍵開けやトラップ解除を得手とする、ややダークサイドに位置する職。


 相棒のもう一人のローグが呼応するように

 「気持ちイイ~悲鳴でも上げてみなぁ、ここら一帯にゃぁ人っ子一人いねえからよ」


 ナイフをちらつかせながら嫌らしく笑い、思わず恐怖と緊張で顔を強張らせたマルスフィーアに迫る。


 スモレニィが間に入った。彼の倍はあろうかという体の大きさに一瞬たじろぐ男。


 その垣間見えた臆病さを隠すかのように声を張る。

 「……なんでぇ、何か言いてぇのかあ、この木偶の坊が!」

 (こいつらの事は、分かっている。ちょいと図体がでかいだけの知恵遅れの下男と、最近雇われた小娘。戦力に成る訳もない新米の冒険者。何の心配もねぇ)


 「ううゥ……す、すまねえだ……」

 スモレニィはたどたどしく謝り、背中にしょってる荷物を下ろして


 「こ、こ、これあげるからよ……なにもしねぇで、通しておくれ…………お、お願いだぁ」


 ローグは怒りの表情を露に、その差し出された荷物を蹴り飛ばした。呆然と悲しい顔を見せるスモレニィを中心に中身が散乱する。


 「はあぁ? マヌケがっ舐めんなよ! ガキのお使いじゃあねえんだよぉ!」

 足元に転がってきた包み、村人から貰った干した芋を踏み躙り、顎を上げ顔を近づけつつ怒鳴る。


 スモレニィはつぶらな瞳を見開き、酷く殴られ叱られた子供の様に萎縮し、がっしりした肩を窄ませブルブル震える。


 「そうだ……俺たちは物取りなんてつまらない仕事で、こうして出向いて来たんじゃあねぇ」

 シザーが盗賊の新参者を制してゆっくりしゃべりだす。


 「お前たちは…………人質だ。あの若造のヒーロー、世間知らずで正義面した……お坊ちゃんと引き換えるためのな」


 彼らの目的をはっきり知ったマルスフィーア達。平穏な帰り道に起きた予期せぬエンカウントが、どうにもならない最悪の事態に展開することを悟った。


 シザーは注意深く二人に近づき、それぞれの顔を据わった暗い目でじっと見る。


 「ええ? あの領主様はさぞかしお優しいらしいな、……伝説の爺さん、マックス譲りの勇者きどりか? それが本当なら……只の使用人の命と引き換えでも、ノコノコやって来るよなぁ? なんだ……やっぱり……いざとなりゃあ来ないのか?」



 突然、スモレニィがシザーに向い飛びかかるかに見えた。

 「止めろ~、おらだけ捕まえろ! マルちゃんは勘弁してくろ!」


 このお腹の中心をギュッとさせる嫌~な気持ち、目を覆って隠れたくなるのに、どうしようも抜け出せない恐ろしい局面。何を差し出せば良いのか? 自分の行いの何が悪かったのか? 到底分からぬスモレニィ。


 一種のパニック状態に陥り、他人から見れば無謀にも映る行動に出た。その動きは予想外で、もしも彼が戦士であったなら! シザーに致命的な一撃を与え、この後の展開の何かが変わったかもしれない。

 だが彼は解決の為に力を振るう事など考え付かない優しき者、ただ自分の気持ちを強く訴えたく、前に身を乗り出しただけだった。



 ヒュン! 空気を切り裂く音。


 ブスッ、鈍い音に混じり血しぶきが飛ぶ。

 スモレニィの分厚い太ももを矢が貫いた。


 「うぐっ」うめき声をあげ地面に両膝をつき崩れる巨体。


 「きゃっあ! スモちゃん!!」マルスフィーアの悲しい悲鳴も響く。


 

 「バカが、迂闊な動きをするからだ」


 シザーが林の方を向き合図をする。良く目を凝らし見ると、大木のてっぺん少し下がった位置ほどに人影が見える、弓使いだ。なんと彼は狡猾にも伏兵を潜ませていたのだ。何の苦も無く制する事の出来る今回のターゲットに対してまでも。


 弓使いの男は、座っていた木の幹から腰を上げると、サルの様に軽やかに連続ジャンプして地面に降り立ち、シザーの元へやって来た。


 「シザーの旦那、安心しな。さっきも言ったけど誰も居ないよ、俺のスキルに間違いはない。どんなに身を隠そうとも、気配を消そうとしても分かる。首を賭けてもいい、ここらには俺達以外誰一人いない」


 スモレニィに寄り添うマルスフィーア、傷は深い。苦痛だろうか、目に涙をためて彼女を一心に見つめる。


 「あなた達! どうして! こんな事を」

 マルスフィーアは抗議の叫びを上げる。誰もが思う理不尽さに対する怒りの感情をぶつけた。


 だがしかし、その誰もがの反応が不幸を連鎖する。


 残忍な人間の闇の部分を刺激されたローグの男が、美しくも健気なマルスフィーアの高揚した姿を見つめ、下劣極まりない顔つきで言った。

 「おぉい、シザーさんよぉ。人質つっても……指一本触れずに、綺麗にラップしてお渡ししますって訳ねぇよなあ……へへへっ」


 「そうだ、そうだぜ…………たっぷり味見してからだっていいよなあ、命さえ残ったら」

 もう一人の盗賊も舌なめずりして、女を嬲り見る。


 「好きにしな、ボーナスだ」


 シザーの言葉に、リードを離されたローグのペアは涎を垂らし、マルスフィーアに寄って行く。



 痛くて、悲しくて、どうしようもなくて、涙が出た。けれどももっと嫌だ!

 (彼女が傷つくなんて、自分と同じような苦しい気持ちになるなんて)


 そんな事は絶対に耐えられない! そんな事が起こるなら、何も目にせず死んだ方が幸せだとスモレニィは思った。

 日頃の動作から考えられぬ素早さと強引さで、マルスフィーアの手を取ると自分の体で守る様に抱き、そのまま地面にうつ伏せた。ちょうどドームの様に彼女の華奢な体を覆った。


 マルスフィーアを餌食にせんとする男達は、スモレニィの下らない時間稼ぎの行動に最初イラッと来たが、すぐさま己の絶対的な揺るがぬ支配者の立ち位置を思い返し、湧き出る残忍さに、甘美な餌を与える余興が出来たとばかりに嬉々としだした。


 「お姫様を守る、白馬の騎士にしちゃあ不細工だなぁ! ええ?」


 ドガッ、ガスッ。強烈な蹴りを無抵抗なスモレニィに何度も食らわせる。


 「へぃへぃ、さっさとこの肉の殻をぶち破って! 美味しい中身を頂こうぜ」


 革靴の先が、スモレニィの強靭な腹筋をも突き破り、内臓まで衝撃を与える。わき腹を蹴り上げ、肋骨にひびが入り、そして砕け、肺が酸素を噴出す悲鳴を上げる。背中や下半身をめった蹴りにし、強烈な打撃で厚い筋肉組織が裂け千切れる。


 ドームの中で、少女は泣いている。

 「……こ、このまま、このままだと……スモちゃんが……」


 「……大丈夫、おら頑丈。ぜんぜん痛くないよ」



 予定と違う、この泣き虫の大男は、何度か蹴られたら、とたんに痛い痛いと泣き喚き女から離れて転がりまわるはず! なのに何故だ、一言も声を上げず、ビクともしない。


 男達は、蹴る場所を変えた。


 スモレニィの後頭部を蹴り落としながら、首を後ろに反り、聞く


 「最悪……、人質って女一人でもいいっすよねぇシザーさん」


 「…………ああ、男は死んでも構わん」シザーは冷たく答えた。


 振り抜く爪先がこめかみを直撃し、頭蓋骨が軋み嫌な音を立てる。スモレニィが何もしゃべらなくなった。


 少女の目から涙が消える。目を閉じ口元に暖かな笑みだけを残し、彼女を守る鉄壁の繭となって無の国へ旅立とうとするともだち。



 マルスフィーアは決意した。


 この絶体絶命の窮地から抜け出す方法、彼女にはたった、たった一つだけ存在した。


 この場の誰一人として、例え百万年要しようとも考えつかない方法が


 それは――

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