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夕陽

第四十二話 夕陽


 冒険者酒場を出て、帰路につくため、馬を預け置いた近所の厩へ向かうカピとルシフィス、そして新たに仲間に加わったランサーのマルスフィーア。


 執事ルシフィスがマルスフィーアに聞く。薄々分かってはいたが仕方なく。


 「あのーところでマルスフィーアさん、あなたの馬は何処です?」


 一度、長い睫毛と茶色の可愛い目をパチクリさせて彼女が笑顔で答える。


 「え? ああ! 私、ここへは乗合馬車で来ました。特に当ても無く、田舎のほう、のどかな町がいいかなぁってぐらいで……。でもご安心、馬には乗れますよ!」



 こうして三人並ぶと、子供の遠足とまでは言わないが、冒険者などと言うワイルド感は微塵も無く、傍から見るとどう見ても学生の旅行者達だ、親離れも出来ていない。


 ルシフィスは、中でも最もらしくないマルスフィーアを見て思った。


 (カピバラ家を守護する兵士、カピ様を護衛する壁となるべき衛士。どちらの役割を与えたとしても、彼女は明らかに力不足。いやいや、それ以前の役立たず。ここはもう少し強く反対意見を述べるべきだっただろうか?)


 ハーフエルフの自分とそう変わらない細い体の若き領主カピと、にこやかに会話をしている眼鏡の女性。そんな二人を見ながら思いは続く。


 (……だが、あのカピ様のお眼鏡に適ったのだ。考えてみれば、これから先、人間の女の付き人がいれば何かと都合良いかも知れない。特にもうすぐ王都へ向かう。我々異種族よりきっと役に立つに違いない! ハッ、なるほど! …………さすがカピ様、お考えが深い……)


 「でも、どうして私を誘ってくれたんですか? 決め手は? 教えて下さい~」

 マルスフィーアが聞いている。


 「それは! マルちゃんが…………可愛いから~合格~!」


 「もう! カピ様ったら!」

 笑いながらカピの肩をポカポカ叩いている。


 ……ルシフィスがもうほんの僅かばかりでも、クールでない性格の執事であったなら、豪快にズッコケていただろう。



 気を取り直す、ルシフィス。


 (…………ま、まあ、悪い人間では無さそうだ。それに現実的に、この酒場で他に戦士を探そうにもドングリの背比べ、大した者は居まい。今後を考えれば、カピバラ家には良い師匠が揃っていることでもあるし、彼女は無理矢理にでも鍛え上げれば、そこそこの戦士になる可能性はある。……あの奇妙な魔力も……使いようで…………)



 馬番が連れてきたカピの馬達の手綱を執事は受け取る、どうやら快適に過ごせた様だ。二頭の顔をそれぞれ摩ると元気一杯に嘶いた。白馬ホワイティのお尻をポンと叩いてカピのそばへ送り、自分は愛馬のクロベエに跨る。

 早速鍛えるため、マルスフィーアには屋敷まで走ってもらう! という選択肢もあったが……さすがのルシフィスも鬼ではない。


 馬上からマルスフィーアに気が進まない様子で言う。

「前に乗ります? それとも後ろ? 別に……徒歩で付いて来ると言う選択肢も除外したわけではありませんが」


 ルシフィス含め、エルフ族はあまり人に触れられるのは好きではない。相手がカピでなかったら二人乗りは断固拒否したであろう。


 「じ、じ、じゃあ前で!」


 地獄のマラソン特訓さながら、家路を走らされたんじゃあたまらないと、慌てるマルスフィーア。背負ったバッグを下ろし、槍を下ろしと、これまたどん臭く支度を始める。


 ホワイティに騎乗したカピが近づくが……「乗りなよ」とカッコ良くは言えない。悔しいが、乗馬に関してまだまだ初心者の域を出ていないからだ。


 おずおずと荷物と槍を執事に手渡すと、彼は手際よく馬の鞍に括り積む。手を差し伸べ彼女を引っ張り上げ乗せる。白く細い腕を見て、思ったより力強いルシフィスの腕力に驚くマルスフィーア。着けた鞍は一人用だがルシフィスがやや後部に体躯をずらせば、さほど大きくない二人にはスペースがこと足りた。



 二頭は軽快な足取りで、屋敷への帰り道を駆け出した。


 ルシフィスが駆るクロベエが半馬身ほど前に出ているが、それほど急ぐ走りでもなく併走気味に進んでいた。そこでカピが声をかける。


 「マルちゃんは、最初男の子かと思ったよ。その帽子で髪の毛を隠してたから。変装してたんだね」


 「変装って言うほどの事でもないですよ~。フフフ、魔法で変身出来ればもっと良かったけど。ええ、まあ女性の一人旅だと何かと……男の子の方が過ごし易いかと思って」


 ルシフィスの巧みな手綱さばきと黒馬の能力が相まって、すこぶる快適な乗り心地にマルスフィーアは穏やかに返事できる。


 「これからはもう大丈夫。自分を偽らなくてもね!」カピは言った。



 先ほど、あることに気がついたマルスフィーアが後ろを振り向きルシフィスに尋ねた。


 「執事さん、その腕、その腕の傷……どうしたんですか」


 ルシフィスの腕には傷跡が残っていた。それは、もちろんカピが屋敷の厨房でミミックに襲われたとき庇った際に受けた傷。


 訝しげな表情をする執事。


 「あっ、失礼なこと聞いてごめんなさい。腕の良いヒーラーさんに頼めば、その程度の傷跡、消えるんじゃないのかなと思って。だってそんなに綺麗な手なのに……」


 「…………マルスフィーアさんには、全く関係無い事ではありますが……まあ、これは戒めのため、自分への……残しているんです」


 「執事さん程の、俊敏な人にそんなダメージを与えるなんて! ミミックか何かの魔法機械生物かしら…………」


 誰に言うでもなく、上目使いで考えるように呟くマルスフィーア。


 「!」一瞬ルシフィスの眼に何故か警戒の色。


 「あいつらってとっても素早いですもの……あ、そうだ。ほら!」


 彼女はそう言って、手を額に当て、帽子から垂れ下がっている艶やかな前髪を上げた。



 そこには、三日月の傷。

 額のやや左、白い陶器のような肌に蒼暗い下弦の月の痣に見える。



 横に並ぶホワイティの馬上で二人の会話を聞いていたカピが尋ねる。


 「マルちゃん! それどうしたの?」


 「私の最初の記憶。その時受けた傷」

 遠くを見るように目線が外れ、曖昧な返事を彼女は返す。


 「そうだ、その傷こそ、消したいのなら! 凄いヒーラーを知ってるよ。カピバラ家のお抱え医師、ブラックフィン先生に頼めば」


 「いえ、いいんです。執事さんと一緒で……これは残しておくべき傷なんです。まあ……またいつかお話します」



 それぞれには、それぞれの過去がある。




 そして秘密が。



 三人は無言のまま前を向き、馬に身を任せ、爽やかな風を感じ走り抜ける。


 次第に、太陽が低く揺らぎ始めいよいよ夕闇が迫る。だが屋敷はもうすぐ、陽が落ちる前に辿り着く、心配はない。


 星が一つ流れ落ちた、それに気付くマルスフィーア。


 誰にも聞こえない声で密やかに。

 「……やっと……逢えた」


 夕日のせいだろうか……微笑むその少女の顔は、いつもと違い蠱惑的だった。




 ――――宿の一室、静かにノックされる。


 「誰だ!」中から警戒する返事。


 外に立つ男が、扉越しに答えた。

 「まあまあ、そう緊張しないでください、良いお話を持って来たんです。聞くだけでも聞いてくださいよ、決して損はさせません。……ドア、開けてくれませんか」


 そこは、酒場の戦闘にてカピ達に敗北した冒険者シザー達が泊まっている部屋。ゆっくりとシザーが肯き、仲間のヌッパが閂を外しドアを開けた。


 廊下に居たのは見覚えの無い中年の男。身なりは良くマスケットハットを被り、羽織った外套から剣の柄をのぞかせている、おそらくは剣士の様だ。


 「どうも……さっきの戦い、拝見しました」


 見知らぬ男のその言葉に、奥のベッドに腰掛けているシザーの顔が一瞬、険しくなる。ルシフィスに砕かれた左肩を痛々しく包帯で覆い、腕を添え木で止めている。


 両手を挙げ剣士は続けた。

「おっと、何も笑いに来た訳じゃありません。むろん……慰めにもね。あなた方の腕前は十分理解してます、一目置いておりますよ。……だが……戦った相手が悪い。……誰だか存じないのですか?」


 開けたドアの近くまで寄っていたシザーの相棒、戦士グーンが肩を怒らせ答える。


 「えぇ? 誰だってんだ? 俺達ゃここらのモンじゃあねぇんでな、生憎よ」


 うんうんと了承した素振りの後、剣士が教えた。


 「カピバラ家のマックス伯爵と聞けば、ここらの御人でなくても聞いたことあるのでは? いえいえ彼はマックスではありません。知っているかもしれませんが、マックスはご老体、そしてもうこの世には居ません。あの青年は孫です」


 部屋の中で聞く三人の男の目が驚きで大きく見開かれる。当然ながら英雄マックスの名は全土に響き渡っていた。


 「カピバラ家の新たな領主カピ。はい、見たとおり彼は大した冒険者ではなく、まだまだ未熟な青二才、もちろんマックス伯爵と比べれば月と丸亀も良い所、お話しになりません……しかし」


 話の間を取った剣士は、部屋に入り後ろ手にドアを閉める。


 「あのエルフ、本当はハーフエルフなんですが、彼の存在が大きい! あやつこそマックスの右腕とも言われ、数々の冒険、偉業を共にした執事のルシフィスです。あぁ……そうです、その様な者を相手にしてしまったのです。……知らずにね」


 ルシフィスの桁外れの実力を体感したシザーは、戦いの恐怖を思い出し、肩の熱い痛みに反して、背筋が冷たくなるという二律背反に軽く身震いした。


 同時に戦ったグーンにもルシフィスの恐ろしさは良く分かった。グーンは渇ききった口で聞いた。


 「……で、で。そんな事を知らせに来た、お、お前は誰なんだ?」


 「申し遅れました。私は……と名乗りたい所なんですが」


 剣士の男は人差し指を唇に当て

 「ここは秘密。ただ……これだけは確約しましょう! 決してあなた達の敵ではありません。私は、とある御方の密命により、少々汗をかいているのです。私達からすれば、住んでる世界が違い、とても考え及ばぬハイソな方達にとって、あのカピバラ家と言うものは言わば邪魔者。眼の上のたんこぶなのだそうですよ……」


 剣士は笑みを浮かべながら、まだ自分の趣旨を完全に理解できたとは思えぬ表情のままの三人に向かって続ける。


 「そこで、相談なのですが、復讐をしたくは無いですか?」


 部屋の時が凍る。流るるはそれぞれの頭の中だけ。


 「ええ、もちろん。あのルシフィスに直接リベンジせよ、なんて無謀な事は言っちゃあいませんよ。カピバラ家に、あのカピと言う世間知らずな子供に、すこーしダメージを与えて頂ければ……それで十分……御褒め下さる偉大な御方が居ると言う事なのです」


 言葉無く見つめる敗者達、男の話を頭の中で良く考えながら。


 「お礼は、弾みます。恐らく……あなた達の持てる想像以上にね。必要ならば十分な支度金に優秀な医者も紹介しましょう!」


 名も知らぬ剣士は手袋をした手、人差し指でシザーの肩を差し言った。


 このなかなかの好条件、普段の依頼ならば直ぐに受けたシザー達。少々得体の知れない依頼者であっても大金が手に入るならリスクを取る覚悟は十二分にある。

 だが、何かが足を引っ張る。シザーの口から了解の言葉が出ない。グーンの脳裏からあの戦闘の絶望感が今だ拭い去れない。ヌッパの心から、あの只の青年だと男が言うカピに受けた恐怖が消えない。



 慇懃無礼な態度が消え剣士が言葉を吐く。


 「おいおい~このまま終わるんですか? 仕組まれた試合、スーパースターの卵にあてられ無様に敗北し、寂しく引退する噛ませ犬のように!」


 両手を大きく広げ、情熱的に続ける。


 「ったく! 安っぽいストーリーのクソみたいな役柄、そんな誰の記憶にも残らない! ああ~よくこのまま大人しく消え去ることが出来ますねぇ、ええ? シザーさん」


 冒険者シザーの眼底に微かな火が灯った。


 (お、俺は……俺はまだ……聞いちゃあいねぇ…………聞いちゃあいねえぞ……引退の鐘を!)



 だが悲しくもその火の彩は、狂気と呼ばれるものに似ていた。

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