確定させて僕は前に進む
第三話 確定させて僕は前に進む
大きな窓から夜の青白い外光が差し、低い位置に置かれたランプの炎が淡い赤で室内をムーディーに照らし出す。心安らかに落ち着ける環境だ。
(よし、執事の話から分かった現状、新たなここ『現実』世界を整理しよう)
ある思い、人に真顔で話せば「頭イカれてんなっ」の一言で蹴散らされそうな……ありえない可能性は、すでに青年の頭に浮かんでいた。
(しかしまだ結論に飛び込むには早い、奇妙な理屈が合点するためにも、順序と言うものがある)
青年は先ほどの執事の会話を復唱した。
「僕はこの屋敷、みょうちくりんな名をしたカピバラ家の主人で、昨日夕方に到着した。その直後急に倒れ、出迎えていた執事に抱かれ、今いるこの寝室のベッドに寝かされた。彼の話ではもう医者に診せ、体に異常はないらしい……」
(そうすると現在の時は、日をまたいだ深夜だろうか。もしかして! あの執事さん、こんな時間まで、ずっと外で観てくれていたのか? 思ったより良いヒト……なのかもしれない…)
考えの整理は続く。
(次に、このシチュエーションについて考えてみよう)
目覚め以前の過去の世界、青年が暮らしていた日本国が存在する世界。そこと同じ世界なのか? 例えばどこかの映画スタジオの一郭で、さっきの美しいエルフの執事は役者の特殊メイクだろうか?
確かにこの部屋は薄暗い、昼間の明るさの中、また煌々とライトに照らされた中で会った訳ではない。そのために本物と見間違えたのか?
間近で見た、あのきめやかな肌、あの瞳。深く美しい緑、虹彩はまるでみずみずしいキウイフルーツ! 全くもってリアルだった。その上……決定的な一打、ココが単なるニセモノでないという証拠。気づいただろうかあの違和感に、その裏にある驚愕の事実に。自問自答のサイクルの中、もう一人の自分に問いかける。
青年は思い出す。あの執事は――
(『日本語』を話していた)
いや、違う。正確を期すなら青年には日本語に理解される言葉だ。
普段、吹き替え版の洋画等を観ていると、巧みな声優のテクニックにより、まるで外国の俳優がそのまましゃべってるかのごとく、全く違和感無く感じられる。
しかし注意深く、その一点に注視しながら映像を見たなら……違和感に囚われるのではないだろうか?
あのエルフのほっそりした顔の骨格で、あの様な心地よい男性の声、はっきりとした日本語を、もっといえば青年の世界のいかなる国の言葉をも発せられるのだろうか。
繰り返すが、すでに浮かんでいたのだ。幼き頃はいざ知らず、けっしてアウトドア派とは言えない青年。ファンタジーな映画、小説、そしてRPG! そんな夢と希望の世界を生活の良き糧にしていた彼にとっての、ある確信が芽生えていた。
認めざるを得ない。
どれだけ突拍子無い思い付きだろうが、ここはつまり
(『異世界』なんだ!)
次の段階――。思考の迷宮探索はとても疲れ、つまらない。もうこのままシーツを被り眠ってしまいたい。眠れるなら。青年は今一度立ち上がり迷宮の階段を上る。
(次に考えられる疑問で、少しの可能性の方を消しておこう……)
(ココが異世界だとしても、このモザイクがかった記憶の問題がある)
(実はあの執事の言うことが現実で、僕はカピと言う貴族のお世継ぎであり、この頭の中の『日本の青年の何某うんぬん』は、ガラスのハートしか持たぬ、カピお坊ちゃんの現実逃避の妄想なのだろうか? ややこしい事だが、この世界が真で、地球そして日本が存在するという宇宙が異世界の出来事なのだろうか?)
……
……
……
(ないないっ。それはない!)
(記憶の世界が真で、こちらが異世界、いわゆるトリップしたのだ。記憶の混濁、欠如は転移した時、こちらにやって来たその時に受けたなんらかの影響)
(そろそろ腹を決めよう)
「過去の記憶の事柄に拘り続け、どこかの一室に篭り、考え込み、何十年と、いやそれ以上の年月を使い、うだうだあれこれ些細な違いに悩み、探求して『カピの異世界解体新書』でも、オマエは書き上げるつもりか?」
(最後はそれで一生を終え死ぬのか?)
「前に進むべきだ」
(怖い。奇妙で何も分からない状況、そしておかしな世界)
「上等だ。どこにいたって、未来は分からない。一寸先は闇なのだから」
むろん、夜眠れないとき思い悩むこともあるだろう。ふと何気ない日常、会話の中で
何か心にひっかかる出来事やワードに触れ、過去を思い考えてしまう時もきっとある。
これはどの世界に生きていても、結局同じではないか? ならば一歩を踏み出そう! 冒険者としてこの新世界で。
そう『カピ』は思った。
カサッ。何かが落ちた。