迷い込んだ子ブタ
第三十五話 迷い込んだ子ブタ
「ぐっすり眠る仔豚亭」ちょっとメルヘンな可愛い名前。ここはカピバラ領内にあるユニオン支配下の宿場町、その冒険者酒場である。
客の数は、三分の一ほど席が埋まっていて20人弱。数グループに分かれた冒険者達がそれぞれのテーブルで酒を煽っている。カウンターもあり、近くには若いウエイトレスが一人、中では無愛想な酒場のマスターが立ってもくもくとグラスを磨いていた。
西部劇でお馴染みの、観音開きになった手押し扉、ウエスタンドアが静かに開き、小柄な若い冒険者がひっそりと隠れるように店の中に入ってきた。
皮の耳あて付きの帽子を深く被り、眼鏡をしているその顔は、青年と言うよりもっと幼げな少年に見える。戦士らしからぬ細い手足に華奢な体では無理ないが、装備はいたって軽装、サイズの合っていないやや大きめの革鎧に小型リュックと細い棒を担いでいる。
店内を素早く見回し、店奥の隅に空きを見つけると目立たぬようにポツリ座った。
水と軽い食事を注文してキョロキョロ落ち着かない様子で待つ。
一つ空けた隣のテーブルでは、三人組の男達が良くある話題の一つで盛り上がっていた。それはいったいどのクラスが最強かという話。ほろ酔い気分なのか、楽しそうに大声で語り合っている。
「最強の名にふさわしいのは~! 戦士クラスの俺から言わせると、やっぱ、王道の王道! ヒーロー以外考えられないね」
「そうだよなぁ憧れるね! 何つっても完璧な物理攻撃力に、強力魔法が付いて来るんだから無敵だな~おい」
「けっ! つまんねぇ。ひねりがねぇ。『百獣の帝王はドラゴン、だからドラゴン最強』って言ってるぐらい普通すぎ、お前らは初心者か? 子供か?」
それぞれが斧と剣を使う戦士であるためか、団結して同職のヒーローを持ち上げる仲間の言い分に、納得いかずケチをつける三人目の男。
「何だよリーダー。本当のことだから仕方ねぇだろ」
斧使いの男は不満げな冒険者にそう言って、ぐびっと酒を飲む。
「一流ハンターの俺様に言わせると、甘いね。魔法はヒーローだけの専売特許じゃねぇぜ! それになっ本当の戦闘ってのは、戦う前からすでに始まってるのよ、対一戦闘、デュエルで考えりゃ~間違いなく最強はシノビ! レンジャー極めのクラス、忍者の前にかなう者無し! 反論はゆるさねぇ」
先ほど店内に入ってきた小柄な冒険者と同様、革鎧を身に付けているが、このリーダーと呼ばれた男は全身を隈なく覆うフルタイプの鎧。サイズぴったりにあつらえ、かなり着慣れた様子。
「ちっ、あ~あ。でもまあ、確かに…少々卑怯な、不意打ちもアリって言う実戦で考えると……そういう考えもあるわな。だがどうだ? こっちがソロで、相手がうようよいるモンスター共ってことなら? やっぱヒーローに軍配上がるぜ」
「待て待て、チームって考えを入れていくっつんなら、忘れてねぇか? 魔法使いを! 低レベルな奴はともかく、マスタークラスになってくると、詠唱スピードもっぱねぇぞ? 俺達の攻撃スピードを超えて発動可能だぜ」
「……だな、前衛に盾役の戦士でも揃えられたら、手が付けられんな。パーティ最強は大魔法使いに決定~ぃ」
あながち間違っていない戦力分析の会話は、酔いが回ると共に徐々に意味の無い愚痴やバカ話へと変わっていく。
隅で聞き耳を立てながら食事を始めていた若い冒険者は、彼らの話す内容が思わず赤面するような下品な話になっていったため、慌てて他へ意識を移した。
ドアが開き、また新しい客が入ってきた。自分とそう変わらない体格をした人物。二人連れのようだ。
出された食事は不味いわけではないが、酒場のどうも自分には合わない雰囲気と、期待した出会いも無さそうで思わずため息が出る。
「ふぅ~ぅ……」
(プリティな名前のお店なのに、正反対の人ばっかり……。これ食べたら、早くここは出て、近くのユニオンの館にでも行ってみようか……)
店の中心で騒がしさが弾けた。さっきやって来た客を野次る声がする。聞いてみるとどうやら注文した内容がバカにされてる。
「おいおい かわいいお坊ちゃま方がお食事に来たぞ」
「ヒューヒュー、ママはどこ~? こんな所来ちゃあ危ないよ~」
退屈を持て余してる彼らにとっては格好の暇つぶしターゲットか? 改めてその二人組み、よく見てみると本当に子供だ。
(こんな所、来てはダメだ。あの人の言うとおり…本当だ危ない)
でもきっと彼らも、店に漂う危険な空気、自分達の場違いさに、すぐ気がついて出て行くだろう。……そう思った矢先、意外な事になる。
一人が逆なでするような馬鹿なことを言ったのだ。
「やはり、ろくでもない冒険者ばかりですね、まあこんな田舎で期待はしておりませんでしたが」
(あぁ! 何てことを。周りが見えない、若気の至りで言ってしまった……)
思ったとおりの最悪の展開になりそうだ。直後さっきのグループ初め、幾人かの冒険者が立ち上がり、ふざけるな小僧と声を荒げる。
小柄な戦士は、こっそり出たかった。
もう少し早ければ、この騒ぎに巻き込まれず店を出られたのに。
でも、仕方が無かった。お節介な好奇心がほっておけなかったのだ。
「ちょっと皆さん。お、落ち着いて…あ、わわっ」
揉め始めてるテーブルに、愚かにも仲裁へ向かう。気ばかり慌てて体が思った様に付いてこない、飛び出た椅子に足が引っかかりよろける。その拍子に肩当てがずり下がり体のバランスが崩れた。なんとも見っとも無い無様さで、すってんと転げながら飛び込んでしまった。
眼下でモアモアとほこりを立てながら、うつ伏せにすっ転んでる冒険者を見つめ、冷めた態度の奇妙な少年が、冷たく言う。
「落ち着くのはわたくしではなく、あなたの方では?」
手足をバタバタさせ何とか体を起こし、へたりと座る。
「け、喧嘩はダメです!」
恥ずかしさもあり、顔を真っ赤にし上ずった声で叫んでしまった。
追っ付けよろっと立ち上がると…斜めにずれた帽子から、織り込んでしまっていた長い髪がはらりはらり垂れた。
栗色の艶やかな髪が乱れ、装備が乱れ、眼鏡もずれた。
「なんだぁ!? お前、女か?」野次った冒険者の一人が驚く。
その姿、グラマラスと言うには程遠いはずが、不思議な色気をかもし出す。
「おお! いいねぇお嬢ちゃん、言うとおり! 喧嘩はやめて俺とイイ事しに行こうぜぇ~げへへへ」
ごつい体を寄せながら下品に言い寄る男達。
確かに、仲裁は成功した。
しかし、いっそうおかしな面倒に巻き込まれたことを女戦士マルスフィーアは理解した。




