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展覧会の声

第三十四話 展覧会の声


 カピは執事と別れ、メイド長と屋敷の中庭の離れになるロックの作業場へ向かう。


 ロックは、ユニオン冒険者の中でも少し特殊なクラフトマン系、技師と呼ばれるクラスに就いていて、なおかつ上位者に与えられる称号マイスタークラスである。

 能力パラメーターで分類すれば、最も重要なのがDEX、デックス、デクスタリティの略であり、つまりは器用さに優れる者が向いているクラスと言える。


 得てして、この優れた職人と呼ばれる人種には、強いこだわりを持つ頑固な者が多いと言われたりもするのだが、御多分にもれずロックも相当な頑固爺であった。


 道すがらメイドのプリンシアがカピの手を取り囁く

 「カピお坊ちゃま、どうぞ怒らないでね……本当なら御主人様の言いつけ、どんな事でも『はい』って言って素直に従わないとダメなのは分かってるんだけど……あの頑固ジジィだけは~もう! マックス様のご意見だって、嫌な事は首を縦にふろうとしないんだから」


 カピより断然、威厳があり尊敬されていた先代のマックスに対してもそうなのだから、これは相当なもので先が思いやられる。


 彼女はどこか探るような上目遣いのつぶらな瞳で、カピの顔をじっと見て

 「お坊ちゃまも意外と……曲げない所があるから…ちょっと心配だよ~」


 「そう? そうかな」カピは自分では気づいていない指摘を受け少し戸惑う。



 プリンシアと会話を交わしながら離れ近くまで歩いていると、使用人の大男スモレニィが、いそいそと中庭を横切っていくのが目に留まった。


 「スモレニィちゃん! どこ行くんだい」プリンシアが声をかける。


 こちらに気がついていなかったのか、急に声をかけられ挙動不審になる大男。


 「あ、あああ……」


 太い首を左右に振りカピたちに気が付くと、手に持った袋を、大きな体の後ろに慌てて隠す。スモレニィはあたかも秘密の持ち物かの様に隠したが、それが食事の残り、余り物をつめた袋だと皆が知っていた。


 「お、おらに、なにか用があるのだか? う、うん言ってくんろ」

 御主人様の近くに駆け寄る大型犬のようにスモレニィはやって来た。


 「いやねぇごめんよ。特に無いんだけどさ、お坊ちゃま何かスモちゃんにある?」


 「うん? 今は僕も無いけど」


 「じ、じゃあ、おらちょっと森っこ……散歩、しつれいしますだ」

 ペコリと腰を深く折り一礼して、スモレニィはドタドタと駆けて行った。


 木陰へ消えていくスモレニィの背中を見ながらプリンシアが

 「あ~また……何か珍しい生き物でもこっそり飼ってるのかもね~、前にルシフィスの奴に、あんまり野生のものに餌付けをするなって怒られてたからねぇ」


 腕白な男子の秘め事を温かく見守る笑顔を見せながら続ける。


 「そうそう、さっき話しに出た温泉の辺りで、よく動物が怪我したり気絶したりしててさあ、スモちゃん見たら、それほっとけないだろぉ…けっこう看病してるのよ」


 カピはその様子が目に浮かぶようだと思いながら、ふと(何か? 聞きたい事があったような……)しかしカピの目前には、より重要な課題への扉が迫っていた。程なくしてその問いは意識から外れた。

 


 頑固な匠の待つドアを開け、二人は作業場へ入った。


 作業場の老主ロックが気がつき

 「おぅ、今日はなんだ? 坊ちゃんの装備でも用意するか?」


 カピは、改めて部屋の中の品々を見る。細かな細工、塗りや彫刻を施された小箱や中小の器、色々な生物をモチーフにしたのだろう人形、文具に織物などなど。材質も木や石を始め、金属、レア金属と多種多様。あらゆるジャンルの工芸品を混沌の創造主のみ知る配置で積み上げているようだ。


 ロックの手元を見ると、毎度の様に椅子に座って今も何かを彫っている。


 「ロック、こうやって山と積んであるもの見ると、一つ一つ凝ったデザインが施されてるんだねっ」

 カピは近くの山から一つ、カードケースの様な木の立方体を手に取り、滑らかな手触りを指の腹でなぞり味わい、面を彩る幾何学的な美しい模様に目を奪われた。間違いなくロックは超の付く腕前の名工、匠だ。それもありとあらゆる技法を身につけた。


 「う~ん? まあそうだなぁ、戦士が修行する……プリンシアが筋トレしたり、コック長が素振りする様に、俺達職人はこうして毎日手を動かす、それが鍛錬」

 マイスターが手を止めずに話す。


 「それで出来たものは、こうして積んで置くだけなの?」

 意図無く、素朴な疑問がカピから出た。


 「なんだい坊ちゃん、邪魔だから燃やせってのか?」


 「ううん、まさか?!」

 上手く話を持って行くどころか、逆方向に進みそうで慌てて否定するカピ。プリンシアが「あちゃ~」と言う顔をして、目を覆いそっぽを向く。


 「これ、売り物にしたらどうかなぁって」


 「!」カピの突然の提案に一瞬手が止まるが、すぐ又再開しながらロックは答えた。


 「悪ぃなあ坊ちゃん。売り物にはならんよ、そこらの奴に売る気も無いしのぉ」


 メイドが主人に助け舟を出す。

 「ロック! あんた、マックス様がいる時は、何度か頼まれて作品作ってたじゃないのさぁ、贈り物としてだけじゃなかっただろ?」


 「…まあ、そりゃあ例外と言うか、……一応マックス様の知り合い、ある程度は俺の作品の価値って言うのを分かるって相手だわなぁ」


 無意識に、ゴツゴツした手に持った彫刻刃を回転させ躍らせながら、斜め上方を見やり考えをめぐらすマイスター。


 「……俺の作品はカピバラ家の銘が付く、言ってみりゃ老舗の品。そんじょそこらの目の曇った奴らや、一見さんに譲る気なんてさらさら無いね、いくら高い値を付けられても」


 ほらねぇとばかり、浅く目をつぶりお手上げポーズのプリンシア、予想通り取り付く島もなし。



 「なるほど~老舗ねぇ。僕にとっちゃあ理解もできない。役に立たないプライドだ」


 ロックの手が止まり、鋭い眼光がカピを睨む。


 「いや、プライドを守るための老舗……かな?」


 そう言い投げて近くに寄ってきた、若い主人の目を一時も離すこと無く受け

 「……坊ちゃん、年寄り相手だからってぇ少々聞き捨てならねぇな」


 火花散るように見つめ合う二人を、あわわと代わり代わり見て焦る。巨岩さえ軽く打ち砕く猛者プリンシアが。



 カピの眼光が何かを射抜くようなレーザーから、ライトに変わる、明るく照らし出す輝きに。カピバラ家に忠誠を誓うハイレベルな冒険者達が不意に感じる、この見た目ただの若者から受ける底知れぬカリスマ。


 「価値の分かる人にだけ売るってさ、まるで冒険に出ない冒険家じゃない? 未知の領域には一生足を踏み入れない、知ってるとこだけで満足? ロックは自分で作った物を直接相手に届け、リアクションを肌で感じたって経験ある?」


 匠は、主の言う言葉を噛み締めると同時に心の隅まで光を当てられ、怒りや強情を張る原動力がみるみる尽きる。


 「そ、そりゃまあ…あろぉよ、いつも家のみんなに渡した時、感謝されて嬉しい……ぞ………………まあ、そうじゃが……坊ちゃんの言いたいのは、違うわな……」


 カピは戸惑いを浮かべるロックに、戦闘ならば止めともなる言葉を送る。


 「ブランドでも老舗でも、そんな看板が付いてないモノ自体の評価。それを知るのも必要じゃない? そりゃあ全く価値の分からない人から評価されないことも当然あるだろうけど、逆に言うと、その人に価値を知らせる力が無いって事だよね。もっと言えば、今まででもロックのいう相手が知っていたのは、ブランドの価値だけだったかもしれないよ、モノの価値じゃなくね」


 「……フフフ……俺は、愚かで臆病な、独りよがりのマイスターだったってことか」

 軽く広げた両手の指先を寂しげに見つめるロック。


 大海原を漂う碇の外れた老朽船。



 到底不可能だと思われた、頑固職人の説得。それを若主人が成し遂げそうな現実を目の当たりにして、プリンシアは言葉も無く感嘆し、ますます尊敬の念をこめて見つめる。


 うな垂れた職人を目にしてカピは――「良し! 上手く行った」


 ――とは、思っていなかった。


 ディベートで勝ったと言う達成感もすぐさま露と消え。

 今思うのは、経験も大して無い青二才の自分が語るには過ぎた内容、いくら頑固な職人を説得するためだったとは言え、理屈を上手くこねくり回した、口先だけの卑怯な人間になった感じがした。



 「違う違う! あ~ちがうんだよ」カピ自身にも向けての言葉。


 「ロック! 僕が言いたいのはそんな事じゃなかったんだ~。せっかく作った作品を! どんな人かなんて関係なく、色々な人に見てもらったら、使ってもらったら楽しい! そう楽しいんだ」


 「……」無言のロックの目に……。


 「プラス、マイナス、どっちだっていいじゃない! すべての反応が心を躍らせるんだよ!」


 火が灯る。


 「やってみたらさ、意外と面白いんじゃない?」

 カピはウインクした。ちょっと不器用に。


 マイスターはゆっくり立ち上がる。



 執事がカピバラ村へと出かけ、村長と話をつけた。最初の一歩として定期的に村の集会場で販売目的を兼ねた展示会を開くことに決めた。

 ルシフィスの報告によると、村長をはじめ村人たちはその人生初となるイベントに興味を持ち、かなり心待ちにしている様子らしい。


 ロックには、他人がとやかく言えないぐらいの研鑽を積んだ職人としての誇りがあることをカピも十分感じていた。それ故ただ単にお金に換える為、流れ作業に載せて売るような失礼をする気は毛頭なかった。


 そこで、作品を二段階のカテゴリーに分け販売することを提案した。

 一流の刀鍛冶の打つ刃にも名刀から無銘刀がある様に、決してわざと手を抜くわけではないのだが、必然的に生まれる出来の違い。渾身の作品、お気に入りの最高傑作などの希少品と一般品の二段階である。


 通常の品は、普通に販売するのだが、高級品にカテゴライズしたものは所有者の記録を書簡等に記すことにした。著名な画家の作品などで所有者リストを作り現所在の把握、移転管理するようなシステムを真似たのだ。



 展示会当日の朝早く、ロックとプリンシアが、数人の村人達と商品を積んだ荷馬車で先に村に向かう。少し遅れて執事をお供にカピが馬で駆けつけた。


 早くも集会場の回りには物珍しそうにした村の人々が集まっている。


 カピが会場内に入ると、荷物はすべて運び入れられ、部屋の中央に商品を並べる予定のスペースを設けられてはいたが、そこから先がどうすればいいのか術無く準備作業が止まってしまっていた。


 プリンシアがパッと笑顔になり駆け寄ってくる「お坊ちゃま~待ってましたよ」


 奥でロックが「すまん」と言いたげな困り顔でカピに会釈をする。


 「なんですかこれは? ぜんぜん準備が終わっていないじゃないですか」

 執事のルシフィスが呆れて愚痴る。


 「いや~こっからどうしていいかさっぱりでな~、おかしな感じで並べちまって折角の初展示を失敗してもいけねぇし……困ってた所よぉ」

 ロックも短く刈ったごま塩頭をかきながら近づいてきた。


 「そんなに難しく考えなくていいのに」そう笑って答えながら、考えてみればカピにとっても展示なんて仕事は浅い知識しかない。何とかそいつを搾り出し作戦を考えた。


 室内をぐるっと輪にテーブルなどを配置して、客の動線、流れをスムースにする事を基本にした。後はロックに聞きながら作品を大まかな種類ごとにディスプレーしていく。


 カピは率先して作業に取り掛かり、品物を丁寧に並べながら思う。

 (はははっ、またやったね。地味に陳列作業をするヒーローだって?! きっとそんなのどこにもいやしない世界初の珍事だよっ)


 そんな自分に対し嘆き蔑みなど一切無い、それは充実感に満ちた笑顔が証明していた。



 展示会が無事に始まり、結果ほとんどの村人が顔を出しに来た。売り上げの方は、モノがモノだけさすがに商売大繁盛とは行かなかったが……。

 どうしても品揃えがバーゲン会場と言うよりは、ブランド直営店といった雰囲気、値付けだったため、彼らにしてみると一生物を買う感覚なのである。どの品も家宝にして良いぐらいの初めて手に取る工芸品ばかりだった。


 こうして多くの村人の目の保養になったのだが、中でも一人の男の子が興味津々、一つ一つの装飾を食い入るように見ていた。痩せて、よく見ていると歩く片足がややぎこちない。

 ロックが声をかけ、技法の説明をしてやると未体験の知識のシャワーに洗われ、少年の目の輝きが眩しいほどに増していく。


 「また…また来ていい? …………おれ……買えない……けど」


 ロックそして隣に並んだカピは微笑んで肯く。少年は翼を生やして会場を出て行く。きっと彼だけではないだろう、新しい希望を夢を見出した者は。


 「これで、忙しくなると…弟子もいるよね」カピは言った。


 「カピお坊ちゃんの手伝いは、当てに出来そうもねぇからな。特にこれからは」


 そう言ってロックは笑った。


 人々の見せる表情の数々。ああ、それは意外といい気持ちだった。



 ――――屋敷近くの静かな森の中


 スモレニィは悪い気持ちに胸を覆われ、逃げ出したくなっていた。


 カピバラ領の秘境、神聖なる豊かな自然、暖かな場所。恵みの温泉近くで。



 スモレニィは残された片目をギュっと閉じる。目の前のものが消えることを望んで。


 そお~っと開けて見る。


 嫌なものは消えはしない。

 湧いてくる悲しみと、涙を堪えながら、土を掘る。


 多くの小動物の毛、茶色、白。赤い、どす黒い血の痕、大木の引っかき傷。



 そして死骸。

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