金庫の前で嘆く勇者様
第三十三話 金庫の前で嘆く勇者様
たとえ燃盛る魔王の吐息であろうとも、それが効果にレベル制限のかかるタイプの攻撃だったならば、そよ風のようにしか感じることの無い、最高レベル冒険者カピが真っ青になっていた。
レベルとは、言い換えればその人の格であり、強さを表す、ユニオンに所属する冒険者にとっての明確な優劣基準である。そのレベルに影響を受ける技はすべて、どれほど強力で破壊力があったとしても、格下の者が一定以上の上位者へ仕掛けようと無駄なのである。
ただ、勘違いしてはならない。彼は決して万能の最強勇者などではなく、神からプレゼントを与えられたのはラックだけ、すべての能力が通常の冒険者より格段に劣る普通の青年。体力にいたっては幼子なみの貧弱さ。
無駄に高いレベルを正直に発表するのは、逆に恥ずかし過ぎてはばかれるのだった。
とは言え、古くから続く名門カピバラ家の領主カピ。お爺さんに当たる最強ヒーローのマックスの正統後継者。いく度かのピンチを、優秀な家来、いや大切な家族であり仲間と共に乗り越えて来た。
本人はまだ、きちんと与り知らぬのだが、それも又、恐ろしいほどの高レベルと強運のお陰でもあった。
そのカピが青い顔をして、一階の執務室にて我が家の金庫を覗き込んでいた。
先日、ケチな医者のブラックフィンからぶんどった! 残り、数枚のお札が寂しい寂しいと泣いているだけ。当にがらんどう。
(は~あぁ……ええ? こっちで目覚めて……派手なアクション一度も無し……戦場を剣を振るって駆け回ることも無く、屈強なライバル達と決闘もせず……こうして空っぽの金庫の前でお金のやりくりに頭を悩ませる、冒険ファンタジーのヒーローが一体何人居た??)
なんとも情けなくなる自分を嘆くカピ。
(ホントにあの人達って、どうやってお金を稼いでいたっけ……)
「どうしました? カピ様」
開け放たれた金庫を前にして、重い腰がなかなか動かない主人を、長い黒髪を後ろで結わえたハーフエルフの優秀な執事ルシフィスが見かね声をかける。
(まあ……ここは「リアル」ゲームの世界……死んじゃったら…………終わり。そうそう映画の主人公の様に無茶出来ない。だってオープニングのドンパチで弾に当たって死んじゃう……その後な~んにも映し出されないスクリーンが90分ってことが有り得るんだから~!)
ゆっくり金庫の扉を閉じ。
(だけど逆に重要な点は、ゲーム世界だと僕が知っていると言うこと。そうなると当然、金策が攻略の肝なのは、こう見えて僕も数々のゲームをプレーして来た男、存じております!)
カッコ良いんだか悪いんだか、カピはそう心の中で見得を切りながら立ち上がった。後ろに立つルシフィスとメイド長プリンシアを、うるうるした目で見ながら。
カピの転生したこの世界は、ゲームシステムがリアルに介在している奇妙な異世界。この種のゲームにとって、お金の概念は意外と重要である。ゲームを優位に進めるための大切なパラメータなのだ。それこそ現実世界と同様と言ってもいい。
「この! おしゃべり狐。お坊ちゃまが今、じっくり名案を考えてるのに口出すんじゃないよ~まったく」
ドロボウ風口ひげがキュートなドワーフのプリンシアが、腰を手に置きルシフィスの前に立ちはだかる。それに対し呆れたと言う感じで目をつぶり首を振る執事だった。
カピが元の世界に戻るにはゲームオーバーを迎える事のようだ。おそらく一番単純な方法は自分が死んでしまうことだが……これが「無事に」元の世界に帰る方法だとは直感的に思えなかった。
(死とは魂を失うこと……当たり前だけど……とっても怖い)
次に用意された手段は家を捨てること、カピバラ家が滅亡すればゲームオーバー。この可笑しな名前をした領主の役割を放棄して終わりにする。こちらならば死という恐怖は味わわなくて良い。
しかし、最早今のカピにとって、この選択は無い。より大きなものを失ってしまう…そう分かっていたから。
最後は王道しか残されていない。王道であり真っ当な道、長い道だろうが茨の道だろうがゲームクリアを目指して大団円を迎えるのだ。
カピバラ家として最初の山は登りきった。そこで次の山、これからの旅路に備えて軍資金のめどをつけなければならない。ゴールへの道しるべ、それはまだ明確に目の前に現れてはいなかったが。
「当座のお金としては、やっぱり…家にあるめぼしいものを売ってお金にしようと思う」主のカピは決めた。
「了解いたしました。ただ……この由緒あるカピバラ家の名誉が在ります! あまりあらぬ噂が立つような品を、お出しすることは避けたほうが良いかと思います」
プライド高く賢明な執事が進言する。
「う~ん……そうだなぁ、その辺りの最終判断はルシフィス始め、みんなに任せる。僕はまだよく分からないから。ただ、一度売ってしまうと手に入れ難いレアアイテム、装備関係は最後の最後に回す。OK?」
カピの言葉に二人深く肯く。
いまや名トリオになりつつある、ルシフィスとプリンシアと共に三人で改めて屋敷を見て回る。なかなか価値判断の難しいのが芸術品、絵画もいくつか壁に飾られている。
応接室でカピが言った。「この立派な肖像画、いいね」
笑顔でこちらを見据える鎧姿のバストアップ構図で、豪快そうな髭を蓄えた人物。
「これなんか、なかなか高く売れそう!」
写真、ましてや肖像画などを飾る習慣なんて無かったカピが無邪気に言う。
眉にしわ寄せた執事が、かなりボリュームを上げ気味で
「カピ様~ぁ! あなたは『下衆の中の上』の愚か者でございますかっ」
尊敬して止まないマックス伯爵が描かれた、一番のお気に入りの画を前にしたルシフィスが疾風のごとくカピを遮った、頭に角を生やして。
「冗談! 冗談だよ~」カピは笑った。
「その様なご冗談は、全くもって笑えませんね!」
少しふてくされた執事の脇を、メイドがつついてかまっている。
「ところでさルシフィス、その下衆の何とかってさぁ……どっちが良いのか悪いのか、ややこしくていつも迷うんだけど?」
「も~カピお坊ちゃまは、優しいねぇ。こんなお喋りな奴のろくでもない台詞にいちいち付き合って上げるんだから~。ルシフィス! あんた感謝なさいよ~ほんとお坊ちゃまぐらいだよ」
「……」メイドの言葉に少し頬が赤くなるルシフィス。
「分かりにくく申し訳ございません。下衆という、とても心卑しき者ですので、上下で言います所、上がより情けないと言うことになります。つまり最も腹立たしい者は『下衆の上の上』と言う事になります」
律儀に説明する生真面目なルシフィス。何故か少し嬉しそうだ。
「あ~あ、下らない。時間を持て余したエルフらしい馬鹿馬鹿しい言葉遊びだよ~」
ドワーフのプリンシアは逆に不満そうだった。
装飾的価値の高そうな、調度品、小物を中心にリストアップしていく。必要以上に置いてある物をそれぞれの知り合いや、つてを利用して譲る計画だ。
あまり物の多い家ではなかったが、物置、屋根裏などに埃をかぶった十分価値在る品々も見つかり、数としてはそろいそうだ。上手く売れるかどうかは別問題ではあったが。
「それじゃ~、あたしも顔見知りのドワーフにガンガン売ってこようかね~こりゃあ腕が鳴るよぉ! お喋り狐なんかに負けちゃいられない」
プリンシアの場合……文字通り腕がうなりそうだった。
(これで、当面のお金は工面できそうだ……でも一時的だし、カピバラ家の維持費として考えても、まだまだ足りないだろうなぁ……万一のための軍資金を準備しておくとなるとなおさら足りない)
君主カピは考える。
このままの良きカピバラ領で在り続けるには、やはり先代のマックスと同じ事を少しでも行わなければならない。金策としてのモンスター狩りやダンジョン攻略だ。例えば冒険者ユニオンなどに依頼されたクエストを引き受け、目的を果たし賞金を得るのだ。
ダンジョン、迷宮探索におけるお宝探しは今後の大きな目的だ。一攫千金のチャンスが待っているし、カピバラ家の戦力でパーティを組めば、攻略成功の可能性はかなりある。だが……要のリーダー、カピ自身がもっと経験を積み強くならないと厳しい。
家の者誰もが口を揃えて言う
「危なくて、ぜ~ったい許可できない!!」
カピが現時点で唯一使える魔法「開けマニュアル」取扱説明書を見る魔法を唱えた。
(詠唱スピードが速くなってきた気がする…………屁のツッパリにも…ならない……)
目の前に本人にしか見えないビジョンが現れ、そのページをめくった。
モンスター狩りに関して…ペラペラの説明書にもたいした記述が無い。
(も~どうせなら、完全攻略本が開く魔法にしてよ)思わず愚痴るカピだった。
一般的なロールプレイのビデオゲームにおいて、このモンスターを倒すと言うのは基本的なシステムであり、ゲームとしての最も楽しい部分、繰り返しプレー出来る大きなポイントだ。次々に際限なく現れるモンスター達とどんどんバトルして狩り、お金をため、プレーヤーキャラクター自体も強くなって行く。
(ゲームでは楽しかったんだけど……こうして実際となると…う~ん……言ってみたらそれはまさに猟師になることじゃない? 結構、相当の心構えが要りそうだ)
カピは別に銀のスプーンをくわえて生まれ育ったと言うわけではないが、今まで生きてきた都会の生活では味わうこと無かった経験。生き物と死、食と生命。スモレニィと共に家畜と触れ合ったり、生まれて初めての乗馬を体験し、動物達、つまりはモンスターに対する考えが変化していた。
(この世界すべてのモンスターに当てはまる訳じゃないけど、小動物のような弱いモンスターを山ほどハントして、はい! 今日の稼ぎはいくらになった~とは言えそうも無いや。実際ゲームでも、あくまで殺してる訳じゃなく、倒してるって設定も多いんだよなぁ……だけど決定的に違うのは……)
倒した後のモンスター、つまりは死骸が残ると言うこと。
カピは数日前、屋根裏部屋で鉢合わせたネズミを思い出した。もちろん可愛いハムスターでもなく、ちょっと不気味なドブネズミでもない。体長30センチはある赤い目をした角つきネズミだった。
ルシフィスのレイピアで急所を一突きで瞬殺され、血もほとんど出なかったが……魔法のようにキラキラ光って消える……事は無かった。
(…………かと言ったってこの世界を生き抜くためには、すべての生き物を愛しますと言っちゃったり、可愛い可愛いとペット感覚に陥るわけにもいかない)
「一歩一歩この世界の肌触りに慣れていくしかない」
冒険者カピはそう口にした。
現実問題としても、害なすモンスターがそこら中に湧いているわけでもない事で、モンスター狩りでの安定した収入の道もしばらく無さそうだ。
カピはまた、頭の中の魔法のトリセツをパラパラめくる。そしていくつかの突拍子の無いアイデアを思い浮かべる。
「あのさぁ、カピバラ領に町があるよね?」
確かにカピが治めるカピバラ村とは別に、小さな宿場町があった。
「そこにも税を納めてもらうのはどうかな?」
カピはまだ訪れていなかったが、その町は冒険者ユニオンの支部を中心とし出来た門前町、冒険者酒場や宿などがある領内の一帯だった。
「一応、我がカピバラ家の領土なんだし……只って言うのはやめて、村と同じように少し賃料を貰うって言うのはどう?」
「……」執事とメイドが無言で顔を見合わせる。
ユニオン支配の町から税を取る!? それはアンタッチャブル。思いもよらぬこと。
「カピ様……時々その発想の柔軟さに……ある意味、心から驚き感服するのでございますが、はっきり言わせていただきますと、なんと愚かな考えでしょうか!」
「カピお坊ちゃま、さすがのあたしもブルッちまうよ~あのユニオンに喧嘩を売るなんてさぁ……で、でもお坊ちゃまなら? よ~し乗り込んでやろうじゃないのさ!」
「馬鹿な冗談は止めてください! だから頭の中も筋肉だと言われるのです」
「なんだって! ばか! この口だけの意気地無し狐」
いつもの夫婦漫才が始まるのを横目に、やはりユニオンからは、かなりの…否、途方もない恩恵を冒険者は受けるので、いわば会費の様に代償は払わざるを得ない、寄進の様にお渡して当然。それは決して揺るがない巨大システム。改めてそう深く感じた。
「ダメかぁ、じゃあさあ次。スモレニィも言ってたけど、ここには温泉もあるじゃない? まだ行ったこと無いけど。そこを目玉に、観光地として売り出すのはどう?」
「温泉ね! あそこいいよ~お坊ちゃま! 今度一緒に入りましょ~凄く傷の直りが早いんだから、言ってみればカピバラ家に与えられた宝物ねぇ」
「え~~混浴!?」と変な所で驚くカピ。
「……わたくしには、100年あっても思いつかないお考えに…少し戸惑いますが……」
「当たり前だよ~あんたとカピお坊ちゃまとはココの出来が違うんですよ」
お団子に纏めた頭を指差して、自分の事のように自慢げに言うプリンシア、それを無視して執事は続ける
「カピ様、あなた様が知らないのも仕方ありませんが……あそこは神域。一説にはあの場所を守るため、このカピバラ家が生まれたとも言われる所でございます。それを……一般に公開すると言うのは、どうでしょうか」
「何よ、その大昔の話なんか持ち出して、守るったって? 何? 湯加減でも見守るのかい? 今や動物達の憩いの場所だよ、たしかにさぁ神聖な感じはする場所だけどねぇ……」
なるほどその様な位置づけ、かなり大切なパワースポットの様な温泉だったのかと理解した領主。カピバラ温泉名物、神秘の水として温泉水を汲んで売るなんていう罰当たりな考えも浮かんだが、言わないことにした。
「そうだ、後はちょいと一般人には危険かね? スモちゃんのような詳しい案内人が付き添わないと、洞窟やクラック、ガスなんかが溜まってる窪みがあったりするからさ」
能天気なメイド長にも、やや難点が浮かんできたようだ。
「少しこのアイデアは、カピバラ家のビジネスとしては難しいか……」
顎に手を当て首を捻り考え込むカピ。
後一つ、カピには一発大逆転の秘策があった。しかしまだそれを言うのは時期尚早だと感じていた。(情報をもう少し集め、来るべき時に話そう)今はそう心に留め置いた。
もう万策尽きたかと、静かに見守るのみの従者。だがご安心召され主人は口を開く。
「では最後この作戦はどう? ロックの作業場の工芸品を販売する!」
ハーフエルフとドワーフの二人は、またまた顔を見合わせる。
しばし目と目を見つめ合い考えた後
「家の余った調度品を売るよりは継続性が見込めそうでございますし、マイスターの作品はそれなりに素晴らしい価値があることは承知してますが……」
「お坊ちゃま! うんうん。あたしは大賛成~……だけど……ねぇ」
「あのロックさんが首を縦にふるかが大問題でございます」
「あの頑固じいさんが素直に言うこと聞くかがねぇ」
そり合わぬ二人の見解が一致した。




