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パーフェクトダークヒーロー

第三十一話 パーフェクトダークヒーロー


 そこは極限にまで張り詰めた糸。

 何か少しのきっかけで弾き切れ即戦闘が始まる。


 双方どちらかが、魔法を唱え始めたとき、スキルを発動させようと構えたとき、剣の構えを変化させたとき。


 戦いのゴングは、外部から、部屋の外からの侵入者によって鳴らされた!


 リザードマンでコックの侍、リュウゾウマルが熱い男気ゆえに、後先考えずに会談の場に突っ込んできたのだ! 歓迎の料理を携えず、剣を持って。

 いつもならこの単細胞な行動に、きついお灸をすえる所であったが、今ばかりは執事ルシフィスも龍の神に感謝した。



 愛刀の双刀、ゆらりと不気味な光する「ミズチ」と大マグロでもさばく様な長包丁「銀二」を、既に抜き放っているリュウゾウマルが啖呵を切る

 「お天道様が許しても! 拙者が許さぬでござる!」


 この瞬間! このまま両者リング中央でぶつかり合う……はずが、彼の異様な姿、トカゲのような面立ちに、コックの服装!? なおかつ刀を二刀流で構えて侍言葉! リザードマンの突然の登場に間が生まれた。


 (よし! チャンス! 行ける)

 ルシフィスはもう信じて疑わなかった。


 このままカピを一旦リュウゾウマルに託す、程なくプリンシアが必ず気付きやってくる、二人でなら最優先でカピを守りつつ離脱可能だ。よしんば怪我を負わされたとしても、かかりつけ医のヒーラー、ブラックフィンが間に合う。

 ルシフィスが命がけで彼らを一瞬足止めさえすれば。



 最後に一目、一目だけ守るべき大事な人の顔を見た。


 カピはこんな状況でも、優しい笑顔だった。


 魂を燃やす、奥義スキルの発動――ルシフィスは死ぬ。



 ――次の瞬間、起きたことを正確に理解できたのは……


 サザブル。


 彼は部下の剣士がカピバラ家の中で最も厄介な相手と目す、執事に切りかかる構えを取ったのを感じながら、魔法の詠唱に入った、アザガーノの事は気にしなくてもいい、逆に気にするほうが失礼だった。

 腹の中が怒りでいっぱいの彼は、少し時間は要するが最上級魔法で、この部屋を焼き尽くしオーブンにしてやるつもりだった。


 (魔炎はコントロールする、がしかし限度がある。あの生意気なガキは全身大やけど、部下の二人も…まあ、少々の怪我はやもえんな)



 そして、どす黒い恐怖が部屋を爆破する。


 サザブルの魔法ではない!

 ルシフィスの命を賭したスキルでもない!


 ――どちらも一瞬遅かったのだ。



 サザブル護衛の剣士が悶絶し、左に立つ剣士がたまらず腰を曲げ床に崩れ伏せ、胃の中のもの全部を吐く。もう一人も蒼白で震え立っては居られない、剣も支えにならず、膝を折って座るしかなかった。


 ルシフィスも、文字通り胃をぎゅっと掴まれた様になり、苦悶に顔がゆがむ。否応無しにスキルを中断された。

 一番距離があるリュウゾウマルでさえ、ほぼ同じ事態に陥り「ぐっぐぐ」声に詰まる。


 サザブルだけは、何とか平常心でいられた。それでも呪文の詠唱は止めざるを得なかったが……耐えられたのは、半分慣れのためだった。



 アザガーノが畏怖のオーラを渾身のレベルではなったのだ!


 畏怖の波動、恐怖の気は精神と肉体にダメージを与えるスキル。ひどい場合は気がふれ死ぬことも有り得る。彼の放つ闇の気はドーム状に広がり、たちまち部屋の者すべてを圧した。


 それは英雄マックス去りし世界、最強のヒーローと目される彼の得意の技の一つだった。今やアザガーノ侯爵は最強の人間、いやバンパイアハーフであった。



 バンパイア、俗に吸血鬼と呼ばれる一族。どの様にしてその闇の力を手に入れたのかは定かではないが、その強靭な人間離れした肉体を手に入れたことにより、唯一の欠点を克服した、人間がどうしても他の種族に劣る能力、タフなフィジカルを。ついに彼は世に言うパーフェクトヒーローになった。


 ドワーフを筆頭に、亜種族に生身では完全にかなわない人間、エルフのような華奢な種族でもスピードという追いつけない領域がある。しかし彼は、その点に置いてもそれらを凌駕する人、新人種になったのだ。



 「低レベルな戯れは…もううんざりだ、止めろ」

 伝説の魔王デアボロスをも彷彿とさせる、黒きオーラを漲らせたアザガーノが舞台に降り立った。


 「サザブル卿、杖を下ろせ」低い声で命ずる。


 「は……はい、申し訳ない」何に対して謝ってるのやら分からなかったが、つい反射的に偉大な魔法使いはアザガーノ侯爵に謝っていた。


 圧倒され、部屋の誰もが動けない。

 サザブルは恐縮し、部下の剣士達は立つ気力も無く俯いたまま。あのルシフィスでさえ、額に汗している! リュウゾウマルの表情から心の内は読めなかったが、ギョロギョロと小刻みに揺れる大きな瞳が極度の緊張感を表していた。



 では、事の発端、我がカピバラ家のヒーロー、カピは?

 手を額に当て……下を向き、相当苦しいのか沈痛な面持ちに見えた。


 が、内情は自分の軽率な行動が、大人気ない大喧嘩を招く所だったのかと、今そこに眼前とあった深刻さとかなりかけ離れた、見当違いな思いで、痛く反省しだしていた所だった。


 (あ~僕のバカバカ、フィクションのヒーローじゃないんだから、何やってんだ~これじゃ「クールに殺せるキャラって超かっこい~」なんてつい思っちゃう、中学生から成長出来てないじゃないかぁ……)


 レベルMAX99! だがしかし、悲しいかなラックだけが最高という、見たことも聞いたことも無い歪な能力を持たされた最弱ヒーローカピ。

 そうは思いながらも、少々劇画チックな英雄的行動は今後も治りそうも無い。


 冒険ヒーローには付き物であり、男はいつまでも大人になりきれない少年なのだから。



 大人のヒーロー、アザガーノは静かに問う

 「そなたは……確か…言ったな……」


 問いかけた先は、先ほどの怒りは何処へやら、借りてきた猫のようにすっかり大人しくなった魔法使いだった。


 「……」はて? と偉大な御方の意図がサッパリ分からないサザブル。


 「確かに申した、指一本でも触れた瞬間…必ずぶった切ると……」

 涼しげな半開きの目が愚か者を見る様。


 「!」つうぅ~っとサザブルの脂ぎった額から汗が一滴落ちる。

 (そ、そう言えば……言った気がする。わしに手を出せば容赦なく切り捨てると……)


 「なぜ、カピ卿の腕を、彼のなすままにしたのだ? それはなぜか…つまり受け入れたのだ。そなたは彼の、そう彼の言う所の差し伸べた手を取ったのだ」

 深く低い声が、裁判官が判決を朗読するように響く。


 「……」


 「分かったな」太い首を少しかしげ眼が開く、反論など微塵も許されそうも無い。



 サザブルにも…分からない、アザガーノの真意が。ただ身に沁みるのは、このお方は本当に恐ろしい、強さだけではない、発した自分も忘れてるような台詞を急に持ち出す…底知れぬ読めない思考、そうすべてが恐ろしい。



 「さあ、カピ卿……署名を済ませよう。筆を持って来たまえ」

 アザガーノが広げた片手を指し示し言った。


 ルシフィスは素早くこの機を逃さない、壁際の書机の引き出しに用意していた書類とインク壷に筆を丁寧にテーブルに運びだす。


 こうして署名会談は、急転直下の第二幕と共に誰もが想像外のフィナーレを迎えた。

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