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それはかみなり

第三十話 それはかみなり


 執事ルシフィスが最も恐れていた事態。

 それは、何かといちゃもんを付けられ会談が破談になり、後日改めて書名を貰う為に、カピバラ家領主のカピが三顧の礼でもってお願いをするといった事態になる事……では無い。



 「ったく臭い、くさ……」

 悪態つく魔法使い領主サザブルの言葉が不意に萎む。


 カピが、いつの間にか目の前に立ちはだかり、なんと!――


 彼の丸っこい鼻を右手で摘んでいたのだ。


 座ったまま鼻を摘まれ引っ張られることで中腰になり、肉付きのよい顎が上がり首の余った肉と共に震える。 

 「ん ンが、がああああい!!!」

 サザブルは束の間、事態が飲み込めない! 鼻の穴を完全に塞がれ息苦しく、見る見る顔が赤くなる。


 そして苦しさだけでない、怒り満ちた赤鬼の形相なると同時に「訳の分からない」今の状況を理解し、カピの腕を思いっきり跳ね除けて

 「きっ! 貴様! 何をする!!」

 泡を飛ばし大声で叫ぶ。



 カピは手を離し、サザブルからたおやかに離れる。


 側近の護衛剣士が揃って剣を構えた。顔には驚愕の色、若干その剣先が震える。


 怒りたぎる太った魔法使いは、首を曲げ血走った目で

 「貴様ぁ、わしに手をあげるなどと……ぶっ殺す……」


 カピは優雅に摘んだ指をヒラヒラとさせながら笑顔で澄まし答えた。


 「サザブルさん、何をおっしゃる? 僕はただ手助けしただけ。う~ん…言ってみたら、お嬢さんが馬車から降りる時に、紳士が手を差し伸べるようなもの……あなたがあまりにも臭い! と匂いにお困りのようなので、そっとお鼻を塞いで差し上げたまで」


 ゴゴゴゴゴゴ……


 回り舞台が回転し、明らかに風景、空気が急転した。


 ほんの数分の間に目まぐるしく思考が動く、交差する。



 ルシフィスが唯一恐れていたのは、バトル、デュエル。戦闘事態に陥ることだ。

 だがまずは有り得ない。目と目が合えば喧嘩になる酒場でもあるまいし、考えられないストーリーだった。こちらが手を出す?! その様な事態は、まさかのまさかで想定する必要も無い、決して決して無いはず…だった。


 執事には主人の行動、止めることはできなかった。止めようとする動きさえも。きっとそれは聖なる者の眩しい歩みだったから。



 差別主義者の貴族サザブル伯爵が、半ば自覚無く蔑みの言葉を吐き。今日は様子見で済ませ帰ろう、そう決めた瞬間だった。訳の分からないことが起きた。

 (ぼ~っとした…だが……どこか肝の据わった気に障る生意気なクソガキが、わしに手をあげた……この偉大なる魔法使いのわしの顔に!)


 サザブルが、心の奥であわよくばと思っていたことは、戦闘事態に陥ることだ。

 だがこれは有り得ない。あの執事が許すわけ無く、所詮、決して向こうに勝ち目の無い戦。そうなる訳が無い。仮に此方が手を出しても、せいぜい使用人の首を刎ねる程度で事済ませ終わるだろう。領主に及ぶことは無い…と言うより、話し合いの席で此方が先に手を出す? そんな馬鹿な真似はさすがに出来ない。気が狂った通り魔でも在るまいし。


 しかし、想像を超える愚さで向こうが仕掛けてくれたなら、確実に若造の生殺与奪の権利を得られる(そう、殺しはしない、命乞いさせ、永遠にわしの隷属となれ)



 サザブル護衛の剣士達は首を捻っていた。

 相棒の剣士以外のこの場にいる誰もは、カピがサザブルに目の真ん前でした事を、見過ごしたのは、先ほどのメイドのいたぶりの後、唐突に起きた出来事で油断したためだと思うだろう。


 (だが違う、断じて違う! カウンタースキルは作動中だったのだ!)


 サザブルは用意周到、狡猾だ。護衛には一流の剣士を二人、その上どちらもカウンタースキルの達人をそろえた。それは複数の攻撃にも対応でき、滅多に無い可能性だが、もしもどちらかのスキルが外れた場合、予備としての二段構えなのだ。


 剣士は全く不利な状況に無いのに、背に冷や汗をたらした。

 (あのガキは手を出しサザブル卿の鼻を捻った……これは明らかに攻撃だ、普通なら瞬時に奴の腕をぶった切ってる……はず)


 攻撃を受ける、察知することで即座に跳ね返す技、それがカウンタースキルである。だが、そのスキルが効かない攻撃もある。それはゼロストライク。超超近距離の攻撃、つまり間合いゼロに入られた状態からの一撃。


 (しかし! 今回はそんなんじゃない!)


 剣士は首を振り、ふと思う、自分は夢の中にいたのかもしれないと、目では捉えているのになぜか? なぜか体が動かないそんな悪夢。


 (スキルが利かない可能性が……後一つあった。もちろん絶対有り得ないが…………そ、それはスキルの及ばない…ほどの……挌の違いがある場合……だ)


 分かりやすい例えで言うならば、雷! そう、神のイカヅチが決してカウンタースキルで防げないように、遥か上位存在の攻撃の前ではスキルも無効化され防げない……


 (しかし、しかしだ! そんなこと有り得ない!!)



 鉛の様に重たくなった部屋の空気の中、ジワリと執事が動き主人カピの前に移動し始める。マジックマスターサザブルも椅子から完全に立ち上がり、左右の護衛も前衛に位置すべく動きつつある。



 ルシフィスは算盤を弾く。

 相手は無慈悲な一流の魔法使いに、手錬の剣士が二人。強力な攻撃となる魔法を唱える者を、前衛の盾となる戦士で守る、非常に厄介な、向こうにすれば理想の布陣だ。


 (戦闘力として確かに数値上は、相手のチームが上回るかもしれないが、これが通常のバトルフィールドの戦いなら、自分一人でも何とかなる…勝てないまでも)


 今、ルシフィスは当然、空手でありレイピア等を帯びていない。本音では万一に備え装備したかったが、信頼する客人を招くと言う建前上、無礼だと叱責される行為に捉えられ逆に「突かれる」恐れが多いと考えた。


 (勝つことは望み無いがこの危機を逃れる自信はある……相当の代償を払うだろうが)


 ルシフィスは心で笑う、なぜだろうか清々しい気持ちになる。絶体絶命の危機に陥っているこの時に……、横にカピの気配を感じる。


 (フフフ…分かっている。カピ様の命、いや無傷でここを突破することが、絶対の命題……となれば、この命、賭けねばならない)


 カピをこの部屋から脱出させ、後はプリンシア達に託せば、必ずこのピンチは抜けられる。その確信はあった。


 (大丈夫、マックス。あなたの光は消させませんよ)



 重なる重い重圧の気、しかしそれを羽毛ほどにも感じぬ者がいた。


 領主アザガーノ侯爵が沈黙を貫いたまま興味深そうに銀の眼を見開いている。


 (ハハハハッ、そうだな……これまでの計算は、あくまでサザブル達との想定……あの男、アザガーノが助太刀するとなれば――当然そうなるだろう……)


 ルシフィスは一人超然と立ち上がるアザガーノ、忘れてはならない超弩級ファクター暗黒のヒーローを正視し思う。


 (己の安い命捨てるだけでは不十分か……カピ様を守れない……何か…一瞬でもきっかけが……僅かな間を生む何かが欲しい!)

 命捨てたルシフィスは久しぶりに祈った。



 ノックも無しに、いきなりドアが弾かれる様に開く! ドバンッ!


 「女子を泣かす、ふてぃ野郎はどいつでござる!」


 侍リュウゾウマルが飛び込んできた。

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