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家族になろう

第二十八話 家族になろう


 カピバラ家の広い応接間、円卓に座る三人の領主達。

 若き主催者、カピバラ家領主のカピ。寡黙ながら圧倒的な存在感を放ち続けるアザガーノ侯爵。そして多く台詞を用意された舞台の主役のように、お喋りなサザブル伯爵。


 又、彼の番が回ってきた。

 呆れる様にサザブルはカピに問う。

 「せっかくの平穏な都会暮らしを捨て、好き好んでこんな何も無いボロ屋敷に住むなんてねぇ……よもや、田舎暮らしに夢を抱くお歳でもあるまいに」


 「……」言葉に詰まるカピ。


 その様子を見て、サザブルは得心する、やはり、この青年は自ら望んでやって来た訳ではないと。


 「そのうち実際にご自分で身に沁みるでしょうが、傍で見るより領主というものは何かと面倒が多い。まだまだお若いのに色々やりたい事もありましょうぞ、うっとうしい事柄にかまって行けますかな? どうでしょう、ここは考えを改め、重荷になるだけの領土など売り払えば!」


 先輩領主の語るその言葉には、うんうんと納得することも多く、カピは素直に肯いて聞いている。


 釣り針に大きな手ごたえを感じサザブルは詰める。

 「そうそう! 私達の誰かに任せ併合するならば、マックス卿からのよしみ、今の価値の倍、いや3倍でお受けしてもかまいませぬぞ」


 ニタリと欲深そうに笑って最後に

 「さすれば、その莫大な財産で、王都に豪邸を構え、悠々自適に貴族らしい優雅な暮らしを一生送れるのです! 君のその若さ、おお羨ましい」


 「そ、それはいいなぁ~」

 天井を見つめながら、カピは現実では決してありえない、お金持ちの暮らしをちょっと想像してしまって、幸せ笑いが自然と出てしまう。



 (……でも、カピバラ家が無くなると ゲームオーバーなんだよね)



 ――数日前の夕食の場。

 実はカピはもう、この「家じまい」について屋敷の一同と話し合っていた。


 カピが切り出した。

 「あの~みんな、ちょっと聞いて……ルシフィスはもちろん反対だろうけど」


 改まった声に視線が集まり、執事が訝しげに見る。


 「僕が家を継がずに、カピバラ家を終わらせる。その道について聞いておきたいんだ」


 新たなカピバラ家の頭領の思いもよらない言葉に、全員の食事の手が止まった。



 予想以上に重苦しくなってしまった空気を、敏感に感じたカピは、わざと努めて明るいトーンで話を続ける

 「ちょっとぉ! 心配しないで。もちろん財産は、みんなで公平に分ける。好きなもの、お気に入りの物を何でも持って行っていいから! 今後はそれぞれ好きな人生を楽しめるように」


 カピは今告げた言葉に特別感じることは無かったが、実はこの封建社会において、使用人と財産を公平に分け合うことなど、発想自体が考えられない事だった。つまりこの提案は破格過ぎる条件だ。


 長い間が過ぎ、メイドのプリンシアが悲しそうに口を開いた。


 「カピお坊ちゃまが……どうしても……そうしたいとおっしゃるなら、あたしは……し、従いますけど……、あたしは、あたしは何も要りません」


 マイスターのロックも、どこか遠くを見つめ急に歳を感じさせる表情になる。


 浅黒い顔を曇らせ独りごちる

 「そうだなぁ、結局一番大事なのは、坊ちゃんの気持ちだからなぁ……、王都に帰りたいってんなら、しかたないのぉ……まあ、そん時にやぁあの工房を、俺は何処も行く当てないし、のんびり余生を過ごすか……」


 コックのリュウゾウマル、スモレニィも無言で一点を正視している。


 ルシフィスは何か言いたそうだが言えない、もどかしさを口元に湛えながらじっとカピを見つめるのみ。



 「フフフフッフッ」重苦しい空気を巻き上げるように、愉快な笑いが。


 カピの気持ちは決まっていた。


 もしかしたら、この考えが只の独りよがりで、みんなの迷惑である場合、そのことが気がかりだった。無理に家を存続させることが、彼らの幸せとは限らない。


 だが、やっぱり心配無用、みんなの気持ちは一つだった。


 「ハハハハ! みんな可笑しいよ、これじゃ本当の家族より家族らしいや。まあ~そうなると解散は有り得ないかぁ、だってファミリーの最後は……いくら主人といえども決められないからねっ」


 カピの真意が伝わったのか、波紋が広がる様に皆の顔が明るくなっていく。


 執事のいつもの十八番が早速飛び出した。


 「カピ様、言わせて頂きますと、まだあなたは正式な跡継ぎではありませんので……このような決定は、今度の会談を上手く過ごし、更に王の承認を頂いてから考えられるべきでは」


 打てば響くようプリンシアが

 「なにいってんだい! この偏屈狐! カピお坊ちゃまが正式な跡継ぎなのは、みんなのココで決まってるだろ!!」

 立てた親指で、トントンと自分の胸を突く。


 そしてそのまま明るい笑顔のメイドが皆の気持ちを代表する

 「あたしは誰が違うといっても、例え王様でもねっ! お坊ちゃまがカピバラ家の領主様だと言ってやるよ」


 「執事殿、これは完全にお主の負けでござるなぁ」

 リザードマンのリュウゾウマルもギザギザの歯を満開に笑う。


 「さすがのルシフィスの屁理屈も、この新カピバラ家では通りそうも無いな」

 ロックの言葉が締めくくる。


 ぐうの音も出ない執事も、この時ばかりは負けて善しと言った笑顔だった。



 ――円卓の戦いの場に戻る。

 「お爺さんに要らぬ義理立てして、御自分の人生を無駄にするつもりかな?」

 サザブルが親身なフリをして話している。


 「価値の無い、カピバラ家を高く買ってくれるなんて嬉しいです。僕も政治も統治の仕方も何も知らない無知な領主。一人ではとても大変で手に余ることばかりですし」

 カピも親切がありがたいフリをして答える。


 「そうでしょうそうでしょう! では、前向きに考えていただけますかな?」

 にんまりして、握手の手をテーブル越し大きく伸ばそうとするサザブル。


 「う~ん、……で、どうしてそんなに、売れ残り物件の様な無価値の家を、高く買いたいのでしょうか? アザガーノさん」

 瞬間、カピに宿る目の光が理知の岩戸から漏れた。


 不意に向けられた言葉、しかし動ぜずアザガーノが鼻で笑う。

「ただの酔狂、深く考えるな少年」


 サザブルが無視された形にもなり、顔を赤くする。

 「おいおい! カピ君。少々失礼では? 我々に何か裏があると? こう言っちゃ何だが、マックス卿も確かに冒険者としては一流。誰も及ばぬ……いや、アザガーノ候殿を除きですが……、そ、それは認めよう。だがねぇ領主としては如何なものだったのかな? はっきり言ってカピバラ家、もう火の車でしょう」


 「ま、まあ」そこを突かれると頭の痛いカピ。


 サザブルのボルテージが上がる

 「カピ君! もうこうなれば言わせて頂く。君自信もなっちゃいない! 何も知らない、貴族としてのしきたり、常識を。本日の会談もなんだ? 我々のような超ビップを招く体制が出来ているとは、とてもとても思えんね」


 「……あ~あ、お土産…結構喜んでたのに」なんだか少しイラッとしてきたカピ。


 「誰かに言わせれば、何処の馬の骨とも知らぬただの若造それが、紛れもない現実。その様な君が今後も領主としてやって行けるかな? いいかね? こう言った事を踏まえた上で、君を心配しての親心ではないか。それを! そんな風に勘違いされると……ったく侮辱的ですなぁ」

 大きく首を振りサザブルはまくし立てた。


 「馬の骨かぁ~でしょうね、僕自身でも、実は何の骨なのか? 皆目見当つかない状態でして……」

 ヒョイと肩を上げ、軽口が出始めるカピ。


 執事ルシフィスが、こっそり足をつつく。


 太った貴族はムカムカを我慢できず本音を吐き出す。

 「ここは! ろくでもない使用人達の掃き溜め、奇妙奇天烈なカピバラ家なんてモノは過去の遺物。そうそう、これまたとんでもない滑稽なヒーローだった、マックス殿と共に御破算にしてしまいなさい」


 少し後ろを振り向き、ルシフィスの顔色を見る。サザブルの屈辱的発言の数々にカピはさほど怒ってはいなかった、なんとなく回りくどい話に苛立ちと退屈を覚えていただけだった。

 しかし執事は、カピバラ家やマックスに対する冒涜がボディブローの様に利いて……沸々と心の奥底が煮立って来ている。

 この場にいる他の誰にも察知できない現れ、微かな頬の赤み、怒り心頭に発す一歩手前に来ていることが、カピには分かった。


 何のことは無い、さんざん皆に何を言われても冷静にと、くどく言っていたのは、実は己に言い聞かせていたのだとカピは理解した。



 カピは突如立ち上がり、両手で制する様に掌を二人に向けタメ口で切り出した。

 「あ~、大体ご忠告は分かりました。まあまあ、とりあえず今日の所は耳の痛い話はそれぐらいにしてもらって、早速サインを下さいな」


 サザブルの顔の表情が失せ、アザガーノが歯をむき出しにして不適に笑う、これ見よがしに鋭い犬歯が不気味だ。力無き知恵無き身の程知らずのガキが、こちらが下手に出て容易に手を出せない、出さないのを良い事に、とんだ勘違いをしだしたぞ……と声なき声が言っている。


 上手く幕を閉められそうだったかに思えた会談。

 最後で詰めが甘かったカピの軽率な物言いに、ルシフィスはいつの間にか自分の怒りが薄らぎ、冷静になれているのを感じた。と同時に、この劇の展開が非常に不味い方向に進みだしたという匂いも。



 ドアがノックされ、メイドのプリンシアが入ってくる。

 「失礼します。お飲み物をお持ちしました」


 それは異様な静けさの舞い降りた直後だった。

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