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踊る馬

第二十六話 踊る馬


 アザガーノの逆巻く威圧にいつもの震えを感じながら、乱れてしまった、寂しい髪の毛を撫でつつサザブルは思った。

 (今日の署名会談、上手く破談にしてやれば面白いことになる。アザガーノ殿は口にこそ出さなかったが、きっとお喜びになるだろう)


 「しかし、いやはやカピバラ家も落ちぶれたもの、侘しい屋敷だのぉ」

 サザブルは馬の手綱を部下に任せ、首を巡らせながらアザガーノの隣まで歩く。


 「おいおい執事、遥々やって来た我々の出迎えが…たったこれだけか?」


 太った貴族は、みすぼらしい服装の男二人と――スモレニィとロック、玄関扉の前で待機している、僅か一人しかいない小間使い女、妙なちんちくりんのメイドを見据えながら吐き捨てるように言った。


 「申し訳ありません、コック長は御食事の準備をしておりまして、それ以外の者、我が家の使用人みなでお迎えしております」

 ルシフィスが頭を垂れながら丁寧に陳謝する。


 (この家には、まともな人間はいないのか? 脳みその足り無そうな片目の醜男に、爺さん。ガキのメイド。そしてこのエルフのルシフィス……相変わらず歳が分からん、ったく気味が悪いヤツよ)

 サザブルは頭を下げている執事を見下ろしながら、不快な思いで胸がいっぱいになる。


 アザガーノもサザブルも、マックスの事は良く知っていた、知らざるを得ない存在感が彼には在った。かと言って互いの家を行き来する様な親友関係では当然無く、どちらかと言えばマックスが、勝手気ままに何の連絡も無くやって来る一方、カピバラ家の屋敷を訪れるなんてことは稀であった。

 従って、只でさえ他所の下人に興味など持つわけも無い貴族である。一体カピバラ家にどんな雇われがいるのかを、まじまじと見るのは今初めてだった。


 唯一、よくマックスと行動を共にしていた冒険者、異形の者、執事のルシフィスだけは印象に残っていた。


 (おぅ…そうだ、あと……マックス卿がいなくなってすぐ、えらく揉め事を起こした奴……家来の戦士か何かがいたと噂を聞いたが…? 首にしたか……それとも始末したのか、まぁどうでもよいか)

 サザブルの脳裏にふと過去の記憶が蘇った、マックス無きカピバラ家、そうなってしまえばもうただの絞り粕にすぎぬ面子を見ながら。



 「ヒヒィ~ン! ブルブルッ!!」

 突然。先のつむじ風におびえていたのか、後ろでサザブル達の馬が激しく嘶く。


 「どうどう!」自分達の乗り馬を含め、計三頭の手綱を任された剣士達が何とか馬を大人しくさせようと奮闘している。


 たまらず御付きの剣士の一人が叫ぶ「お、おい! そこの執事! 厩は何処だ? 馬たちは疲れているぞ! ったく気が利かん――どうどう! 静かに!」


 執事が右手を曲げて上げ合図しながら言った「スモレニィさん馬をお願いします、ロックさんも補助を」



 剣士達が馬をいさめるのに、相当てこずっている。


 アザガーノは仁王立ちで黙ったまま、隣の彼の巨大な馬も主人と同じく我関せずと言った荘重な立ち振る舞い。

 

 サザブルが執事の指示に従い向かうカピバラ家使用人の後ろ越しに話す


 「ふっ、まてまて執事、止した方がいい……そこらの人間に私の勇馬が扱えるか? ましてやそんなぼんくらの木偶の坊が、蹴り殺されても知らんぞ」

 (フフフッこの暴れ馬は、わし以外に決して懐かぬわ、馴れた部下でさえ一苦労なのに、馬鹿目が、到着早々に面白いものが見られそうだわい)


 サザブルは言ってる事とは反対に静止する素振り全く無く、悪い笑みを浮かべながら観ている。


 スモレニィが三頭の馬に近づく「あ…おらにまかせろ」


 剣士の一人が手に余るサザブルの馬の手綱を放し、蹴りを食らわぬようにサッとその場を離れる。サザブルのそっと肯く合図を見たもう一人の剣士も、残りの馬達をわざと放ちそこから離れた。


 開放され自由になった暴れ馬が、寄ってくるスモレニィの前、口から泡を飛ばしながら太い首を振り、四本の足で地面を踏み鳴らす。こう気が立ってしまうと治まりつかぬ制御不能な巨体、明らかに側によるのは危険だ。


 (あ~あ、あの大男、殺されるな……。あ~くそっ、後の血しぶきの始末が面倒だ、まあ催眠魔法で大人しくさせ、執事のやつに拭かせるかな、フハハハ)

 この先の展開が頭に浮かび、サザブルは笑いが漏れるのを止められない。



 その笑み、スモレニィが止めた。


 そのままの歩みで、馬との間を自然と詰め、ぽんぽんと優しく馬の頬を叩くと、なんとさっきまでの高揚が嘘だったかの様に落ち着きを取り戻した。スモレニィの顔に頬を摺り寄せ優しく「ブルルルッ」


 護衛の剣士たちは心底あっけに取られた。このサザブルの愛馬の扱いに関しては、日頃の苦労が身にしみているだけに、なおさら信じられない表情。


 そうしてスモレニィは何の苦労も無く、三頭の手綱を引っ張って厩の方へ歩き出す。その顛末を見届けたロックはアザガーノの馬を引いて後をついていく、こちら、馬体はサザブルの馬より一回り以上大きいが、賢い馬なのかおとなしく指示に従った。



 (なんだと! くそっあの男、スキル持ちか?? いやいや、そんな技、聞いたこと無い、ならばやはり偶然か?)

 サザブルは面白くない。苦虫を噛み潰した顔で部下の剣士達に当たる。


 「お前達が丁寧に馬を扱わぬから、私の馬がまるで行儀の良くないじゃじゃ馬の様に思われたではないか! バカ者めが」


 「申し訳ありませぬサザブル様」

 馬同様、気まぐれな主人の怒りに腹立たしくも思いながら謝る剣士たち。


 「ちっ、まあ良い、行くぞ。どうもどうもアザガーノ候! まことにすみませぬ、お騒がせして」

 どこかに切り替えスイッチがあるかのように、赤ら顔が満面の笑みにクルッと変わってアザガーノに手を広げ弁明する。



 「では、屋敷の中へどうぞ、カピ様がお待ちです」

 執事がそう促し、玄関へ歩み始めると、その後をアザガーノを先頭に、サザブル、二人の護衛が続く。


 プリンシアが既に玄関ドアを開けて、軽くお辞儀をした姿勢で待っている。

 最初の客人アザガーノがエントランスに足を踏み入れた。


 「外套をお預かりします」すかさずプリンシアがお伺いする。


 アザガーノは遥か上から無言で睨むだけ、メイドの言葉を無視して応接室への通路を進む。プリンシアはコートを受け取ろうと差し出した手のやり場に困ったのか、少し動揺している。


 「あ、あの……コートを」次に入ってきたサザブルにお尋ねする。


 サザブルはプリンシアの顔をはっきり見て目を見開く、穢れたものを見るかの様に

 「なんだ! 貴様ドワーフか? 触るな触るな、汚い」

 (こ、こりゃ驚き。幼女でも使ってるのかと思いきや、ドワーフをメイドにだと)


 プリンシアはひどい侮辱にめげずに、笑顔をつくろい更に側の護衛剣士にも、少し小さくなった声で尋ねる

 「ごめんなさい……コートは預からなくてもよろしいですか?」


 護衛達も主人同様に冷たい。

 「うせろ、耳も聞こえんのか? 汚い手で触られたくないと言った筈」


 プリンシアはうつむいたまま消え入りそうな声「……申し訳ありません」



 ルシフィスはアザガーノをカピの待つ応接室内へ誘いつつ、後ろのその様子を顔色一つ変えず一瞥しただけだった。


 「なんじゃなんじゃ~ったく、カピバラ家は冗談が過ぎるなぁ」サザブルはにやけながら大声で御付きの剣士共に同意を求める


 「本当ですな~サザブル様、まさかここは見世物小屋ですか?」


 「ちがいねぇ。すると、さながら亜人間の執事は団長ですかい? おいおい鞭でも隠し持ってるんじゃないか」


 ガハハハッと三人で馬鹿笑いをする。



 ハーフエルフの執事は無表情のまま、客人のあからさまな侮蔑の態度に僅かも反応を見せない。プライドは捨て去り、心の中も冷たい氷のまま…なのだろうか。それとも熱く燃え滾る溶岩を、ぶ厚い鋼鉄で封じているだけなのだろうか。


 いつもの饒舌さや嫌味な言葉のおまけも一切無く粛々と

 「女中の失礼を、わたくしからも謝ります、お気に召されず申し訳ございません」


 下げた頭を上げ、緑の大きな眼でサザブルをしばし見つめると

 「そのままでよろしければ、こちらへカピ様がお待ちでございます」


 応接間、戦いの幕が開いた舞台への入り口を手で指し示した。

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