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剣無き戦いの開幕

第二十五話 剣無き戦いの開幕


 その日は珍しく風の強い日だった。


 カピは部屋で、手紙の束に目を通していた。先ほどメイドのプリンシアが持ってきてくれたのだ。執事ルシフィスの指示の元、マイスターのロックが何かおかしな魔法がかかっていないかをチェック済みで。


 (ファンレターに紛れたアンチファンの手紙にこっそり入れられた剃刀を探すみたい、そこまでしなくてもいいのに)とカピは感じたが。


 「それにしても、思ったことも無い。沢山手紙が来たよなぁ」


 ほとんど知らない人物からの、形式的なお祝い、挨拶の手紙だった。今日、屋敷にやってくる二人の領主の物もある。


 「やっぱり貴族社会のみんなって、耳が早いんだ……うん? そうなると逆に、この二人の返信は着くのが遅かったってことか……」


 ざっと見ていると、一つの派手で豪華な金のペイズリー模様があしらわれた手紙が目に留まった。差出人はグリニューン伯爵、定型文的な挨拶の書かれた便箋と……


 「ん? なんだろう招待状っぽいけど?」


 カードも入っていた。とりあえず置いて、他の封書へ


 (他の手紙は、特に重要そうなものは無さそうだ…………これは…会社かな?)


 至極シンプルな水色の封筒、ラブ・アンド・ドリーム商会とある。


 (まさかこの世界にも、ダイレクトメール、広告メールがあるの!? まあ……あってもおかしくはない……か……)



 そこへカピの考えを遮る音、心持ち大きく早くドアがノックされた。ルシフィスが入ってくる。


 「失礼しますカピ様、御支度を。彼ら時間より早く来るようです。いま、偵察に行っていたロックさんから連絡が入りました」


 これも執事の指示で、ロックが街道を見張れる丘まで様子見に向かっていたのだ。


 カピは手紙の束を机の引き出しに投げ込み、急いで着替え始める。

「なんだか…よっぽどこっちの不手際を観たいようだね」


 いつもの農夫の子供風いでたちでも良かったのだが、今日は襟と飾りタックのついた白い長袖シャツに、折り目のしっかりした深い紺色のシルクの長ズボン。

 マックスの衣装棚にあったものを、カピの体格に合わせロックに仕立て直してもらった。と言うことで、ピカピカの新調したスーツとはいかず、多少年期が入ったラフな正装となった。だがカピは、お古といっても良い生地であったし、わびさびがあって逆に良いと思った。


 最後にルシフィスが貸してくれたリボンネクタイを締めてもらった。


 さて残るは、問題の奇抜なヘアースタイルだが、こちらは先日短く刈りそろえていた。さすがにいつも帽子を被ったままでは不味いので、プリンシアとリュウゾウマルに庭で散髪してもらったのだ。


 「では、わたくしは表に彼らを出迎えに参りますので、カピ様は一階の応接間でお待ちください」



 街道を外れた小高い丘に建つ、カピバラ家の屋敷の周りは、気持ち程度の境界を主張する鉄柵と石の柱で囲まれている。近くの街道は未舗装の土のままだが、そこから枝分かれした緩やかに上る屋敷までの通り道は、痛みは目立ち始めているものの、石レンガで舗装されていた。


 張出し玄関のひさし前で、執事とメイドが待ち受け、ロックは数歩後方へ下がって立つ。スモレニィは門番として玄関へと続くアプローチへの正面扉を開けていた。時折風が砂を巻き上げ、大男の門番が片方しかない目をしばたたかせ手でこする。


 土煙を上げ、馬の一団が近づいてくる。先頭を切って一人、やや離れ三人、計四頭の馬が大きく開け放たれた門をスピードを落とさず勢いよく駆け抜けた。門に立つ下男など石ころほどにも省みず。


 馬達の迫力に圧倒されつつも、すぐさまスモレニィは門を閉め、急ぎ後をどたどたと追いかけ玄関に向かった。



 先頭で立派な馬を駆る黒い外套を身にまとった、がたいの良い男がそのままの勢いで玄関前まで突っ込んでくる。ドドドドドドッー屋敷の中まで突入するのか!? と思わせる僅か手前、玄関で出迎えに立つ執事の眼前で手綱を大きく引き急ブレーキ。馬が嘶いてルシフィスを蹴散らそうかと言う激しさで前足を高々と振る、一撃で頭蓋骨が粉砕されそうな丸太サイズの震え上がる凶器。


 だが小柄なハーフエルフの執事は、意にも返さず両手を後ろに組んだまま前を見据えているだけ。一瞬深緑と白銀の眼光が交錯する。


 巨大な馬体を軽々と制するその男、アザガーノ侯爵はそんなルシフィスを見てニヤリと不敵に笑った。

 彼は堂々と単独でやって来た、御付きの者を誰一人も共わずに。


 後の三人もやや後ろで止まり、それぞれ馬を降り出した。ややしんどそうに鞍から足を回すのは、中央の太った男、サザブル伯爵。左右の二人は彼専属の親衛隊剣士。


 アザガーノが軽やかに巨体を躍動させ、ズザッと両足が地面を掴む。体操種目のあん馬のように馬から飛び降りた。荒野に立つガンマンを思わせる仁王立ち、周りの者総てを見下ろす。ふいに風が舞う、砂煙が辺りを覆う。


 正面玄関ドアすぐ傍に、扉を開けるため待機していたメイドのプリンシアも、舞い込む砂交じりの風に思わず目を閉じる。


 これは自然に吹く風のせいだけではない、彼の放つ武人のオーラが舞ったのだ。



 「ようこそ皆様、お待ちしておりました。わたくしがカピバラ家執事でございます」

ルシフィスが彼らに深々と頭を下げる。


 それに習って、プリンシアとロック、玄関前へ今やって来たスモレニィも丁寧にお辞儀をした。


 「ふむ……。招待、ありがたく参上」アザガーノが感謝の念など一欠けらも含めず深い不遜な声でそれに答える。


 誰も剣こそ構えているわけではないのだが、決闘でも始めようかという不気味な緊張感。剣呑な客人達を招いての、厄介な会談が今幕を開けた。



 一方、相対する主人カピは、目と鼻の先、玄関前で渦巻く危険な香りプンプンの波動を微塵も感じることなく、応接室で椅子に座ってお気楽に待っていた。


 「ふぁぁ~、今日はちょっと早起きしたからなぁ、まだ眠いや」

 マックス伯爵の肖像画の前で大あくび、これから起きる修羅場を知る由もなく。

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