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第二十三話 魂


 黒い箱が安置されていた小部屋に続く隠し通路を、カピが出口に向かって数歩進んだ時、静寂していたトラップが目覚めた!


 天井と左右の壁にある隙間から次々に金属の刃が飛び出しカピを襲う。


 水平に飛ぶ鋭い凶器が罠にはまった無防備な青年、レベルマックスではあるが最弱ヒーローのカピに! 突き刺さ――


 ――!?ら無い!


 なんと絶妙なタイミングで通り過ぎるのだ!

 考えられる数万通り以上ものルートの中、たった一つしか存在しない無傷で進める一筋を、当たり前のように進むがごとく。


 天井からの攻撃を同じように紙一重でかわすが……左右と同時にともなると物理的に不可能、すべてかわせない! カピの頭に当たる!


 しかしカピの頭は見た目以上に防御力の高い、カピバラ家マーク付キャップで守られている。それでも直撃を何度も食らえば耐えられず、刃は帽子を貫通し脳に突き刺さる、が直撃さえも無い。キャップに傷をつける刃は幾つもあったが、入射角が甘く跳弾のように弾かれ、なおかつ「偶然」にも跳ね返った刃は、他の刃に当たり攻撃をさえぎるのだ。


 この時は、まだ誰一人と自覚した者はいなかったが、カピの高レベルとあまりにも高いラックの能力に、罠自体の効果が無効化されていたのだ! 雨の様に降り注ぐナイフがすべて彼に当たるのを避ける、という驚愕の現象を引き起こす。



 カピに対して罠が効かない状態だと、全く存ぜぬ執事とメイドは血の気が引いた。自分達のいつものおふざけと御主人の思いもよらぬ行動に、虚を突かれ、行動が遅れた。


 即座にレイピアを抜き放ち、飛び交う刃を切るルシフィス。ストライカーのプリンシアもスキル発動もそこそこに通路に飛び込んだ。


 考え事で頭がいっぱいのカピは、半分ぼ~っとして駆けつける仲間を見た。もう出口はすぐそこまで歩いていた。

「あぁ、ごめん」あまりに無の境地で刃を避けていたので、いってみれば土砂降りの中、傘を差すのを忘れていたといった程度の受け止めだったのだ。


 突如トラップの発動が止まった、正確には弾切れに陥った。進入時、この行程をゆっくり進んだことが想定外の数の刃を打ち出すことになり、もう残りが少なかったのだ。



 通路出口まで三分の一ほどは、何の襲撃も無く隠し扉を出た。


 「!! なんてことを!」二人、口々に慌て声。


 「カピ様らしからぬ、うかつな行動!」「ほんとに! 坊ちゃま…」


 「ははっトラップのことすっかり忘れてた」

 のんきな返事をする御主人様だが、護衛の二人の目は血走り真剣だ、プリンシアは肩で息をしている。


 それでも何故かカピは冗談めかして振舞い

「別に……僕がいなくなっても、たいした影響ないよ…なんだったら蘇り魔法で生き返えらせてよね」(そう、別に自分が死んでもゲームオーバーになるだけ……)


 「坊ちゃん、そんな魔法はおとぎ話にしか存在しない……」背後からロックの声。


 「ふざけたことを言わないでください。ここにいるあなたが消えてしまうんですよ二度と同じ魂は生まれないのです」声は穏やかだが、ルシフィスの頬は赤みを帯び、手は微かに震えている。


 彼らの心は覗けないが、愛する我が子の心無い悪態に思わず手が出てしまう、そんな心境だろうか。もっとも、カピの頬を愛情を持って殴ってしまうと……優れた冒険者のクリティカルヒットで、あの世へ旅立たせてしまうかもしれない、なんと言ってもカピのHPは7しかないのだから。


 ルシフィスもプリンシアも、よく見ると傷だらけだ。大怪我ではないが無数に切り傷を負っている。



 「……」

 何かを言いかけ言葉を飲み込む、カピは深く自分を見つめた。


 ゲームなんだから、リセットしてやり直せばいい。そんな気持ちがなかったと言えば嘘だ。特におかしな能力の自分を知った後では、いっそのこと最初からやり直しても良いかと思った。

 ゲームオーバーになれば、目覚めて元の世界に戻れるのでは? そういう考えが頭をよぎったのもまた事実。死は怖い、どうなるかの保証も何も無い。だがこのゲームの世界では、不思議と今は少しその恐怖が希薄に感じる。


 執事の言葉が耳に痛い。

「二度と同じ魂は生まれない」

 もし仮に、たかがゲームだとしても、そうなのだ、同じ魂、同じ状況に、同じ彼らに出会える事は無いのではないか? 「リセットすればやり直しが出来る」実はそれこそが幻想かもしれない。


 (僕はとても弱いヒーロー、極端にダメな能力。でも、ここに意味があるのでは? 説明書には書いてあった……ゲームオーバー条件、自分の死ともう一つ……)


 『カピバラ家の滅亡』


 (この条件はなんだろう? 自分だけを見て生きるんじゃなく、この家の命を守るということ? 一人だけでやるんじゃなく、みんなで成し遂げる……)



 執事のルシフィスを見る。メイドのプリンシアを見る。マイスターのロックを見る。そしてここには今いない、優しい大男スモレニィ、コックの侍、リュウゾウマル。さらにはカピバラ家ゆかりの人々や村人。さらにこれから出会うであろう新たな仲間、友。


 「さて、みんな、こんな下らない御主人様」


 もう一度カピは首をめぐらして傍の友を見る。

 「やっかいなヒーローについて来る準備は出来た?」


 明るい若き英雄の笑顔に、皆の顔もほころぶ。

 「もう僕の方は、カピバラ家を率いる準備は万端だけどね」


 プリンシアが空中でトリプルループを決め、「いえぃ」とロックとハイタッチ。


 ルシフィスが「もちろんでございます。カピ様がここへ来たときから準備万端抜かり無しでございます。そう! あなた様が駄目な御人なら忽ち切り捨て、わたくしが家を守るという手はずが整っておりますのでご安心を」

 そう言って笑った。確かに笑った。



 カピは、思った以上に大きなものを黒い箱から手に入れた。


 さあ本当の冒険の始まりだ。




  ――――この世界のどこか


 真っ白い部屋。壁に縦一筋の光が現れドアが開く。白をベースにした制服の男が静かに入ってきた。


 「使用登録許可されていない、ゴッドアイテムの発動を検知しました」


 部屋の奥に金髪碧眼の見目麗しい青年が椅子に深く腰掛けている。


 「場所は」


 「ヤマトの国カピバラ領内領主館と思われます」


 「ふ~ん……分かった。あぁあ……温泉か…いつかゆっくり寛ぎたい。…………そうだね……さりげなく監視して」


 「了解いたしました。ミカエラ様」そう言って深々と頭を下げて部下は部屋をでる。


 部下が去り、またいつもの悠久なる閑静が部屋を支配しだす。暫くの間……椅子に座ったまま青年は広げた右手をゆっくり突き上げた。空を掴むように。



 「ちょっと面白くなってきたかも」

 そう呟いた彼の青い瞳は爛々と揺れていた。



  <第一部 完>

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