ステータス
第二十一話 ステータス
箱に残されていたそれは、説明書の陰に隠れて気がつかなかった、栞のようなモノ。簡易なルーペを模した風な意匠をしている。
「なんだろ? さっきのパンフに挟んであったのかな」
そう言ってカピは手にとって見た。材質は、はっきりとしないがプラスチックの様に滑らかで、厚さは2ミリ程度。一方にレンズを思わせるデザインがされ、少し透明になっている。逆側は取っ手と言うことであろうか、金属を思わせる色使いで滑り止めの螺旋の縞がある。
カピはマイスターのロックに尋ねる「虫眼鏡? じゃあ無いよね……」
「う~む……確かに、坊ちゃんの言うようにスペクタクルズ系アイテムの可能性があるのぉ、俺は見たことがない物だが……魔力反応ありじゃ……何かの解析アイテムかもしれん」
「ロックさんが見たこと無い物となりますと…かなりのレアアイテムか、よほど古い物でしょうか」執事のルシフィスも見覚えないようだ。
カピは片目をつぶり、レンズ越しに覗いて見る。ぼやけるだけで特に何も変化無い。
「別に世界の秘密が覗ける訳でもないみたい……」
「アイテム解析とかならさ、ロックのスキルでも調べられるんだから、きっとそんな事に使うような安っぽいものじゃないね! そうだ、お坊ちゃまの結婚相手とか、うんそうそう! 大切なお方をチェックするアイテムじゃないかしら、言ってみれば御両親代わりの目よぉ、愛情を感じるわ」両手を握って遠くを見つめるメイドのプリンシア。
「そんな、まだまだ先の話! 考えたことも無い~プリンシア。どうせならさぁ、自分のステータスを見たいよ――」
眩しくルーペの栞が光った、「ブン」と震え消える、それと同時にマニュアルのホログラムと同様、カピの目の前に表示される。
――『ステータス』
ステータスとは一般的には高い位や、人の地位を表す意味で用いられるが、ゲームの中ではキャラクター等の現在の状態、能力などを総じてそう呼んでいる。
『名前:カピ レベル:MAX99 クラス:ヒーロー』
レベルとは様々な経験をつむことで上昇し、キャラクターの強さの一番の目安であり戦闘に大きく影響する。高レベルになるほど上がり難くなる。
クラスは、冒険者ユニオンにて正式に認定される。認定の不可はステータスの総合的評価で判断される。
『HP:7 MP:777』
HPとはヒットポイント、体力の事で戦闘等のダメージにより減少する。0になると気絶、戦闘不能状態となり、その後は死に至る。
MPとはマジックポイント、魔力、魔法を使うためのエナジー量である。0になると当然ながら魔法が使えない。
『STR:4 INT:4 AGI:4 DEX:4 LUK:999』
STR、ストレングス、腕力や物理的な肉体の強さを表す。戦闘力においては最大の効果値であり、戦士系のクラスに最も重要な能力である。
INT、インテリジェンス、主に魔法に対する知力や適応力を表す。学問的な知識やいわゆる頭の賢さはあまり数値に反映できない。魔法の威力に直結するため魔法使い系統のクラスには欠かせない能力である。
AGI、アジリティ、俊敏さを表す。戦闘におけるスピード、技の速さや身軽さなどに影響し、どのクラスでも有益な能力だが、中でもレンジャー系にとって最も重要である。
DEX、デクスタリティ、器用さを表す。指先の技術や戦闘における的確さ、攻撃の有効性等に影響する。この能力もいずれの職でも有益であるが、中でも技師にとっては欠かせない能力となる。
LUK、ラック、運を表す。すべての事象に影響するわけでは無いが、少し上げて置くと冒険の役に立つかもしれない。戦闘においては、最終的な攻撃判定に影響する。
『スキル プレイヤースキル(プレイヤーキャラクターのみ使用可能な特殊スキル)
???(まだ使用条件を満たしていない特殊スキル)
魔法 開けマニュアル(いつでもマニュアルをチェック!)』
現在習得済みの、スキルと魔法である。新しく習得すると追記され、使用条件が満たされず現時点で使用できないものは「???」表示となる。
――――
取扱説明書にも項目があったステータスが表示されていた。
これが数値として表される、カピの基本能力であった。
カピは自分自身の能力を文字通り目の当たりにした。
心境はこうだった――
(名前はカピ…OK、本名と言うよりプレイヤーネームだけど……。
!!! レベルが99だってぇ! すごっ! めっちゃ強いじゃん……。
おお! クラスはヒーローかぁ、まさに花形の職業だっ、かっこいい~)
思わずにやけてしまう。そして直後、真顔に――
(HP、ヒットポイントが――7、な、7!? そりゃあ元々体力に自信があるわけじゃないけど…7ってどうなの? 少なすぎる気がする……雑魚キャラレベルの気がする! スライム並の気がする!! だ、断定はまだ出来ないけど…僕は病弱だ……気をつけよう……ちょっとした段から落ちても死ぬかもしれない。
MPが777……ほぉ~僕って結構魔法使えるのか………………何回でもマニュアルを開けるぞ! ……開ける…ぞ……ふぅ~)
ブルブルっと身震いをして、とにかく気を新たに持ち直した。
(次は――STR……4……)
ちょっと目をこするカピ。もう一度見る!
(STR…つまり力が4……。ん~! 5段階評価…そ、そうだ……こらこら、255段階の4とかだったら牛乳ふき出してるよぉ! ったく……)
(つぎ、INTも4、ま、まあ……僕、戦士だし。賢さは低めでも……)
考えが矛盾していることにも気がつかないカピ。
(AGI……たしかこれはアジリティ、素早さみたいなものだ……あ~これも4ね……はいはい、力押しの戦士にはいりません~。盗賊やレンジャーでもないし。
DEXも……4、同じく器用さも低くて、だ、大丈夫。盗賊じゃないし!
LUK、はいはい~運の良さも4で、OKOK! そんなに要りません、盗賊じゃないし…………9…9……9……、999?!)
……
……
「なぜだ~~!!」
(なぜ、なぜこんなに振った! なぜラックに数値を!!!)
カピの目が真ん丸になる。飛び出そうだ。
(まてまてまて!)
(力の4って!!! 5段階評価じゃない!!! 4!! ただの4、999の4!)
(こ、こいつは……4というのは…まさか! 初期状態の数値じゃないの??)
ムンクの叫び状態の……カピ。
ショック! 大きなショック。ゲームをプレーした人なら分かるであろう、自分の育てたいわば分身、そのキャラクター。その能力の数値の振り方、上げ方、育て方を間違えていた。ケアレスミス、勘違いにせよ、参考にしていた情報の間違いにせよ。それを知ったときのガッカリ感!
人生であえて大げさに言うならば、生きてきた道を間違えていたことに気付く瞬間、頭を抱えて絶望するという状況だろうか。
リセットしてやり直したい……そう思う瞬間だ。
(これはダメだ! アカンやつだ!!)
同じような意味の台詞がリフレインする。
カピは吐きそうな顔で…両手を台につき首を拉げさせ、ドドーっとあふれ出る涙をそのままにした。
表示は消えた。
カピの絶叫マシンに括り付けられた心の激しい揺さぶりを、フリーフォールで落ちた希望と呼ばれた残骸を知らぬみんな。
このどんよりとした御主人を、前にも見た気がする…と思いつつ執事のルシフィスは声をかけた。
「カピ様、大丈夫ですか? また魔法映像が見えたのでしょうか?」
「うん……見えた。僕のステータスが見えた」
それを聞いてロックは目を輝かせる
「おお! それはすごいぞ坊ちゃん。人の能力を正確に見る、数値化するアイテムだったのか! なかなかの激レアだぞ、さすがカピバラ家ということじゃな、そんな上級アイテムがあるとは」
自分の事を褒められているかのように嬉しそうに執事が
「ですね~。おそらくユニオンで、最上級扱いで管理されるアイテムではないでしょうか? 実際、キャラクター能力を見ることが出来るのは、わたくしは冒険者ユニオン組織しか聞いた事がありません」
ちょっと詮索好きなメイドはもう黙ってられない
「坊ちゃま! どんな能力だったんだい? 教えて頂戴な」
ゲームをそれなりに遊んできたカピは、自分の能力の奇天烈さを理解していた。このまま言ったとて到底納得してもらえないだろう。腕組みし、探り探り伝えることにした。
「まぁ……僕……クラスはヒーローだった…」
冗談なのか本気なのか、驚いていいのか、御主人様の言うことでもあり、信じられるような…られないような…
戸惑いの一瞬――隠し部屋の空気が止まった。