最初の晩餐
第十四話 最初の晩餐
その部屋にいる、みんなが笑っている。
メイドのプリンシアが見つけてきてくれた帽子、つば付きのキャップを(恐ろしいモンスターにアバンギャルドカットな髪型を施された)みんなの新しい主人は被っていた。
真ん中に、カピバラ家の頭文字がバッチリ付いている。
「K」ではない。
ひらがなの「か」……(これは非常にダサいのでは?)と主人カピも思った。当然。
しかし、プリンシアがもう一つ持って来てくれていたのは……。
「坊ちゃん、その帽子嫌なのかい? お手軽に被れて良いと思うけどねぇ。ほいっ、ヘルメットもあるけど……やっぱり! じゃあこっちの黄色い頑丈なのがいいかね」
プリンシアは、カピとは全く違う観点から吟味してそう言っていた。
どっちにも「か」は付いている、これは…迷わせる。
カピは考え抜いた。そして険しい道を抜け、たどり着いた答え。
部屋の中でも常に安全メットは明らかに可笑しい。
「スミマセン。防御力は気にしないので、こっちのキャップにします……」
カピを見てみんなが笑顔。
屋敷の食堂に集まった一同は、盛大な夕食会を始めた。
最初に執事が呼ばれ、この晩餐室に入ってきた。あまりある事ではないが、ルシフィスは言葉を失う。
コック長のリュウゾウマルが口角を目一杯上げ、どうだと言わんばかりの得意顔で、コック帽を取り胸にあて、お辞儀をする。
「どうぞこちらへ執事殿、カピバラ家晩餐会へようこそ!」
数々の料理が所狭しと並ぶテーブルの真ん中に座っていた、この計画の首謀者、主催者のカピが立ち上がって、手をエレガンスに返して近くの席を示す。
「さあ、座って。ルシフィス」
執事は驚きに包まれながら、主人に促された席に腰を下ろす。右から左へ…一流料理人が最高の腕を振るった、間違いなく美味しい豪華な食事を見渡しながらやっと言葉が出た。
「さっと拝見しました所。素人のわたくしの推測ではありますがコック長? これらの料理の材料には、か・な・り・の高級食材が多数使用されてるのではありませんか」
さすが良く分かってる、と満足げに肯く料理人。
「さて、そんな食材を用意できるお金は、いったい何処から出たのですか」
コック長は主人に何やらアイコンタクト。
「まさか! ツケや借金など、カピバラ家の評判に傷がつきかねない、おろかな事をしてやしないでしょうね」品格を重んじる執事の声が強まった。
リュウゾウマルも長年の付き合いから、執事のこの反応はある程度予想できたが、少々反発心も芽生え、真ん丸目玉の瞳が細まり、強めの声で返す。
「執事殿、そんな堅苦しいこと困るでござる。若の歓迎会ですぞ、たとえお金を悪魔から借りて開いても全然問題無いと、拙者は思うでござる」
執事のとがった顎が少し上がり、笑顔でやり取りを見ている主人の方を向く。次の言葉は出てこない。
「まあ心配召されるな! 今回の軍資金の出所は執事殿もご存知」
そうコック長に笑って言われても、執事は咄嗟に何の事を言ってるのか理解できない。
「お宝モンスターの置き土産、そう~ミミックからのドロップでござる」
ルシフィスは思い出した。厨房で倒したミミックが、宝石を落としたことを。
「勝手に使っちゃまずかったかな? ルシフィス」
謙虚な主人の確かめの御言葉に対して、深々と頭を下げる執事。
「いいえ、とんでもございません。あれはコック長が仕留めた訳ですし…わたくしもこの家の行事を預かる身としまして、カピ様に何もご用意できなかった愚かさを、今重ねて痛切に感じております」
カピはいやいやと軽く首振って
「別にお偉いさんを呼んでのパーティとかどうでもいいんだよ、この家の皆、そう新しい家族として楽しく食事をしたいと思ったんだ」
ルシフィスは気付きだした。この若い頭首の凄さに。
見た目は明らかにただの人、いや子供だ。しかし……何か違う、冷静だとか、頭が切れるとか、知識が豊富だとか、そうじゃ無いもっと特殊な、上手く掴みきれないが、特殊なスマートさがあるのだ。
(冷静な方だと自負する自分でさえ、あの厨房の一件ではすっかり周りが見えなくなっていた)
(誰があの場で、ついさっき命を落としかけたその直後に、『バラバラに成りかけている』この家を、まとめる為の夕食会を開くと決断できる? しかも、あのモンスターが落とした宝石を資金源として利用する…ですと? コック長が思い付いたのでは無い! カピ様だ! あの方が耳打ちしたのだ)
夕食会は大盛況だった。他愛も無い色々な話で盛り上がった。
マックス爺さんの豪快な伝説の数々、ルシフィスの細かな注文への愚痴をここぞとばかり、プリンシアの娘達の話、スモレニィが一生懸命たどたどしく話す領内にある温泉と動物のエピソード、コックとマイスターの刀談義、カピバラ家の国宝級アイテムの話。
などなど楽しい話ばかりをチョイスして、みんな笑いあった。
カピはみんなを見て笑顔になる。
右手にハーフエルフの執事が座り、その隣は頑固職人ロック。左手に小柄なドワーフのメイド、プリンシアと大男スモレニィの大食いペア。向かい合って厨房に近いほうにリザードマンでサムライ兼料理人のリュウゾウマル。
このまま、平凡だけど楽しい日々を過ごして行くんじゃないかとカピは思った。誰一人欠ける事無くエンディングロールを迎える、そんな素敵な物語が浮かんだ。
だが、それはありえなかった。この世界で目覚めたときから、彼はあるものを得る替わりに、とてつもない代償を払う逃れえぬ宿命が待っているのだ。
何もせずに何かを得ること――
生というものが、大きく重く価値があり、死というものが、向き合うべき究極の生ならば……
レザレクション、蘇ること――
それは許されざること。この世界にその魔法は設定されていない。