マイスター
第十二話 マイスター
この度が初めての自宅見回りとなる、屋敷の若き主人カピが、不慣れなカピバラ邸の左手奥にある職人の小屋に向かおうと、広い裏庭へ出た矢先のこと。
彼は何かの気配に気付き、そっと身構えた。
そしてその気配の基、林の茂みに混じる影、白い影の方へゆっくり顔を向ける。
見られたのを感じたか、さっと茂みから隣の木陰へ影は移り、木の後ろへ消えた。
カピは何気なく視線をはずし、まっすぐ小屋の方向を向く。
白い何物かは木の後ろからチラリと、こっちを覗く。
カピは気にしない風を装いつつ、小屋へ二歩三歩と足を進めながら――くるりと首をそちらへ向ける。
するとまた後ろに隠れた。わずかな、落ち葉踏む音を風に残して。
(こっこれは……)
仕方ないので、もう無視して小屋へ向かう。
――と言うフリをして、素早く視線を戻した。
作戦的中ついにその影の正体を目視した! つぶらな瞳の動物、小型モンスターがこっちを見ていた。
(こっこれはチラミズムだ!)カピは思った。
(小動物などが柱や壁から、チラッとこっちを見るかわいい仕草。または、愛するものを優しく見守る愛おしい仕草、それだ。チラミズムする者に悪いヤツなんて居ない……)
カピは「お~い」と呼びかけ手招きしようとした、が、その白い謎のモンスターはすごい速さで林の奥に消えていった。中途に上げた手をしぶしぶ下ろし、肩を落としながら残りの数メートルをとぼとぼ歩き、目的の小屋の前までやって来た。
ドンドンと木製のドアをノックして「ロックさん! 居ますかぁ? 昨日ここの屋敷に来たカピです! 入りますよ~」
中から男性の大声で返事が返ってきた「おお? 坊ちゃんか? ノックなんぞせんでも勝手に入って来い!」
カピはドアを開け中へ入る。そこら中になんだか良く分からない、様々な物が所狭しと置いてある。幾つもの棚があり、山ほど積み上がった材料らしき物。壁にも大中小あらゆるサイズ、種類の道具が下げられていて、まさにカオス的仕事場。
この小屋のボス、職人親方ロックは机の前に座ったまま、手元の作業から目を離さずにしゃべる
「モノ創ってる時は~集中しちまってて廻りは無視だから……俺に用があるときゃご勝手に、あぁそうそう…気にせず入ってきな」
ロックの椅子の周りには、細かい細工の施された工芸品の数々。今作っているのも何かの木製パーツの彫刻細工のようだ。切りよい所に来たのか一旦手を止め、ふっと息を吹きかけ木屑を飛ばし、初めてカピのほうを振り向いた。
背はそんなに高くない浅黒い肌をした初老の人間。ゴツゴツして皺の刻まれた顔、白髪交じりの短めの髪、繊細なと言うよりぶっとい節ばった指、岩っぽさを連想させる頑固職人そのものだ。
初対面のカピに笑いながら言った「おいおい~坊ちゃん。たまげたな。町ではそんな髪形がはやってるのか?」
カピは慌てて頭に手をやる。(おおっ忘れてた~。この世界基準でもやっぱりこのヘアスタイルは妙だろうな……あっ! これか? このせいか? さっきの動物が逃げちゃったのは~)
「はははっ。まあ……ここに来る前、食堂でひと騒動あって……」
「帽子の方は、メイドに頼んでいますので、カピ様」
「え?」っと驚くカピ。
いつの間にか、執事のルシフィスが後ろに立っていた。気付かぬうちに、カピの後すぐ小屋に入って来たようだ。
「お供が遅れまして、申し訳ございません」
ルシフィスの両手には、ちゃんと包帯が巻かれていて、腰には、今までは見なかったレイピア、細身の剣を下げていた。
「ビックリした~素早いなぁ! ぜんぜん遅くないよ。え? 僕のすぐ後に居たの? 庭でもすでに」改めて驚いてルシフィスに尋ねるカピ。
「失礼しました。少し驚かせた様で? 先ほど追いついたので…庭ではまだ……」
「あ、そうだ。さっきそこの林に動物か? 小さいモンスターがいたんだよね。ん~そうだな…印象としては……クマのぬいぐるみにモルモットを足して二で割った様だった。ルシフィスも見た?」
「あいにく、わたくしは見ておりません」執事はいぶかしげにロックの方に目配せる。
ロックが答える「スモレニィがまた、どこかで怪我した犬っころでも拾って世話してるのかもしれんぞ? 危険なモンスターがここらに進入して来る事はあるまい?」
そんな危険を感じるような生き物では無かったとカピも断言し、本来の目的、ロックの紹介へと会話が移った。
執事が話し出す「ロックさんには、邸宅の建物や家具調度品の修理からはじまって、魔法武具の制作、調整まで。本当に素晴らしい腕で、技術部門全般を担当していただいてます」
「ただの便利屋じじいだよ」そう言って職人は笑った。
フムフムと執事の紹介を聞きながらカピはふと思った。
(あれ? 確か使用人の中で一般人なのはスモレニィの一人だけ、つまり全員ユニオンに登録している冒険者だと言ってたはずなのに。おかしい。このロック爺さんも技術者だったら、いわば普通の人では? う~ん……昔は戦士だったのか?)
「何か、聞きたいことでもありますか? カピ様」ルシフィスが尋ねる。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。カピは疑問を口にした。
「あなたも…ロックも冒険者なの?」
ロックは執事を見て、少し首をかしげたが、ふふふっと笑いながら。
「そりゃまあぁそうじゃな。俺が冒険者初期職の一つ『技師クラス』なのかって意味ならな、坊ちゃん」
執事は目を閉じ首を振り「ふぅ~カピ様……。ロックさんは技術系、クラフトマンの上級クラス。マイスターでらっしゃいます」
これはまずい質問をしてしまったとカピは思った。
「はははっ。雇い主としてはどうでもいい事じゃなぁ。実際に仕事が出来りゃ~別にクラスが魔法使いだろうが戦士だろうがかまわんよな~」ロックは怒ってはいない様だ。
カピは、このまま有耶無耶にしようかとも一瞬考えたが、性格が予想外の道を取らせた。なんと更に疑問をぶつけたのだ。この世界では奇妙に思われる可能性大の質問を重ねたのだ。
「あ! マイスターならちょうど良かった。聞きたいことがあったんだ」
ロックはちょっと興味深そうに、執事はやや不安げに主人の質問を待つ。
「電気はあるの?」
「……」
やや長い沈黙の後、マイスターが声を出す。
「坊ちゃん……。全く最近の…都の大学ってやつぁ何を教えてんだ?」
「いやぁ… 僕の部屋でね~なんかスイッチがあったんで……この屋敷ではどうなのかなぁ~ちょっと聞いておこうと思って。深い意味は無いよ」
腕組みしながら少しあきれムードでロックは続ける
「多少は社会のこと、田舎の現状も教えておけって言いたいわぃ。残念だが坊ちゃん、あいにく町のようにオール電化って訳にはいかん。もちろんマックス様がいた頃は別だが……」
(電気あるんだ! この世界も)カピは以外な展開にややビックリしながら話しの先を聞く。
「どの町でも動いててお馴染みだろうが、この屋敷にも発電機はある。それも雷系魔法エネルギー直接変換型のでかいのが。そらこいつぁ制御が難しいから、王都であっても珍しい代モンじゃないかの? 大抵は炎系の間接変換型、つまり熱で蒸気タービンなんかを回して電気に変換するタイプが多いじゃろ」
(なるほど、いわば分散型電源システムなのか)ちょっと感心するカピ。
「ちょっくら話が逸れたが、今この屋敷で動いてるのは、炎系の小さいサブの発電機だけじゃ。これなら油でも燃やせば発電できるから小回りが利くんじゃよ」
執事もカピバラ家の事情を加え説明する。
「本来なら、ご存知のように魔法石をエネルギー源として使うのですが、逼迫した財政事情から……カピ様には真に不自由をおかけしますが……高価な石を常に確保できず必要最低限の稼動に留めております」
この異世界は魔法と科学、中世と現代が複雑怪奇な網目のように混ざっている本当に面白い世界だった。
今回直面した不味い空気の場で、カピは妙な事を再び聞く事により、確かに皆から素性を疑われてしまう可能性が高まった。だが誤魔化して回避することなく、純粋な子供のごとく素直に疑問をぶつける事で、さらに重要な「誠実さ」を失うことを防いだのだ。
結果的に、新主人の疑わしさより好ましさが彼らの心を包んだのだった。
カピと執事の二人は、ロックの作業小屋を出た。
カピバラ家の使用人は、マックス伯が主人であった頃から言わば少数精鋭だった。今はお暇を与えられているメイドたちを除けば、ほぼ変わらぬ面々のまま。
カピはこれで、家に使える使用人達で、現在この屋敷に居る者、後一人を除くみんなに会った。そう一人を除き。
裏庭から屋敷に戻る道中、執事が神妙な感じで話し出す。
「カピ様、これで会って頂くべき使用人全員の紹介がすんだのですが……」
カピはルシフィスの言いよどむ感じと声のトーンに立ち止まり耳を傾ける。
執事は真剣な視線をじっと主人に向け続ける。
「わたくしも含めまして、様々な異種族の者達です。人間であるカピ様には、おそらく相当ご不満かもしれません。辞めさせたい者もいるかもしれない、当然ながら、普通の人間の使用人に変えたいと思われていることでしょう」
執事は何も言わずに聞いているカピの目、その奥までも覗き込むかのよう。
「それは…ごもっともなこと。しかし、そう命ぜられるのは、わたくし達の仕事ぶりを、せめて今月、いや七日だけでも! 良くその両の眼で見てからにして頂きたいのでございます」
ハーフエルフの執事ルシフィスの、熱のこもった嘆願を聞いたカピは
「何言ってるの? 執事は首だよ」
「――ふふふっ。ははははっ」楽しそうに笑うカピ。
「色々な種族! ユニークな仲間達! これってホント最高~じゃない」
カピはちょっと意地悪く
「そんなご主人の気持ちも分からないなんてねぇ、そんなんじゃあ、名門カピバラ家を守る執事としては……首にされても仕方ないぐらい、まずいでしょ?」
ルシフィスは深く頭を垂れまぶたを閉じた。
「申し訳…ございません」
顔を上げるのが遅かったのは、気のせいだったろうか。