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コックの包丁、侍の刀

第十話 コックの包丁、侍の刀


 「ルシフィスも冒険者なんだろ~? それじゃあ、執事という普通の職業とは別に、『冒険者クラス』って呼ばれる職も持っているんでしょ」


 カピがそそくさ先を行くハーフエルフの執事に問いかける。


 先ほどの玄関ホールから、建物正面向かって左の廊下を歩いている。「こちらが晩餐室、皆様の食堂になっております」屋敷の新しい主人となった青年の質問を無視して、シックなデザインのステンドグラス窓の付いた、両開きドアを示しながら部屋の説明をする黒髪の美しい執事。



 カピは食い下がる。「う~ん、レイピアを使う剣士? なんか似合いそう! え、違うの? 別に教えてくれてもいいじゃないか~」


 若主人の意外な鋭さに少し驚きつつ振り返るルシフィス。


 「教えたくありません。先ほど内緒ですと、きっぱり申し上げたはずです」


 頑固な使用人に対し、ちょっと意地悪にカピが


 「あ、ああ~確か……記憶違いで無ければ~僕はこの屋敷の主人なんだよね? その僕が尋ねてるんだから、忠実な執事さんなら答えてくれるよね……」



 少しは困った顔を見せるかと思えば、そんな素振り無く、逆に皮肉屋の性分に火が点いた様だ。すっと左の眉をあげ、冷めた表情で


 「それでは、お聞きしますがカピ様。あなたは、主人であるという強力な権力を笠に着て、何も抗うことの出来ぬわたくし達、力なき、立場弱き、儚き召使い共に! プライベートなあれこれを何でもしゃべらせようと御辱めなさる、『下衆の中の上』のような御人なんでしょうか? 真にがっかりです」


 (くぅ~)そうまで言われると仕方ない。真っ当なご主人様を自負するカピとしては、ここはひとまず折れるしかなかった。でもちょっと悔しかったのか……


 「じゃあ、僕も自分のクラスを教えないっ、実はちゃんと持ってるんだけど……」小声でつまらぬ子供っぽい嘘をつく。



 食堂の並び、もう少し先にいっけん見逃しそうな、シンプルな片開きドアがあった。


 「こちらが厨房への入り口です。中にコック長のリュウゾウマルさんがいらっしゃいます」


 執事がドアプレートに手を当て、開けながら「では、入りましょうか? カピ様」そう言って意味深な間と目つきでカピを見た。


 (リュウゾウ…マルか……、なんか船や乗り物の名前みたい。昔で言えば、まさに武士っぽいネーミングだな、きっと板前親父って雰囲気の人がいるんだろうな……)なんとなくそんな事をカピは思いながら執事の後から中に入った。


 白のコックコートに、30センチほどの高いコック帽。よく板前さんのする和帽子ではなかった。おそらく一般のイメージ通りそのままレストランのコック長といった服装だ。少し違うとすれば――腰に巻いたエプロン、その左右に刀を差していた。足元は、鰐皮の靴…………(いや――素足か……)


 「おっ! 若様、待ってたでござるよ。なかなか良い目をしてなさるな~。なあ執事殿、どこかお館様を思い出させるじゃあござらぬか」


 若主人のビックリ眼を見ながらリュウゾウマルは大きな口を開けて喜んだ。鋭い歯が無数に並んでいる口を。



 カピの中であの奇妙な感覚が蘇っていた。この世界で目覚めてから、初めて執事と対面したあの時の。


 コックの横に裂けた大きな口、爬虫類独特のテカテカした唇から、低音響く力強い声が発せられている。彼は、リザードマン、蜥蜴人間だった。


 リザードマンは、お尻から出ている尻尾をリズムよく振ったり、クルッと先っぽを丸めたりしながら


 「若、もしかしてぇトカゲ野郎に会うのは初めてで? ハッハハハ、町の方では殆ど見かけぬゆえ珍しいでござろう、その上、トカゲのコックなどこの世に二人と居ないでござろうな!」


 「ご、ごめん。ちょっとぼーっとして……うん、少し驚いた!」カピは正直に言った。


 「ハッハハハ、結構結構! なれっこでござる。気にしなさんな」

 縦に長いひし形の瞳をした、ギョロリと大きく丸い目をパチリと閉じて、ウインクしながらリュウゾウマルは応じる。



 確かに外見にも驚いた。が、しばし呆然とした本当の理由はリザードマンとの会話だった。異なる種族の発声が、すんなり理解できる驚くべき現象の裏では、何か脳が特別な処理を行っている。そのプロセスをクリアする為に一瞬の間、電子回路が大車輪で動き、思考がフリーズするそんな感じだった。


 「あの、もしかしてその刀で料理を!?」


 だんだん異世界の差異に順応を遂げつつある青年、カピの興味はもう次に移っていた。


 「鋭いね若、拙者の目指す剣は、命奪う剣、捨てる剣ではござらん! 命を頂く剣でござる。ほれ、こちらの短い方は直刀。大物をさばく時に使うでござるよ」


 刀を鞘ごと腰から抜き、カピに見せてくれた。短いといっても普通の柳刃包丁よりはるかに長く、60センチは優にありそうな代物だった。

 

 「拙者の職は、あくまで料理人。人斬りのご用命は、ほどほどにお願いいたしますぞ! ワッハッハッハハ」

 どこまで冗談なのか、ほんとにカピバラ家は変わった使用人ばかり雇ってるんだなとカピは思った。



 執事が話題を変える「そういえばコック長、今朝の食事はもう?」


 コックが答える「出来てるでござるよ、そこに」


 鋭い爪のそろった太い4本指の手で示された方に、香ばしい匂いのパンが網かごに盛られ、隣の寸胴鍋に野菜のシチューがある。



 厨房内は、かまどに洗い場をはじめ、様々な調理器具、食器などが置かれ一通り何でもそろっていそうだった。壁際には食材だろうか木箱や袋も積んである。


 カピはここで朝食をとることにした。丸いホカホカのパンを2つ、大きめに切られた野菜がゴロゴロ入ったシチューを皿に分けてもらった。冷たいミルクも出してくれた。

 「美味しい!」正直、謎素材で作られ、料理名も分からない品であったが、素朴な飽きの来ない味付けで本当に美味しい朝食だった。


 「若に気に入ってもらえてよかったでござる。もし何かご要望あれば、予算の許す限りリクエストに答えるでござるよ。それが拙者のコック魂というもの、あぁ…贅沢な食材はちょいとつらいですが、なんせ、人数は少ないものの大喰いが何人もいるでござるので」


 パチリと片目を閉じてカピを見た。うんうん分かるとカピもうなずき、さっき会った彼女らを思い浮かべた。


 「こちらの台所事情も火の車なもので、申し訳ございませんコック長」と執事。



 カピは思い出す。カピバラ家は現在、かなりの財政の危機にあるらしい。その他にも問題がありそうな気もするけど、まあ順を追ってルシフィスが教えてくれるだろう。

 朝食をほぼ食べ終わりながら疑問が湧いたので、誰とは無く皆に尋ねた「それで、食事は別々なの?」


 ちょっと寂しそうにリュウゾウマル「以前は、食堂で皆で食べてたでござるが……今は各々で食べてますなぁ」


 執事も少し宙を見つめた後「そのようですね。わたくしは仕事柄、前から自分のペースで頂かせてもらっておりましたが……」


 少々しんみりとした朝食を済ませ席を立つ。「次の場所へ行きますか? カピ様」



 出口へ向かう二人を見て、思い出したように「そうでござる! 忘れていた!」コックが呼び止める。


 「執事殿、何か若様へ荷物があったでござるよ。食材と共に混じって」



 食事中のカピの目にも入っていた、部屋の壁際に野菜などが積んである所。よく見ると、そこに3、40センチぐらいの長方形の包み。


 「へ~なんだろう!」早速カピは包みを調べる。重いが、踏ん張れば持てないほどではなくせいぜい20キロか? ここで運ぶのを頼むというのも男らしくないので、ぐっっと腰に力を入れ「よいしょ」と持ち上げた。そのままテーブルにどんと載せる。


 コックはプレゼントを開ける子供を見るかの様に微笑んで見守ってる。結んである紐を解き、包みをバリバリっとはぐ。中身は箱だった。


 これは!

 ベッドで拾ったあの謎のメモ! そのメッセージに記された、『困ったときに開け』と言う黒い箱ではないか!


 カピの心は躍る。色は青みがかった濃いグレー。真っ黒とは言えないが、赤い箱でも、白い箱でもないのは明白。


 箱は、いかにも宝箱のような姿形。


 ハーフエルフの執事ルシフィスは、やや後ろでその様子を伺いながら、なぜこの様な荷物が運ばれて来たのだろうと、少々経緯をいぶかしんでいた。(普通の荷ならまず執務室のわたくしを通す――)


 執事に悪寒が走った。

 カピは箱を開けた。


 バシュ! 箱から飛び出す鋭く歪な刃が、箱を開ける愚か者を薙ぐ!


 ザプァ……



 若き主人の頭が――あるべき場所が空になった。

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