冒険者ユニオン
第九話 冒険者ユニオン
(まずい事になった)
新世界の奇妙にかわいい名前、カピバラ家の頭首と言う役を、そつなくこなせそうだと思っていた彼、カピは愉快な召使の面々を前にして言葉に詰まる。
冒険者ユニオンと言われるナニモノかは、この世界の常識らしい。そのことを知らないというのは「空気って何? 生きるのに必要なモノなの」ってぐらいへんてこな質問だったのか……異世界の青年はあせった。
(自分でもまだぜんぜん解明出来てない、この世界に来たややこしい成り行きを暴露し説明する破目になるのか……)
「い、いやだな、もうっ。冒険者……ユニ…オンでしょ? 知ってるよ~」
カピは頭をフル回転させ、完璧とはいえぬ脳に蓄えてあるファンタジー世界の知識をひっぱり出し、今までの会話と照らし合わせた。
(それは何かの共同体か? 一般的な社会なら、すぐに浮かぶものとして、地域における公共組織、または宗教組織などだけど……少し違う気がする……ん? ――ゲームではよく職業ギルドなるものがあったり……あとそうそう、冒険者ハンターや賞金稼ぎの、ランクやお金を管理する組織が存在するぞ、きっとそれだ!)
「あれでしょ~う? 冒険者登録して、こう~ねぇ……職? クラスを決める所でしょ……も、もちろん知ってますよ~まあ、詳しくは知らないので、ちょっと教えてもらおうかなぁ~なんて思って、質問しただけだよ~」
ヒューヒューと苦手な口笛を吹いたりするお茶目なご主人。
「そうよねぇ! カピお坊ちゃまは、王都の学生さんだったそうだし、あまり興味ないわよね……」メイドのプリンシアはすっかり得心済み。
「おらも、よく知らない…だ…よ」と大男の使用人スモレニィ。
「なるほどプリンシアさんの言われるとおりですね…珍しい事に」ムッとするメイドを気にせず続ける「カピ様は、本来ならば学問の道を進もうかという御人。優れた研究者には、世の中の事に一切関心ない一流の人物も多くいらっしゃいますね」
肯きながら納得の執事。
この世界の人間で無いと疑われると思ったのは、カピの杞憂に過ぎず、あっさり事無きを得た。その後、劣等性に説くと言ったような上からの態度で無く。四方山話をしながらスモレニィに教える態をとりつつ、さりげなく冒険者について、入門編の理解をカピに促してくれた。
『冒険者』とはユニオンに登録することによって始めてなれる者で。登録するために特別な資格は必要としないが、エンゼルと呼ばれる管理者に示された登録料を払わなければならない。この時点で冒険者として適正かどうかを判断しているのではと噂されている。つまりは、不適正だと思われる人物の登録料はべらぼうに高い。
晴れて冒険者になると、魔法やスキルが使用可能になる、眠った能力が開花するのだ。その後は4種の基本職から始まり、各々の特性、修行を経て様々な上位のクラス、派生職に就く事が出来るようになる。
カピは冒険者の基本を学びつつ、すぐに大きな疑問を持つ
(自分は冒険者なのだろうか?)
ユニオンに行った記憶、登録した記憶、そのようなものは全く無い。魔法はもちろんスキルも使えそうな感覚など今の所ゼロだ。
(きっとまだ何のクラスにも就いていないのだろう……とどのつまり無職と言うことかぁ~)はあぁ……と、ため息を一つ。
前世界での多くの若者が、ふと抱く将来の不安、それが懐かしくも胸をよぎり口から息となりもれた。
落胆しているカピを見て、執事は話し出す
「かく言うわたくしも、最早、冒険者としての活動には興味ありません。当たり前ですが、別に冒険者でなくとも、素晴らしい人達は沢山います。冒険者なんて、そんな方々に支えられてる存在とさえ言えます。先ほどもお話したように、こちらのスモレニィさんには、とても良い仕事をいつもして頂いています。ユニオン加入者かどうかなんて人の本当の価値とは無縁なのです」
執事の暖かいフォローを聞きつつ、カピは心地よさの根っこに気がついた。
青年が昔居た、本来居るべき社会では、当たり前の事を知らぬ者は笑いもの、常識知らずは馬鹿にされる。それは罪悪感無く抱ける優越感、だって皆が知ってることを知らないんだから。彼もそれが普通の感覚、そんなに悪いことではないそう思っていたし、実際そうであろう。
だけどここは違った。モラルではなく形式的なマナーや知識、その様な部類の常識を知らない事、それは全く重要な事では無かったのだ。もちろん、先代の領主から受け継がれた独特な主従関係が醸し出す、ここだけの場かもしれない。それでもカピは、心の羽がフワッと広がった気がした。もっと自由にこの世界を楽しんでみよう! そう思えた。
「しかし、しかしですよカピ様。あなたはこの栄誉あるカピバラ家のトップ。その…その地位に在られるお方が、冒険者ユニオンをよく知らないなんて!」執事が嘆く。
「お坊ちゃま。あたしん所のおてんば達なんて、オムツが外れる頃にはもう『ユニオンに連れてけ~』ってのが口癖でしたよ~ガハハハ~」
なんだか思い出した情景も可笑しくって大笑いのメイド。
「あなた様の御爺様、マックス様は真に最強の勇者! おお! 思い出します素晴らしき勇姿……。戦士系最上級のヒーロークラス。それに比べカピ様は……」
ミュージカル風のやや大げさな身振りと共に執事ルシフィスは語る。最後に両手を上げ『なんてこったい』ポーズをとりながら「ふぅ~」
(お~い! これ見よがしにため息をつくな~それも思いっきり深いヤツを~!)
カピの悲しき心の叫びを聞くことは無く、執事は「もうそろそろ行きましょう」とばかり次の使用人の下へ、すたすた歩き出した。後を追いかけるカピ。
向かう途中の廊下でカピは思いつく。
「ところでルシフィスは、なんのクラスなの?」
「わたくしの職業は、カピバラ家執事です」
「そうじゃなくって!」
「冒険者クラスは……内緒です」振り返る事無く、そう言って角を曲がって行った。