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みかん

作者: 田村

短い文章を書きました




7月の朝6時はもう昼間とおんなじくらい明るい。でも、道には誰も歩いてない。あたしのために用意された道みたいでちょっと気分がいい。夏服の制服の袖を少しまくって、いつもはバスに乗る道を走ったり歩いたりしながら学校に向かった。


高校に入ってから3カ月が経って、放課後は毎日ユウコとアサミとあたしで、黒板に落書きをして2組の田中くんはかっこいいとか、地理の松本先生はたまにいやらしい目で見てくるとか、そんな話をしてる。


会心の出来の松本先生の似顔絵も、やっと解けた数学の問題も、次の日の朝、学校に来ると綺麗に消えてる。ほんと、ものすごく綺麗に。はじめはうちのクラスの日直の出来が良いのかと思ったけど、ユウコが日直の時も同じように消えてたので、まあ、毎日誰かが消してくれてるんだろうなって思ってた。


朝7時。誰もいない教室に一番乗り。ここはあたしの陣地だ!と叫ぼうかと思ったら、背の小さい、色の白い男の子が黒板を拭いてた。あぶない。叫ぼうとした口の形をなんとか「おはよう」に変えた。


「おはよう」やさしい声で男の子が昨日のあたしの落書きを消しながら返す。えーっと、名前なんつーんだっけ。


「毎日消してくれてたんだね。てゆーか、朝めちゃくちゃ早くない?」

「吉川さんこそ、なんでこんなに早く来たの?」

あ、あたしの名前は知ってんだ。窓際の一番後ろの自分の席にかばんを置く。

「あー。昨日の夜さ、親と喧嘩しちゃって、きまずくて。みんなが寝てる間に出てきたんだ。」

「そうなんだ。ごくろうさま。」

男の子は黒板を拭き終わると席に着いた。壁際の前から二番目。あー。そういえばそこにこんな子が居たような居なかったような。


遠くの方でハトが鳴いてるのが聞こえる。くーくるっくくー、くーくるっくくー・・・たった30秒の沈黙にも耐えられないであたしは口を開いた。


「てゆかごめん、本当に失礼なんですけど、名前なんていうんだっけ?」

「井上だよ。話すのはじめてだから、無理もないよね。」

井上はこっちを振り返ってやさしく笑いながら言った。


「や、すまんすまん。そんで井上君はいつもこんな朝早いの?」

「うん。だいたいいつもこのくらいかな。」

「え。なんで。毎日親と喧嘩してんの?」

またやさしく笑う。ぽーっとした子だなー。


「まさか。うちは円満だよ。吉川さん、朝早く出てきたけど朝ごはんは?」

「食べてない。食べてないけど、一食くらい別に。つかしばらく家でごはん食べないし!」

と言った途端に、教室の端から端まで聞こえるくらいお腹が鳴った。なにこれ。雷鳴?あたしの腹だった。


「あ、僕、みかん持ってるけど食べる?」

「食べるよねそりゃ。」


井上の前の席に座ってみかんをむいて口に入れる。んまい。ってあれ?なにこれ。すごくおいしい。


「あれ?このみかん、すごく美味しくない?特別なやつ?」

「あ、ほんとに。愛媛のおばあちゃんが送ってくれたやつなんだ。うれしいな。」


へーおばあちゃんがみかん屋さんか。ええのう。あたしはみかんに夢中になりすぎるのも、と思って話を振ってみた。


「で、井上君はなんでこんな早く来てんの?」

「ああ。僕さ、あんまり体が強くなくて中学の頃はほとんど学校これなかったんだよね。だから、これる時は出来るだけ長く居たくて。」

「変わってるねー。あたしは出来るだけ居たくないけど。」

「そうかな?いつもたのしそうにしてるじゃない?」


そんな風に見えるー?と言おうとして見上げた井上の肌は、白かった。透明で、深い深い海の底にさっきまで居たみたいな白。あたしが少し、息を飲むと、長いまつげが揺れて、井上はやさしく笑った。


その日から、あたしは毎朝7時に学校に行くようになった。井上が黒板を拭いている間に、あたしはみかんを食べながらくだらないことを話し続ける。井上は「へえ、そうなんだ。」「それは楽しいね。」なんて、面白くもない相槌を打ちながらやさしい笑顔で話を聞いてくれる。


朝以外は彼とは話さなかった。ユウコとアサミがいるし。たまに目が合うと、やさしく笑ってくれる。それがなんか秘密の関係みたいで楽しかった。


体育の授業がプールに変わるくらいに暑くなった日から、彼は学校に来なくなった。朝のホームルームで先生が「井上は少し体調が悪いので休んでる」と言っただけで、クラスの誰も気にしなかった。


あたしは変わらず、毎朝7時に学校に来た。ひとりだけの教室で、廊下側の前から二番目の席に座ってつぶやく。「なによ。あんたがいなくなったら誰が黒板消すのよ。誰があたしにみかんくれるのよ。」


涙が止まらなかった。ああ、あたし、井上のことが好きだったんだ。あたしは彼の手首があたしよりも細かった事を思い出した。もうあの優しい笑顔が見れなくなるかもしれないと思って怖くなって、自分の肩を折れるくらいに掴んで、泣いた。


それから、あたしはぬけがらみたいに過ごして、ばかみたいに毎朝7時に学校に行って、散々なテストの結果で親とケンカをした。全部がくだらなく思えた。夏休みまであと3日だけど、あたしは学校を休んだ。


親も仕事だし、部屋でダラダラ過ごしていると、チャイムが鳴った。無視しても、まだ鳴る。あんまりしつこかったので出てみると、宅配便だった。でっかいダンボール。開けてみると、中身はいっぱいのみかんと、手紙。



吉川さん


元気ですか?井上です。

僕は今、愛媛の祖母の家で療養中です。こちらは空気が良いので体の調子も良いです。

東京と同じくらい暑いけど、日陰は涼しいです。

みかんが好きだと思ったので、送ります。




そんだけかよ!そんだけかよバカ!あたしが、どんだけ!あんたのこと!バカ!!もー!ばか!


あたしは何度もバカバカって文句言いながら、笑ってみかんを食べた。やっぱおいしい。おいしすぎて、玄関でへたりこんで、笑いながら泣いた。


次の日の朝、あたしはまた7時に学校に行った。誰もいない教室。そこで、みかんを食べながら手紙を書く。井上がいなくなって毎朝黒板が汚いこと、松本先生に授業中に怒られたこと、テストの結果で親とケンカしたこと。全部全部、くだらないこと全部書いた。


きっと井上はこの手紙を読んで「へえ、そうなんだ」って優しく笑ってくれる。でもさすがに10枚も手紙を書いたら多いな。重いかな。でもまあ、井上だし。多分気付かないでしょ。最後に、少し迷ったけど、夏休みにみかんを食べに行く。と書いた。





これから他の文章も書いていきたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いい話な上に、読みやすいですね。
2015/09/12 20:45 退会済み
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