失踪
「それで?」
レンジャーは猜疑の目をジャスティンに向ける。
「友人である君は何も知らない、聞いていない、で本当に通ると思うのかな?」
諭すような口調で語りかけてくるが、声色や目つきから、レンジャーが苛立ちの感情を隠せずにいることは誰に言われなくても分かる。
ジャスティン自身の立場も非常にマズい状況だろう。
部屋を見渡せば、無機質で温かみのない素材の壁に、床。
金属にペンキを塗りたくっただけのようなデスクは、部分的にペンキが剥げ落ちて、下の金属が見えている。
脱走防止のためか、小さな窓にも格子がはまっているせいで、全体的にひどく暗い。
ひどい顔色と、普通じゃない様子の友人は、手洗いにいくと言ったきり、戻ってこなかった。
探しに行ったが、どこにも姿はない。
ローガンからの話は、まだ聞いていなかったにも関わらず、ローガンとレンジャーが話す機会を一つ奪った自分を、レンジャーがどうとらえるかは、子供じゃないから分かる。
「思わないです。でも本当のことだ。俺が聞いたのは、クロエが死んだ、ということだけで。」
「では、君はローガンが行方をくらました理由はなんだと思う。」
「寧ろ教えてほしいくらいだ。」
ジャスティンは重くため息をつく。
「俺は事件の概要すら聞いてないんですよ。どんなに問い詰められても、そう繰り返すしかないでしょう。そもそも、ローガンにいったい何を聞きたかったんです。」
「君も見ただろう、彼の様子を」
悔しそうに吐き出すように、レンジャーは言う。信用してもらったわけじゃないのだろうが、少なくともジャスティンから有益な情報を現時点で得るのは難しいと判断したのかもしれない。
「ええ」
「どう思った」
「取り乱しているように見えました。」
「それはなぜだと思う」
「その理由は聞けないままでした。ただ・・・」
ジャスティンは一瞬躊躇した。友人に不利になることがあっては、と思ったが思い直してゆっくり言葉をつむぐ。
「知人のクロエが亡くなったというのは、事実なのでしょうか?」
「・・・ああ。」
「クロエとローガンは、想いあっていました。クロエが亡くなったのでしたら、ローガンがひどくショックを受けるのは、むしろ自然だと思います」
ジャスティンの覚えている範囲では、二人とも本当にお互いを思いあっていたし、誰一人、邪魔できる雰囲気ではなかった。
嫉妬は隠さず口に出す、互いに話し合って、信じあう恋人同士。
その二人の間に、ローガンが「不利」になるような事情があったとは考えられない。
考えたくもない。
「つまり、愛情のもつれのようなものもあった可能性はあるわけだ」
レンジャーはどことなく満足げに、小さく頷いた。自分の説の裏が取れたかのようなそぶりで、ジャスティンは心中で舌打ちをした。
「絶対ないとは言い切れないでしょうね。でも、俺はないと思います。」
「・・・それは、なぜ。」
「あいつらを、知ってるからです」
随分と長い間引き止められたが、いくら聞かれても、知らないことは答えられない。
両親が身元引取りに来て、ジャスティンが聴取室を出られたころには、街に闇が降りていた。隣の州に住む両親はひとまずジャスティンの寮に届けを出して泊めることにした。
黙り込むジャスティンに、両親はあえて話をふろうとはしなかった。ただ、聴取室から出たとき、父親であるフレッドは、静かに言った。
「信用してるからな。巻き込まれる前に相談しろ」
母親のエミリはただ黙って息子の手を一度だけ強く握った。
申し訳ない思いと、両親の愛情への感謝でいっぱいだった。
ジャスティンがもっと大人であれば、「ありがとう」の一言ぐらいは言えただろうか。
照れ隠しに深夜営業のストアへ水を買いに出てしまうほどには、まだ子供なのだとしみじみ思った。
「お友達は、もう戻らないわよ」
強い口調の声に、はっとして振り向く。
「深入りすると、あなたも戻れなくなる」
返答する言葉も出なかった。
声の先には東洋系の黒髪の少女。多民族国家の人種のサラダボウルだけに、決して珍しい人種ではない。
それなのに異様に感じたのは、発したその言葉の意味のせいなのか、それとも、両の瞳の色が違ったからなのか、闇に溶け込みそうなダークグレーと黒の民族衣装のような服装のせいなのか。
「どういうことだよ」
掴み掛からん勢いで近づくと、いつの間にか足元に来ていた獣が間に割って入り、ジャスティンをねめつけた。シルバーグレイの獣は、歯を剥き出しにして唸る。
「やめな」
少女が一括すると、尻尾を下げて少女の足元へと獣は戻る。
獣が言うことを聞いたことを確認すると、少女は視線をジャスティンに戻す。
その瞳の色に背筋がゾクリとする。
何か言わねばと思うのに、体が言うことを利かない。
ひどく恐ろしいものに対峙したときというのはこんな感じなのだろうか、体中を恐怖が支配する。
「何も聞く必要はない。もう忘れてしまいなさい」
少女の瞳の奥に炎が宿った気がした。
意識が奪われ、真っ白になった。