第七話
グランは夢を見ていた。
王子時代、父王と一緒に初めてお忍びで城下にでかけた時の夢である。
初めて見る城下は活気づいていて、
お忍びで行っているはずなのに、みんな父のことに気づいていた。
八百屋のおばちゃんは
「王様のとこの3番目の子かい!大きくなりな!」といって
パイナップルをくれたし
鍛冶屋のいかついおじちゃんは
「王子が大人になったら俺が剣をつくってやるよ!」といって
頭をぐりぐりしてくれた。
王宮に戻ってディナーの時に兄達にそれを話すと
「あ~僕もやられたよ、それ(笑)「カラスの食堂」には行った?
おなかいっぱいになるまで帰してくれないから気を付けて」
と話してくれ、皆で笑っていた。
父王はあの時どんな話をしただろうか。
母君はどんな顔をしていただろうか。
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目を覚ましたグランは、
久しぶりに今は亡き家族の夢をみたことに、
しかし、穏やかな気持ちで目覚めたことに驚いていた。
家族を相次いで亡くした時、グランはまだ10歳だった。
悲しみに浸る間もなく王となり、涙を見せることを許されなかった。
酷な話に聞こえるかもしれないが、
それが王家に生まれた人間の義務・責任だとグランも分かっていた。
温かい記憶を思い出すと、悲しい記憶も甦る。
だからグランは家族にまつわる記憶を無意識に封印したのである。
それは10歳のグランがとれる精一杯の自己防衛だったのかもしれない。
しかし10年の時はグランの悲しみを癒した。
温かい記憶は温かい記憶のままで思い出すことができたのである。
(なぜ、このタイミングで…。やはりこの本の影響か…。)
ベッドサイドのテーブルには、
昨夜自分に衝撃を与えた「暴君★フローチャート」があった。
この本のおかげというか、この本のせいでというか、
グランはこの10年の結果を「自分で」見てみようという気になっていた。
かつて父王がしていたように。
「陛下、おはようございます」
思考を打ち切り、振り向くと執事が立っていた。
なんとなくさっと本を隠し
「今日は城下に行く。目立たぬよう支度をしてくれ」と告げた。
執事は軽く目を見はったが、すぐ表情を戻し尋ねた。
「御意に。朝食はいかがなさいますか」
「うむ…あれらはどうしている」
「?あれら…とは?」
「…王妃と王子だ」
苦虫を噛み潰したように低い声でつぶやきながら
これもフローチャートのせいだと心の中で悪態をつく。
「王妃や王子が普段何をしているか知らない」ことにグランは昨日気付いた。
そして夢を見たことで自分の幼少のころのディナーを思い出した。
あの頃は多忙な父や母に話を聞いてもらえる唯一の機会で、
自分がとても楽しみにしていたことに。
「王妃様と殿下はすでに朝食を終え、
殿下はこのあと一日中家庭教師と勉強、
王妃は本日は孤児院を訪問される予定でございます」
「そうか。分かった。
では余も朝食後出発する。今日の予定を調整せよ。
供のものは有能な奴が1人いればよい」
「御意。ではとびきり有能な騎士を手配して参ります。」
執事を見送った後グランは一人息をついた。
王妃が孤児院訪問とは驚いたが、
王子はちゃんと勉強に励んでいるようだ。
(ほら見ろ、問題なんてないじゃないか)
と、誰にともなく言い訳をしながら朝食をとるのであった。




