第一話
もうすぐ20歳の誕生日を迎えるグラン王は、
いつものように執務室で執務をこなしながら、
この10年を振り返っていた。
執務、といっても優秀な秘書官が運んでくる書類に
ただただ判を捺すだけである。
このエノルヴ国は議会制であり、
議会で決定したことの最終承認をするのが王の役目だった。
その議会の運営は、10年前、グランが右も左も分からぬまま即位した時から後見人として支えてくれている大臣が取りまとめてくれている。
グランの兄達は優秀であった。
王になるべく幼い頃から帝王学を学んでいた長兄。
兄を支え、また兄に有事の際は王位を継承するため、帝王学を学んでいた次兄。
2人とも周囲の期待に応えるように、遺憾なく優秀さを発揮していた。
グランは兄たちが大好きだったし誇らしかった。
兄達も無邪気に慕ってくる末弟を可愛がっており、
何の重圧もなく自由に育ってほしいと思っていた。
そうしてグランは王子という立場は取りながら、
帝王学を学ぶこともなく、実に「普通の」10歳の
少年らしく過ごしていた。
そう、エノルヴ王国を襲った悲劇までは。
あの時からグランの周囲を取巻く環境は一変した。
流行病は去ったとはいえ、まだ安心はできない。
民の暮らしは流行病により疲弊している。
虎視眈々と近隣諸国は狙ってくる。
グランが王位継承者としての教育を受けていれば、
もしくはもう少しグランが愚かであれば、よかったのかもしれない。
グランは「普通の」少年だった。
しかし、王の血筋ゆえか、賢い少年だった。
彼はこう思ったのである。
「自分にはあらゆる意味で力がない。知識もない。
周囲の力で国を治めよう。」
グランは手始めに、自分の叔父にあたる人物を大臣に据え政治を任せた。
元々この国は議会制である。
議会を任せるには王族の血が入った人間がいれば安心だと思ったのである。
また、側近には大臣の進める有能なものを置き、
執政の補助や国を見て回る手足とした。
次に大きな影響力を持つ隣国から正妃を迎えた。
これで隣国から攻め込まれる危険は減った。
グランが成人する15歳を機に、世継ぎも作った。
世継ぎの教育は何の教育も受けていない自分より、
教養のあるものに任せた方がいいと判断し、早いうちから侍女に預けてある。
さらには過去の経験から子は多い方がいいと思い、
有力貴族から側妃も迎え、体制を盤石にした。
20歳の誕生日を迎える前にこの10年を振り返り、
グランはこれ以上ない満足感を覚えていた。
たった10年で悲しみに沈んでいた王国を立て直し、
盤石の体制を敷いたのである。




