第十一話
「今日は一日勉強をしていたと聞いたが、何を学んだのだ」
いつものように粛々と進む食事中、グランは重い口を開いた。
質問自体は何もおかしなことではない。
父と子、もしくは王と王子の会話としても妥当なものだ。
そのはずだが、食堂は一瞬沈黙に覆われた。
いつも冷たい眼差しの王妃すら、
アイスブルーの目を軽く見開いてこちらを見ている。
目が合うとすぐ元の表情に戻ったが。
周囲のその反応に内心ひるみながらも目線で王子に回答を促す。
「は、はい。えっと…今日は地学と…歴史学と…」
「ほう。どこの地方が印象に残った」
「……。」
王子は完全に黙って俯いてしまった。
グランとしてはそんな深い意味があっての質問ではない。
黙られてしまうと会話も何もなく、内心深いため息をついた。
「確か、南のモンド地方とナサ地方に行ってみたいと言っていたわね?」
耐え難い沈黙を救ったのは意外なことに王妃だった。
王子に優しく問いかけた後、グランの方を見て続けた。
「南の方には海があると教師から聞いたらしく、
興味を持っていたようですわ」
「っ!そうなんです!ぼく、湖よりもおおきいなんて想像できない!」
王子も目を輝かせてまだ見ぬ海への興奮を語った。
…あくまで王妃に向かってだが。
「海か…」
この王都では海は身近ではない。
グラン自身も海を見たのは身軽な王子時代にわがままを言って
連れて行ってもらった以来だ。
ただ、初めて海を見たあの時の感動は今も覚えている。
そして今日の昼、市場で聞いたジューノ地方は
南のナサ地方へ行く途中にある。
(ふむ…王子を連れて行くがてら、
自分の目でジューノ地方を見てみるのもありか。
一ヶ月、いや一か月半ほど視察に出てみるのもいい。)
思考の海に沈むグランにまずいことを言ったと誤解したのか
「…出過ぎたことを申しましたわ」
「…ごめんなさい…」
王妃と王子が沈痛な面持ちでこちらを見ていた。
「いや、よい。…部屋に戻る」
食堂を後にしながら、何よりもまず王子との円滑な会話ができなければ
視察どころではないな、と深いため息をついた。
フローチャートに書いてあった『会話がダ・イ・ジ!!』の一文が重い。
後に残された王妃と王子は、
いつもであればこの後誰にも気兼ねない会話を楽しむのだが、
どちらも言葉を発することなくそれぞれの思考にふけりながら食事を終えたのである。
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食堂を後にすると、向かうのはやはり側妃の部屋である。
「陛下!お待ちしておりましたわ!」
扉を開けると満面の笑みで迎えてくれるウェットに
やはりここは癒しの場所だ…と思いながら応える。
侍女の入れたお茶を飲みながら、
いつものように他愛もない会話を楽しむ。
ここまでは何も変わらない光景だった。
「ところで陛下…今日は城下に視察に行ったと伺いましたわ?」
「…あぁ」
「市場の様子も見に行ったとか?どうしてそんなことなさったの?」
正直、昼間のことは衝撃が強すぎて、グランの中でも整理しきれていない。
簡単に話したいことではなかった。
(そういえば…ウェットに行動を聞かれるなど初めてだな)
大抵はウェットが、大好きな宝石商やドレス職人の話をするか、
あの令嬢がああだこうだ、というような社交界の噂を話し、
グランが聞くという構図がいつもだ。
ウェットに執務に関することで質問されたことも、
その意図を問われたこともなかった。
(なぜこのタイミングで…?誰から視察の話を聞いたのだ…?)
今日の視察はいわば突発的に決めたことである。
とはいえ、公務がないこと、周囲の職務への影響は最小限にとどめてある。
執務官がわざわざ側妃に報告するとは思えない。
しかもやけに具体的である。
その疑念とともに浮かんできたフローチャートの質問。
『側妃が普段何をしているか知っている』
(いや、考え過ぎた。ウェットまで疑うなど…
少々疑心暗鬼になっているのやも知れぬ。)
とはいえ一度まかれた疑念の種は、グランの心の奥に根づいてしまった。




